第27話 無茶ブリここに極まれり

 あらゆる場面において段取りは重要だ。目標を決め、そこに至るまでのプロセスを吟味し、丁寧に予定をなぞる。物事はそうあるべきなんだよ。そりゃあ生きてれば予期しない出来事はたくさん起きるけど、その度に微調整を繰り返せば大事にはならないはずなんだ。


 そう、だから少なくとも、勢いだけで国を興しちゃいけない。ましてや僕のような一般人を王様にするだなんてもっての他だ。周りには何度も繰り返し訴えているのだけど、一向に聞き入れてはもらえなかった。


「だからさ、絶対無理だって! 僕に務まるわけがないでしょ!?」


「落ち着けよリーダー。オレたちがついてるだろう」


「そうですよ。私も微力ながら、精一杯にがんばります」


 グスタフとオリヴィエが自信顔で言う。なぜそんなにも堂々としていられるのか不思議でならない。


 ちなみに今は酒場の一角に話し合いの場を設けている。領主館といったものがアルウェウスに存在しておらず、他に適切な施設も見当たらないからだ。酒臭さが気持ちに水を差すようだ。更には、真剣に語ろうにも時々遮るように響く『あい、お待たせしあしたー!』という景気の良い声が邪魔をして、今一つ真意が伝わりにくくなっている。


「頑張るって言うけどさ、それだけでどうにかなると思ってるの?」


「おうよ。腕が鳴るぜ!」


「聖者伝説は、この地より再び紡がれるのです。世界にとって祝福すべき時が来ました」


「あぁダメだ! 思ってたよりダメそうだ!」


 彼らは物凄く安易に考えているらしい。たぶん、人を集めて敵を倒せばオッケーくらいの認識だろう。違う、そんなもんじゃない。僕は第2の人生を送る前、地元の村役場でお手伝いをしていたから多少なりとも知っているのだ。集団を統制する事の大変さ、その煩雑さを。


 成すべきことは本当に多岐にわたる。食料に衣類や燃料などの備蓄と管理をし、あらゆる田畑の様子を確認して収穫量を常に把握する。飢饉も真冬の底冷えも、人の命を奪い去るには十分だ。

 

 だか不足分が発生しそうになれば、交易に勤しまなくてはならない。他にも、住民同士にいざこざが起これば解決に乗り出し、怒号の飛び交うなかで着地点を探ったりもする。不法移民が住み着いたとしたら、対話で解決することもあれば、強制退去に踏み切る事だってある。そこへ干ばつや大雨、流行り病なんかが発生したら大変だ。そうなれば寝る間も惜しんで奔走し、こっちが倒れてしまう程の忙しさになる。ちょっと思い付くだけでもこれほどの仕事が待ち受けているのだ。


 大陸の片隅に佇む田舎村ですらこの忙しさだ。それよりも大規模の町で、さらには隣国と戦争状態のままで統治するのだから、無謀にも程がある。日常の仕事に加え、戦争やら外交をしたりと、未知なるものが上乗せされるのだ。これだけの大事業が簡単に成せるわけがない。だけど、その難題を理解していないのか、居合わせた全員はお気楽な気分を崩そうとはしなかった。



「おいおい、何がダメなんだリーダー?」


「悩みがあるなら打ち明けてください。貴方はお一人ではありません」


「国の運営なんかできる訳ないでしょ! 問題がたくさんあるんだよぉ!」


「んなもん、やってみなきゃ分からんだろ。オレたちに任せておけって」


「大船に乗った気でいてください」


「本当に要領を得ないね君たちは!」


 僕は語気を敢えて荒くした。ともかく了承したという実績を作る訳にはいかず、黙認の気配すら見せてはならないのだ。なし崩し的に事が運んでしまう事態にも、しっかりと目を光らせておく必要がある。


 国の運営がいかに難しいかを、実例を挙げながら説明した。しかし大して響いた様子もなく、皆が僕に王位に登るよう迫った。落とし所すら見えず、話が平行線を辿る中での事だ。同席者の一人が、重たそうな体を揺すりながら声をあげた。


「ちょっと宜しいですか。私であれば、問題のひとつを解消できましょう」


 彼の名はゴルドー。先日、冤罪で殺されかけたあの商人だ。ちなみに息子のシンドーは彼の膝に乗って遊んでいる。今ばかりは子猫のミクロが子守りの役目を負っているようだ。


「私は長らく商いに携わってきましたからね。備蓄管理や買付なんかはお手のものでございますよ」


「良いじゃないか。得意だと言うなら任せてみようぜ」


「そうですね。宜しくお願いします、ゴルドーさん」


「ありがたき幸せ、これで先日のご恩にも報いる事ができましょう! 私が着手したその日から、決して皆さま方にご不便をおかけしませんぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 反対理由のひとつが唐突に消し飛んだ。異論を唱える僕の事を差し置いて、話が一歩前進しまったのだ。これで残された壁は町の管理に人心掌握、そして対外的なものとして戦争と外交だ。


