第3話 日銭かせぎ
僕がやってきた町はブレイメルという名であること。そして大抵の店では門前払いを食らうこと。それが半日かけて探索した挙げ句に得た成果だ。とにかく『消えろ』『出ていけ』と追い払われるばかりで、世間話すら取り合ってはもらえなかった。
「本当にどうしたもんかなぁ……」
僅かな望みを込めて女神様に語りかけてみた。返事は全く無く、本格的に僕を放置するつもりのようだ。どこまで無責任なのかと腹が立つけれど、ともかく生き延びる手段を見つけなくてはならない。
所持品はショートソードが一本、干し肉とパンが一食分だけある。所持金は無い。これが僕の持ちうる物の全てだ。
「これで一体どうしろと……」
ブレイメルという町の話なんか、これまでに聞いたこともない。だから親類どころか知人の一人も居らず、完全に孤立無援に陥ってしまっていた。まぁ仮に、前世の知り合いに運良く出会えたとしても、別人と化した僕に協力してくれそうにもないけれど。
「ともかく、お金を稼がないと始まらないか」
僕は居心地の悪い町を出て、東部の草原地帯へと向かった。お金を得るには定職に就くか、魔物を倒して素材を集める必要がある。前者の道については考えるまでもない。だから危険を犯してでも戦うしか無かった。
「弱い敵だとありがたいけども……!」
前方の草むらが揺れたかと思うと、真緑色の塊がひとつ飛び出してきた。これはグリーンスライムという魔物で、かなり弱い。この程度なら群れてさえ居なければ何とか倒せそうだ。ショートソードを抜き放って臨戦態勢を整える。
「行くぞって……うわぁッ!?」
スライムは体を歪ませると、顔面に向けて体当たりを仕掛けてきた。かなり素早い。僕は身を屈めて避けるのが精一杯で、体勢を大きく崩してしまう。相手はというと僕の背後に着地し、間髪入れずに跳躍する動きを見せた。
「まずい、何とかしてペースを掴まないと……!」
今度は胴を狙って跳躍してきた。それは脇腹に直撃し、衝撃とともに鈍痛が押し寄せてくる。でも、耐えられない程の痛みじゃ無かった。勢いを失ったスライムがボトリと地面に落ちる。このチャンスを見逃す訳にはいかない。
「これでも食らえ!」
武器を逆手に持ち変えて深々と突き立てた。刃は半透明なスライムの体に易々と侵入し、体内に張られた筋の数本を切り離した。急所を直撃だ。
「キュエエーーッ!」
耳障りな叫び声をあげて、敵は体を崩壊させた。辺りには緑色の体液が水溜まりのように広がり、灰色の丸い石も後に残される。この石こそがスライムを倒した証であり、素材屋に売ることで資金にもなる。この流れを5回も繰り返せば、当座の食い扶持くらいは稼げそうだ。
「戦えない事も無い……か。じゃあ、もう少し頑張ってみようかな」
探索を続けると、同じようにしてスライムが飛び出してきた。だけど今度は1、2、3匹まとめてだ。それぞれが狙いを定めながら力を溜め始める。
「こ、これは無理だーーッ!」
素早く回れ右、そして逃走した。顔を、脇腹を緑色の塊が掠める。執拗な追撃は何度も続いた。それでも人里に近づくと敵は突然大人しくなり、身を翻して去っていった。まるでテリトリーのようなものを気にしたかのように。人気(ひとけ)の無い場所でしか襲われないのは故郷と同じだった。これはもしかすると、万国共通のルールなのかもしれない。
数十歩も歩けば町、という場所までやってきたけども、このまま帰る訳にはいかない。スライムの核ひとつでは1食分にもならないからだ。住民の冷たい視線から逃げるようにして、再び草原地帯へと舞い戻った。
「襲われてからじゃ遅い。何か工夫をしないと体が保たなそうだね」
先手を取られ続けたせいで手傷を負ったし、最終的には逃げ回るハメになってしまった。つまりは、最初から不利な状況で戦っていた事になる。そうならない為にはこちらから見つけるしか無い。
足音をなるべく殺し、忍び足で進む。スライムは物音に反応すると聞いた事があるからだ。背の高い雑草などには特に気を付けながら探索を続ける。すると、制止したまま動かずにいるスライムを見つけた。まだ僕の存在には気づいていないようだ。
逆手持ちの剣を一直線に突き立てた。それが致命傷となり、倒れる。こうして2つ目の核は簡単に手に入れることが出来た。
「やった、こうすれば安全に倒せそうだぞ!」
喜びのあまりに大声を出したのは迂闊だったと思う。それに反応したスライムがワラワラと集まってきてしまったのだ。ざっと見て10匹以上。当然ながら僕は逃げる。相手もやはり僕を追う。
好事魔多し。上手くいってる時ほど気を付けろという意味の言葉らしい。全力疾走で逃げ回り、体に浅傷を量産しながら、父さんからの教えをおぼろ気に思い出していた。
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