第2話 途方もない役職
目を覚ますと僕は森の中に居た。一面真っ白の空間よりは親しみを感じるけれども、見慣れた景色ではない。ここも初めて訪れた場所なんだろう。
「本当に生き返ったんだ……」
自分の体を一通り眺めてみる。まず服装の違いが目についた。当時着ていた擦りきれの普段着ではなく、真新しい麻の服を身に付けている。その上に厚手のマントを羽織り、足元には丈夫そうな皮靴、そして腰にショートソードが一本ある。まるで駆け出しの冒険者らしき格好だった。
「体つきも別人みたいだ。甦ったというより、生まれ変わった感じなのかな」
近くの泉に顔を写してみると、かつての面影は残されていなかった。これではきっと、両親や友達と再会しても気づいては貰えないだろう。その予見がいくらか心を重くした。
それにしてもだ。女神を名乗る女性は、僕に世界を救えと言った。だけど今の状態からして、大事業を成せるほどの力を与えられたとは到底思えない。装備だって貧弱そのものだ。
「見張りも居ないようだし……。やらなくてもバレないかな、使命なんて」
付近に人はもちろん、生き物の姿すら見えない。それを良いことに好き勝手生きてやろうかと思っていたら、突然あらぬ方から声が聞こえてきた。
ーーおっ。上手くいったみたいね。復活おめっとう。
「えぇっ! め、女神さま!?」
辺りを見回したけど、やっぱり誰も居なかった。そのくせ耳元で話しかけられているような感覚がして、強烈な違和感を覚えてしまう。
ーーああ、細かい事は気にしないで。アタシはなんつうか、空から全部見れるし話しかけられんの。オッケー?
「あ、はい。そういう感じなんですね……」
ーー何よ、サボろうとでも思ってたの? アンタには使命があるんだから、ちゃんとやって貰わなきゃ困るんだよねー。
「いや、僕は戦いなんて素人なんですよ! この体も特別強くは無さそうだし……」
ーーまぁまぁ落ち着きなよ。アタシだってさすがに平凡な子に無茶ブリなんかしないってば。
「そ、そうなんですか?」
ーー論より証拠。ステータスカード見てみな。それとも身分証って言った方が分かりやすい?
「ちょっと待ってください、ええと……」
僕はポケットをまさぐると、一枚の紙を掴み出した。このステータスカードとは、全ての住民に必ず与えられている魔法の紙だ。本来は王都に入る時に身分を明かすために使用するものだけど、普段は能力の確認に使用されるのだ。
それを取り出せと言われた。だから、何かしらの特典が用意されているんだろうと思ったのだけど。
「ええと、名前はレインのまま。能力は……」
ーーうんうん。そのまま読み進めてねー。
魔法紙には次のように書かれていた。
◆
名前:レイン
性別:男
年齢:18歳
武術:1.00
魔術:1.00
適正:隠密
技能:特殊交渉術
役職:途方もない変態
役職練度:初級
犯罪歴:無し
◆
……弱い。平民の時に比べて適正と技能が追加されたくらいで、注目する程のものは何もなかった。きっとそこらの山賊の方がよっぽど強いと思う。
「あの、女神様? こんな平凡な能力でどうしたら良いんですか?」
ーーどこが平凡なのよ。よく見てみなって。ほら役職のところ!
「役職……ッ! と、途方もない変態!?」
ーーブヒャヒャヒャ! やべぇマジやべぇ! とんでもねぇヤツを甦らせちまったぁーーッ!
「ちょっと! 笑ってる場合じゃないですよ!」
ーー何怒ってんよの。よく言うでしょ? 旅をするなら剣士、神官、魔術師に途方も無い変態ってね。
「聞いたことありませんよそんな言葉!」
耳元がやたら五月蝿い。ヒャッヒャ、ヒャッヒャと笑い続けてる。この人は本当に使命を全うさせる気があるんだろうか。
ーーまぁまぁ、ともかく町に行ってみよう。その役職の破壊力を肌で知ろうよ。
「……そこまで言うのなら、行きますよ」
ーー泉の反対側に小道があんじゃん? そこをちょっと歩けば最寄の町に着くよ。
「既に嫌な予感が激しいんですが」
ーーさぁさぁ、つべこべ言わず行ってみよッ!
妙に楽しげな声が腹立たしいけど、ひとまずは意見に従うことにした。いまは何をするにしても拠点が必要だからだ。唐突にサバイバルライフを始めるほどの逞しさも無謀さだって持ち合わせてはいない。
しばらく道を進むと、古びた木造家屋の立ち並ぶ田舎町にたどり着いた。そこは森と同様に見慣れない場所だった。それでも点在する風車と広大な麦畑がとても長閑で、眺めていると少しだけ緊張が解れてくる。防壁のない造りが解放感も与えてくれて、ふと故郷を思い出してしまった。
ーーえっと、入り口の所に若い子が居るね。話しかけてみたら?
