第十五話 魚市場と珍商品と温泉街と【001】
001.
外を見ると、いつの間にか馬車は農村地帯を抜け、海の見える町へ入っていた。
潮風に独特な、ねっとりとした海の香が僕たちの鼻を衝く。
「綺麗な海ねぇ。」
そう言って茜音さんは目を細める。
「こういう海を見ると幼い頃を思い出しますね。」
そう言ってネビルさんは遠い目をした。
「ネビルさんは港町出身なんですか?」
「いや。私は農村出身です。」
「じゃあ、何で海が懐かしいんですか?」
僕が聞くと、ネビルさんは「幼い頃に両親と来たんですよ。まあ、その後色々とあって来れなくなりましたが。」
と寂し気に言った。
お茶目なイメージがあるネビルさんがこのような顔をするのは初めて見たが、僕は何か心の中に辛いものを抱えているのだろうということには直ぐに察しがついた。
「そっとしておいてやれ。ネビルはそういう奴なんだ。どんなに辛いことがあっても、人の前ではそれを出さない。そんなかっこいい~奴なんだぞ。」
ルドルフさんはそう言って、ネビルさんの肩に手を掛ける。
「やめてください、ルドルフさん。」
「ま~た、そうやって。照屋さんだなぁ、ネビルちゃまは。」
「そういうのですよ!人をからかうのはやめてください!」
「あらん。ネビル様、恥ずかしがっちゃって。ご謙遜をなさらないで下さいまし。」
「あなた……人が黙っていればいい気になって……」
「あらあら。お怒りで?」
「こんのっ!」
「あ!おい!今殴った!この野郎!」
「あ!あなたも殴りましたね!おらっ!」
「あらまあ。全然当たってないんですけど。」
「この……次は絶対……」
「はいはい。二人とも。その辺でやめようね。」
秋月さんが止めに入る。
「いや!これは私とルドルフさんの問題なので。」
そんな様子を見て茜音さんは、「二人とも、いつも通りうるさいわね。」と言い、笑った。
「お客様方、漁師町アルトメルクに着きましたよ。」
と、馬車使いの声が聞こえる。
「ここまでありがとう。とりあえずここまでの駄賃を払っておくね。この後、もう少し先の温泉街フェンテ・メンテまで行ける?」
「はい。ではそのような形で。私はここの馬車駅で待っておりますので、楽しんで。」
すると秋月さんは、「すまないねぇ。一時間ほどで戻ってくるよ。」と言った。
ここ、漁師町アルトメルクは、その名の示す通り多くの漁師が住む小さな漁師町である。ここで水揚げされる新鮮な魚はそのままこの先のフェンテ・メンテまで輸送され、集積されるのだが、その分多くの業者を通すため価格が高くなり、また鮮度も落ちる。それに対し、ここの市場で売られる魚はとても新鮮で、さらに安い。
「じゃあ、これから今日の夕食にする魚を買いに行こうか。」
と言う秋月さんの号令で皆は魚を買いに向かった。
「銅貨20枚!」
「銅貨23枚と半!」
「いや俺は25枚で行く!」
生きの良い声が市場に響く。僕は今まで見たことが無い光景を目にし、驚いていた。
その光景を傍目に、秋月さんは既に交渉モードに入っている。
「こちらの魚は銅貨何枚で?」
「ああ。これは小さすぎて売れない売れ残りですよ。今回は大量にこの屑魚が水揚げされましてねぇ。銅貨20枚で売れるかどうか。」
すると、秋月さんの目が光ったように見えた。
「なら私が銅貨10枚で買いましょう。」
「いやぁ。流石に10枚では利益が出ませんので。せめて15枚。」
「では、これを全て買い取りましょう。12枚。」
「そうですね……わかりました。売りましょう。」
「ではこの魚全て買い取りで、合計銀貨1枚と銅貨20枚。」
「あ、えっと。銅貨12枚を10尾で。あ、正しいですね。ありがとうございます。」
そう言って漁師は秋月さんに魚を渡す。
「毎度あり!」
そう言って漁師は僕たちに手を振る。
「秋月さん。こんな魚買ってどうするんですか?」
そう僕が尋ねると、秋月さんは、
「いやいや。これが旨いんだ、また。多分この魚だったら少し小さいが十分に脂も載っているし、フェンテ・メンテだったら一尾銅貨50枚くらいになるだろうね。」
「え、じゃあそれをわかっていてそんな値下げしたんですか?」
「まあね。それが、商売ってもんさ。」
と、秋月さんは誇らしげに言う。
「まあ、秋月さんは商人じゃなくて、モブですけどね。」
「そうだね。そうだったね。」
その後、僕たちは様々な市場に行き、魚を買い漁った。
茜音さんはそこら中を走り回って魚を物色し、秋月さんはその魚をひたすら値引いて回り、ネビルさんはその合計金額に驚いて怒り、そしてルドルフさんがそれを宥めていた。
「無事、今日の食事を作るのに十分な魚を買い終わったみたいだね。」
秋月さんはそう言い、僕たちと共に馬車に戻る。
「それじゃあ、温泉街フェンテ・メンテまで出発進行~!」
茜音さんはそう言って手を挙げた。
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