シーツに溺れたペンギン

笑子

最高の目覚め


 ふと目が覚めた。外は雨が降っている。自分の横ですやすやとよく眠る彼の高い体温を感じながら、私は雨の音を聴く。梅の頃も終わって、もうすぐ季節は春だけれど、夜はまだまだ冬の寒さだ。二人でかぶった毛布の隙間から、冷えた空気が入り込む。ふるりと身震いした私を、彼が無意識に抱き込んだ。ああ、あたたかい。

 昨日の夜、激しく彼に求められた体は気だるく、疲れきっていた。だからかもしれない、あんな変な夢を見たのは。

 思い出した夢の内容はひどいもので、思い出し笑いが止まらない。彼の胸板におでこをぐりぐり押し付けて、ふふ、ふふふ、と笑っていると、彼が起きてしまった。寝ぼけまなこのまま、私のぼさぼさ頭に手を伸ばし、さらにぼさぼさにする。

 「なにを笑っているの」

 起き抜けの少し掠れたセクシーな声で、でも彼は微笑みながら聞いた。私も腕を伸ばし、彼の少し硬く短い髪の毛を撫でながら、

 「面白い夢を見たの」

 と言った。

 「気になるけど、もう少し寝たらどう? 明日はやすみだよ」

そう言う彼の顔はとても眠そうだったけれど。

 「明日がやすみなら、なおさら聞いてもらわなくちゃダメね」

 どうせ寝られないのなら、旅は道連れだ。私は彼の薄い端正な唇にそっとキスをする。彼は、その何倍も、私の髪や頬、鼻の頭にキスを落とす。

 「君がそう言うのなら仕方がない」

 彼はそう言って、仕上げに唇へキスをした。

 「どこから話そうかしらね」

 「君の好きなように」

 「そうね、じゃあ、まず、私はペンギンを飼っていたのよ。ふっくらして、かわいいペンギンさん」

 「名前はなんて言うんだい?」

 「ペンギンさんはペンギンさんよ、名前なんて無いわ」

 彼は微笑んで、続きを促した。

 「そうか、君らしいな。 それで? 」

 「それでね、ある日、台風がきたの。とてつもなく大きい台風で、風はゴウゴウ、ビシャビシャ窓に打ち付けるような雨が降っていたわ。毎日ペンギンさんとお散歩に行っていたんだけれど、さすがに行けるわけがないでしょう? でも、私とペンギンさんはその日もお散歩に行ったわ。夢の中だからかしら、冷たいとか寒いとかはなにも感じなくて、ただ川のそばを歩いてた。そしたら、どこかからペンギンさんが流されてきたの」

 「飼っていたペンギンさんとは、また別の? 」

 「そうよ、多分どこかのお家のペンギンさんなんでしょうね。そしたら、私のペンギンさんがぺたぺた走り出したわ。そして、そのまま川に飛び込んだの! 」

 「勇敢だな、君のペンギンさんは。 もちろん流されてきたペンギンさんを助けたんだろう? 」

 そう言いながら、彼は私の頭を撫で、髪を手ぐしで梳いている。噛み殺したようなあくびすらも愛おしい。

 「私のペンギンさん、泳ぎがヘタでそのまま一緒に流されていったわ」

 「はは、泳ぎがヘタなペンギンさんか」

 「 そうなの、とてつもなくヘタなのよ。でもね、なぜだかそのあとも私、川のそばにいたわ。そうしたら、上からたくさんペンギンさんが流れてくるの。ペンギンさんなのに、みんな泳ぐのがヘタなのよ、笑っちゃった」

 私はまた、ふふ、と笑って、彼の首筋に顔をうずめた。脚と脚を絡めて密着させると、もう寒さなど感じず、暑いぐらいだった。

 「私が溺れたら、助けてくれる? 」

 彼は笑って、もちろんさ、と言った。

 「けど、ぼくも泳ぎに自信はないから、ペンギンさんみたいに一緒に溺れてしまうかもしれない」

 と、真剣な顔でそんなことを言うのだから、笑ってしまう。私は頬を彼の頬に擦り寄せて、

 「なら、今年の夏は泳ぎの練習をしに行きましょう」

と言った。

 「賛成だ。 君を溺れさせるわけにはいかないからね」

 そう言って彼は、深く口付けをする。密着した肌と肌は一つになって、声には吐息が混ざった。


 「あなたが、私に溺れてしまえばいいのよ」


 そう言いながら私は、彼に、逃れられない白いシーツの波に、溺れていく。

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シーツに溺れたペンギン 笑子 @ren1031

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