「そうですね。この辺りの事を何も知らないから、簡単な地理情報だけでも欲しいかな」
ーー良いねぇやる気があって。じゃあ早速手を出してみよっか。
「変な言い方しないでくださいよ、まったく……」
女性の方に歩み寄ってみたものの、背を向けているからか僕の存在に気づいて貰えていない。変に驚かせたりすると悪いので、数歩ほど手前から声をかけてみた。
「あの、すみません。旅の者なんですが、少しお話できますか?」
「はぁい。何かご用で……」
気さくな返事に安心した。風貌も清楚というか素朴な感じで、接しやすそうだ。振り向いた顔も満面の笑みだし……と思った瞬間だ。途端にその顔は青くなって小刻みに震えだす。そして絹を裂くような声でこう罵るのだ。
「キャアァッ! 変態ッ!」
女性の顔から穏やかさは完全に消えていた。まるで殺人鬼や猛獣に遭遇したかのような、警戒と恐怖に染まりきっている。
この豹変ぶりに僕は言葉を見つけられない。まさに二の句を接げない状態だ。そうして手をこまねいていると、追撃の罵声が叩きつけられてしまう。
「来ないで! こっちに来ないでぇぇ!」
彼女は町の奥へと逃げて行った。呆然とするばかりの僕を残して。
ーーあぁ。何やってんのよ。あんな若い娘を怯えさせちゃってさ。きっとトラウマになってるよ?
「いや、初対面で罵られた僕もそこそこトラウマを生み出してますが……」
ーーおや、あそこにも誰か居るよ。めげずに行ってきな。
「はぁ……。何なんですか、これ?」
僕は促されるままに一軒家の方へと歩み寄った。そこには椅子に浅く腰掛け、キセルを楽しんでいるお爺さんの姿がある。
「あ、あの、すみません。僕は旅の者でして……」
「な、なんじゃ貴様は! それ以上近寄るな! ハルバートの錆にしちまうぞ!」
けんもほろろとは正にこの事だろう。唾が撒き散らされるほどに威嚇された僕は、ひとまずその場から逃げ出し、町外れまで戻ってきた。その間中、耳元では笑い声が激しく響いた。
ーーアヒャヒャヒャ面白ぇ! この役職を初めて使ったけど半端無さすぎだわ。クソ笑えるぅーーッ!
「あの、僕はなぜこんなにも嫌われてしまったのですか? いくらなんでも釈然としませんが!」
ーーそりゃアンタ。そんな際どい格好してたら不審がられるでしょ。
「格好って、ごく普通の服装じゃないですか!」
改めて首から下を眺めると、特に目立つものの無い、一般的な冒険者スタイルで統一されている。これでダメなら、大多数の人物も不適切って事になるはずだ。
ーーええとね、これも役職による効果なんだけどさ。アンタは他人からの目線だと、全く別の格好をしているように見えるんだ。レイン君自身には分からないけどね。
「それはつまり、みんなからは冒険者の姿として見られてないって事ですか?」
ーーそうそう。察しが良くて助かるわ。
「具体的に言ってどんな格好なんですか?」
ーーええとね。アンタは今、なんつうか、ギリ陰部って感じだね。
「何ですかそのギリ陰部って!」
ーーそんなん知るかよ! ニュージャンル過ぎて調度良い言葉が存在しねぇっつうの!
ここでもやはり盛大に笑われる。他人にとっては愉快かもしれないけど、命を弄ばれた側からすると愛想笑いすら出てきやしない。むしろフツフツと腹の中が煮えたぎるような想いになる。
「笑ってる場合じゃないでしょうが! これじゃあ世界を救うどころか、満足に生き抜く事さえ出来ませんよ!」
ーーまぁまぁ、そんなに怒んないでよ。これ冗談だから。女神さんジョークだから。
「どっからどこまでが冗談なんですか?」
ーーともかく機嫌直してよ。アタシは伊達に神様を名乗っちゃいないさ。そのヤベェ役職を変えられるようにしてあげるから。
「……本当ですか?」
ーー何よ、不機嫌そうな声だして。こんな芸当、超絶高位の神官にしか出来ないんだから。ちゃんと崇めてよね?
「能書きは良いですから、サッサと変えてもらえますか?」
ーーはぁ……。反抗的になっちゃって哀しいわ。ちょい待ってな。
しばらくすると、ポケットの中が眩く輝き出す。魔法紙を確認してみると、あのステータスカード自体が強く発光していた。
ーーどうよ。これで変更可能になったから。役職の所に指で触れてみな。そうしたらどんな物でも選びたい放題だよ。
「選びたい放題……ですか」
ーー武器の弱い序盤は守護者や拳聖が良いかな。素手でも強いからお勧めだよ。万能路線なら救世主か聖騎士あたりが……。
「あの、変わりませんけど?」
ーーえっマジで!? 編集状態なのに?
「それが何なのかは知りませんけど、ともかく変えらんないですよ」
現実ではご高説と真逆の事が起きていた。僕の指は虚しく【変態】をなぞるだけで、変化の兆しすら見ることが出来ていない。
ーーほんとだ、なんで変更不可なのよコレ……ッ!
耳に届く声から余裕が消えた。嗤(わら)われないのは嬉しいけど、同時に不吉な予感が襲ってくる。
ーーええとね、これから担当者に聞いてくる。だからそれまで独りで頑張って!
「ちょっと! ほったらかしにする気ですか!?」
ーーまぁ別に死んだりしないっしょ、平気平気。じゃあ後はよろしく。無茶しないでねー。
「ねぇ、待ってったら!」
それきり声は聞こえなくなった。あんな酷い人でも、居なくなると心細く感じるんだから不思議なもんだ。
不意に視線を感じて振り返ってみた。すると辺りには、僕を不審がる人で小さな人だかりが出来ていた。端から見たら独り言を叫ぶ変人に見えたのだろう。まぁそうでなくても、僕は自動的に疎まれてしまうのだけど。
「無茶しないで……って言われてもな」
冷ややかな歓迎が心に突き刺さるようだ。その視線から全くもって明るい未来が描けず、僕は甦った初日から気持ちを萎えさせてしまった。
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