My dear insomnia
名取
goodnight, sweetheart
「最近、あまり目覚めがよくないの。寝つきも良くないし、きっと眠りが浅いのね。すぐに眠くなるし、だるくなっちゃう」
そう君が言うので、きっとそれは寝具が悪いせいだよ、と僕は言い、さっそく通販サイトで高級なベッドを注文した。少々お値段は張ったけれど、君の安眠のためなら安いものだ。そもそも僕のお金じゃないしね。
「ありがとう!」
君の満面の笑みに、僕は思わずにんまりとだらしない顔になった。ただでさえ体に負担のかかる成長期なのだから、寝具が合わなくて眠れないのも無理もない。カーテンの裾をひらひらとさせてみせると、君はきゃっきゃと幼子のように笑い、笑い疲れて眠ってしまった。
しかし寝具を変えて数日経ったあとも、君は辛そうな顔をして、こう言ってきた。
「やっぱり眠れない。眠っても、寝た気にならないの。辛いよ……」
僕は急いで、それは部屋の香りがよくないせいだ! と言い、またパソコンの通販サイトでアロマを100個ほど注文した。もちろんいっぺんに使うわけではない。が、いろんな種類を試さなければならないと思った。ジャスミンやラベンダー、レモン、ローズマリー……君には何のアロマが合うのかわからない。やるからには、最高の香りの中で眠らせてあげなければ。
数日後にアロマが届くと、君は目を輝かせて笑った。
「わあ、可愛い!」
どこにでもあるアロマの小瓶より、笑顔の君の方がどう考えても可愛かったが、僕は君に合わせてうんうんと頷いていた。そして僕がサプライズ用に買っていた、フワフワのくまのぬいぐるみたちを差し出すと、君は部屋中を走り回って喜んだ。そして寝不足だったので、盛大にこけた。
それからも、僕は君の安眠のため、陰ながら奮闘した。
僕らの家の付近をバイクで暴走していたヤンキーの少年たちをひとり残らず追い払ったり、君が変な体勢になっていれば楽な姿勢に変えてやったりした。地道で大変ではあるが、非常にやりがいのある日々が続いた。
そんなある日、君が深刻な顔をして、僕に言った。
「私、病院に通うことになったの」
病院!?
慌ててどういうことかと聞いてみると、君はこう言った。
「ロウヒヘキ? とかいうのを治すんだって。おばさんが言ってたの。お父さんとお母さんが事故で死んでから、私は、お金の無駄遣いが多すぎるって」
君の泣きそうな顔を見て、僕はようやく悟った。君がぐっすりと眠れない、最大の原因。信じたくなかったけれど、やっぱり、それはきっと。
僕は思い切って、こうなってから一度も自分で開けたことのない窓の方へと近づいていった。君は気配でそれに気づいて、慌てて叫ぶ。
「あなたまでいなくなるなら、私はずっと、悪夢を見ていたっていいよ!」
僕は後ろ髪を引かれる思いで振り返ったが、首を振る代わりに、窓をからからと開けた。君が「待ってよ!」と泣き声をあげた。でも、僕の心は決まっていた。
ポルターガイストの悪霊である僕がそばにいる限り、君の安眠は永遠に叶わない。初めから薄々わかっていたことだけれど、それでもどうしても認めたくなくて、寝具やアロマなどの小手先の方法に頼ってきた。だって、それで眠れるようになるのなら、悪霊の僕が君のそばにいてもいいということの証明になると思ったからだ。でもやはり、僕が存在することで君が苦しみ続けるというのなら、僕は喜んで天国でもどこでも行ってやる。長い年月一人ぼっちだった僕を恐れず、初めて友達として仲良くしてくれた君に、これ以上迷惑はかけられない。
僕は最後の別れの合図に、カーテンをひらりと舞い上げた。
その次の朝、僕は光の中に消えていきながら、部屋の外から君を見ていた。
体に合った高級な寝具。
気分を落ち着かせてくれるラベンダーの香り。
かわいらしいフワフワのぬいぐるみたち。
鳥のさえずりさえ聞こえるほどの静けさ。
眠るのには文句のつけどころがない部屋で、君はひとり、目を覚ました。
最高の目覚めのはずなのに。
どうして君は泣いているの。
「なーんてことも、あったよねえ〜」
「は? なんで今君はそのことを思い出してるの? 鬼なの? 眠れない人間に追い討ちをかけていくスタイル?」
君が真っ赤になるのを見て、僕は調子に乗ってアパートの電気をつけたり消したりし、「やめなさいってば!」と言われて渋々やめる。大学生になった君は、本気で怒ると、昔の比ではないほどに恐ろしいのだ。
そう、僕はあの時、安らかに天国へと登ったあと、死に物狂いで人間社会への恨みをなんとか思い出し、速攻でこの世へと舞い戻ったのであった。具体的に言うと、天国でけしからんほどの大騒ぎを起こして、激怒した神様に追放されてきた。「お前改心したんじゃなかったのか!?」などと散々言われてしまったが、正直どこ吹く風である。人間生きても死んでも、恨みというものは尽きることがないし、人間の……いやポルターガイストのサガというのは、そう簡単に変わるものではない。
「いやあ、あまりの恥ずかしさに眠れるんじゃないかなって思ったんだけど」
「どういう理屈よ」
「だって僕が一緒にいれば、君は眠れなくても幸せなんでしょ?」
「だから、もう、それ蒸し返さないでよ……」
照れている。可愛い。
「明日の朝も、僕が起こしてあげるからね!」
僕が懲りずにうきうきと部屋中に風を起こしながら言うと、君は怒ったのか、「最高」と言い捨てて布団をかぶった。そのまま眠れるといいが、これまでの経験から言って、きっとあと一時間は眠れないだろう。僕はベッドサイドに置いてある、最近君に贈ったオルゴールのゼンマイを巻いた。曲は『くるみ割り人形』より、『花のワルツ』。
仕方がない。今夜は君が眠るまで、ぬいぐるみたちと踊ることとしよう。
My dear insomnia 名取 @sweepblack3
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