寝て起きた話
レチノール
第1話
寝て起きたら、屋敷から何から全く別の人が住んでいた。
ふざけるなと立ち退きを要求したら、自分の方に土地の権利はあると逆に訴えられ、完全に身元保証が出来ないということで住処を失った。
さらには恋人も、いつの間にか鬼籍に入っており墓の下にいた。
これが今日一日に起こった出来事だと、目の前の青年が言う。
「俺が何したって言うんだ」
「ちゃんと墓守を雇っておけばよかったのに」
「んな知り合いいない」
「じゃああきらめなよ」
すげなくあしらえば、冷たいとテーブルに伏せてめそめそと泣き出した彼は、家の前に捨て犬よろしく蹲っていた。
目も覚めるような美形だった。
肌は白く、髪の毛も純白の絹糸のようだ。少し垂れた瞳はザクロのように赤く、昔飼っていたウサギを思い起こさせた。
だから、魔が差したのだ。
「拾っておいて、その言い草はあんまりじゃないか」
「拾われておいて、尊大な態度を取られる覚えはないよ」
「取るに決まってるだろ、俺はここ一帯を治める領主にして吸血鬼なんだからな!」
「じゃあなんで屋敷失ったのさ」
「しらん!」
尊大な態度をとる彼に何となく頭が痛くなり、とりあえず開いている部屋を提供した。
すると、先ほどまでと態度をコロリと替え、「お前はいい奴だな」と調子のいいことを言ってきた。
まあそれでもと、好きに住んでいいと伝えた所、本当に好き放題をして過ごした。
自称するように、吸血鬼らしく夜を中心に動く上に、それなりに良いベッドを用意しているのにわざわざ棺桶を持ってきてその中で寝ている。
食べるものも、こっちが用意する食事には手を出さず、時折外で獣を狩っているのだろう、衣服から全身から血まみれで帰ってくることもあった。
その挙句、人を吸血鬼にしてくれた。
ふざけるなと文句を言ったら、ほんの少し眉を下げながら彼は言った。
「俺がちゃんと『おはよう』って言ってやるから許してくれ」
愁傷な態度をとる彼に弱い事を知っているのだろう、赤い瞳はどこかこちらの動向を探っているように見える。
内心を悟られないよう極力無関心を装うが、バレているような気がしてならない。だから、精一杯の虚勢でもって、精一杯に不貞腐れた顔を作って悪態を吐いた。
「月が出る時間に言うのは、『おやすみ』が正しいはずなんだけどね」
「大丈夫だ。次目が覚める時、俺は側にいる。むしろ、なんで思いつかなかったのか不思議だ!」
「最初から誰か側にいてもらうよう思いついていたら、屋敷を失わずに済んだのにね」
「それを言うなよ。さ、目を閉じろ。悪いがもう、朝が来る」
柔らかい笑みを浮かべた吸血鬼が、そっと瞼の上に手を置く。
ひんやりした感触が心地よく、思わず笑みがこぼれた。
「お休み」
「ああ、お休み」
目を閉じ、深い、深い眠りに付く。
まるで温い水の底に沈んでいくような感覚が心地いい。
まだ、もう少し、もうちょっと……
ふと、目が覚めた。
辺りは暗く、窓からは月が覗いている。
枕元には、自称だと思っていた吸血鬼がしてやったりと笑っていた。
「やあ、生まれ変わった気分はどうだ?」
「――最高だよこの野郎」
屋敷を取り上げられたのが、そんなに悔しかったのかこの吸血鬼は。
そう溜息を吐いたら、彼はこんなことを言った。
「まあ気にすんな。俺も最初目が覚めた時、同じことを言ったんだ」
寝て起きた話 レチノール @lechino
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