 だけど、それらも同じ轍を踏む。まるで欠食児童が食べ物に群がるかのように、次から次へと仕事に手が伸ばされていったのだから。


「そんなら、荒事はオレに任せてくれよ。若いもん集めてビシバシ鍛えてよ、どんな大軍相手が来ても追い返してみせるとも」


「では、町のトラブルは私が。問題ありません。教義を説くだけで良いのですから」


「えぇ……?」


 瞬く間に2つの席が埋まる。あとは町の運営と外交を残すのみ。そしてそれらも、嗄れた声によって奪われる。先日の騎士団戦で真っ先に加勢してくれた、勝ち気なお爺さんによるものだ。


「じゃあ残ったもんはワシがやらせてもらうか」


「頼めるか、爺さん?」


「爺さんはよせ。ヒメーテルという歴とした名があるわい」


「ちょっと待って! これは誰にでも出来ることじゃないよ! それにほら、無闇に肩入れすると、失敗したとき大変な事に……」


 計画を頓挫させようと、自分なりに利害を説いてみた。しかし、それもヒメーテルの強き声により、早くも無駄な足掻きだったと思い知らされてしまう。

 

「やらせてくれ。老い先短い人生だ。一矢くらい報いねば、あの世で仲間たちに顔向けできん」


「ヒメーテルさん。何か事情がおありなのですか?」


「ワシはな、かつてここいらを支配していた領主だったんじゃ。東大陸のイステリア連中が攻め寄せる日まではな。もたらされる戦報は芳しくなく、敗戦が確実視された。故に、半ば強引に降服を選んだ。結果、民は無闇な殺生を免れ、ワシも平民として放逐されるだけで済んだのだが……」


 老いた手がワナワナと震え、瞳は歳に不相応な色を帯びる。もしかすると彼にとって、戦いはまだ色褪せていないのかもしれない。


「ワシの判断に反発は大きかった。誇り無き男と罵られたことは一切ではない。だが領民が辱しめられる事を恐れての服従だ。自らが汚名を着ることで平和が訪れるのならと、恥を飲んだ! それなのに、それなのに……!」 


「税は高く、治安は悪く、騎士団は極めて横柄」


「子供や女性なんかは、陽の高いうちでも一人歩きが出来ねぇって聞くな」


「おや、ヒグラシの鳴く声が。もうそんな季節なんでしょうか」


「本当だな。ちっさい子供なら、例えばシンドーなんかは捕まえてみたいだろうにな」


「僕はお外に出ないよ。こわいおじさん、いっぱいいるもん!」


「……誰がこんな国にしたんだかなぁ」


「可哀想な事です」


 ここで皆が僕を見る。グスタフなんかは含みのある笑みまで添えていた。これは遠回しに、役目を引き受けろと言いたいのだろう。正直なところ、僕は拠り所を失いつつあった。何か残されていたとしても、この場を切り抜けられるものなどそうそう無いだろう。リレー形式の話術に引っ掛かるものを覚えつつも、とうとう痺れを切らしてしまった訳だ。


「わかったよ、やるよ! そうしたら納得してくれるんでしょ!?」


「おおっ! リーダー、引き受けてくれんのか!」


「いや、白々しすぎるよ。今のは皆が半強制的に言わせたんだからね?」


 勢い余って、机に掌を叩きつけてしまった。その時だ。僕の体が突然まばゆく輝いた。次の瞬間には発光が弱まったものの、銀色の光はいまだ視界の端に留まっている。その原因は僕、さらに言えばズボンのポケットにあった。


「これは、一体……?」


「ステータスカードだな。今の光はランクアップした証だろう」


「グスタフ、それじゃあもしかして……?」


「確認してみると良い。厳しい訓練に騎士団との戦闘、そこへ王位と来りゃあ変化しない方が不思議ってもんよ」


 僕は急いでポケットをまさぐった。話の通りに、これまで赤銅色だった魔法紙が、曇り無い銀一色に染め上げられている。逸る気持ちのまま読み進めていく。近接技能とか新スキルなんかどうでも良い。役職、それがどう変わったのか、ただそれだけが気がかりだった。そして、そこに書かれていたものとは……。


役職:傾国の変態


 それを目にした瞬間、切望の想いの全てが怒りに変わり、拳を鉄のように固くした。それを机に向かって一直線に振り下ろす。すると、年代物のそれは真っ二つにへし折れてしまった。


 随分と強くなった。それも全ては忌まわしき役職から逃れるためだ。更には成り行きとはいえ、今や一国の王様にまで上り詰めた。それなのに、この結果は酷すぎやしないか。


 怒りが鎮まると、今度は失意が襲ってきた。両足で立ってなどいられず、直後には天井を見ることになる。もう全てがどうでも良い。そんな呟きを最後に、僕の意識は暗闇の奥深くへと落ちていった。



 

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