第十四話 異世界勇者タナカさん【008,009】

008.

僕はその馬鈴薯を眺めた。


どうやらあの女性、いやこの世界の人間はこの作物の正しい食べ方を知らないようなのだ。


日本では江戸時代、天保の大飢饉と言われる飢饉が起きた時、この馬鈴薯が多くの人を救ったとされている。度重なる不作の中、この馬鈴薯は過酷な環境でも生き延びて、多くの人間を餓死から救ったヒーローなのだ。そのためこれは、当時の人々の間では、御助芋と呼ばれ崇められていた。つまり、馬鈴薯という食材は、日本人にとってとてもゆかりの深い食材なのである。


馬鈴薯の、特に皮や芽にはソラニンやカコニンと呼ばれる毒性の強いアルカロイドが含まれる。そのため、食べる際はこの部分を取り除いてから調理しなければならない。ただし、この世界の人間は皮をむくということも、芽を取り除くということもしていない。これらの物質は加熱をしても分解されないのだが、水に溶けだすため、確かに水に浸しておけば食すことは可能といえば可能である。ただそれでは完全に毒性を取り除くことが出来ないし新鮮で美味しい芋を食すことができない。


もしもこの世界のパタタという作物が馬鈴薯なのであれば、そしてまだこの作物の調理法が確立されていないのであれば、この村を再建できるかもしれない。この馬鈴薯を調理して売り出し、その知名度やお金を用いて料亭を開けば……

僕はそんな妄想に耽りながら、調理を進めるのであった。


僕が作ったものは、そもそもこの村には馬鈴薯しかないことも相まって、ただ蒸しただけのものだった。日本料理を勉強してきた身としては申し訳なくなるようなものだが、唯一この家にあった塩を使えばそれだけで美味しくなる。


「美味しいです。こんな美味しい料理、食べたことなかったです。こういう風に調理できるのですね。」


そう言ってその女性はこれを褒めたたえた。


そもそも調理しているのかどうかも怪しいような料理であったものの、私は少し嬉しくなった。

そしてその女性がそれを美味しそうに食べる姿を見て、僕の心は既に、ある方向に傾き始めていた。



今までの修行では、ダメだしされることはあっても、純粋な気持ちで「美味しい」と言ってもらえることが無かった。しかし今は、今自分の目の前にいる人は素直に美味しいと言ってくれている。


僕の中で、職人魂に火が付いた。

「この世界で、本当に美味しい日本の食文化を広めよう。」



009.

その後僕はその女性を説得し、蒸かし芋を隣街に売り始めた。

それはただの蒸かし芋であるのにも関わらず、とても良く売れた。

そして、一気にその名は知れていき、僕たちはそれで稼いだお金を用いて料亭を開くことになった。


一年が過ぎた。

だんだんと様々な食材が集まるようになり、本格的に日本料理を作ることができるようになった。


二年が過ぎた。

新しく人が増えた。僕は従業員を新しく雇い始めた。その規模はそこまで大きくはなかったが、お陰でこの村に戻ってくる人が増えた。


三年が過ぎた。

僕たちは結婚することになった。

そして僕たちには三人の子が産まれた。

僕はその子供に、太郎・次郎・三郎という名前をつけた。やはり日本で最もメジャーな名前が良いだろうと考えたからだ。


四年が過ぎた。

だんだんと僕たちの店の噂が広まっていった。最初はただの料亭のつもりだったが、その規模の拡大は計り知れず、遂にはこの村は多くの人で賑わうようになった。


僕は毎日の生活が楽しくて仕方が無かった。

自分の作った料理で、皆が笑顔になってくれる。

これだけで幸せだった。

円満な家庭に、円満な職。自分の好きなことに打ち込んでいるだけで、ここまでも幸せになれるんだ。僕はそう思った。


だがしかし、そんな幸せはいつまでも続かない。


ある日、あの時の、あの男が訪ねてきた。

「おい、勇者様。覚えてるか?俺だよ。あの時お前をここに連れてきた俺だ。」

あの時、僕をここに逃がしてくれたあの男が僕を訪ねてきてくれたのだ。

僕はその男を喜んで家に招き入れた。



「悪いことは言わねぇ。今すぐにこの村、いや街を出ろ。さもなければお前は明日にでも殺されるぞ。」


僕は急に現実に引き戻されたような感覚を覚えた。


「でも、今ようやく僕の夢が叶ったんだ。僕にもう少しだけ時間をくれないか。」

「そんな時間は無いんだ!今すぐここから出なければお前のやりたいことを続けることはできない!」

僕は、やりたいことがあって転生をした。新しい道に進むことに決めた。ここで僕が逃げたら妻も、勿論この料亭を中心に集まってくれた人も、裏切ることになる。

「僕は決めたんだ。せっかくここまで築いたものを捨てるにはいかないんだ。」

すると、その男は僕を睨み、

「ああ。そうかよ。じゃあ勝手にしろ。お前を助けた俺が馬鹿だった。」

と言って、帰っていった。

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