第十四話 異世界勇者タナカさん【007】

007.


僕はそっと扉を開ける。

埃と黴の混ざったような臭いが鼻を突く。


僕は閑散とした村の、ある家に入ろうとしていた。

その村は人っ子一人いないような、少し気味の悪い村だった。

ところどころ瓦礫が散乱し、時たま見られる家はボロボロになっていた。



「だ、誰かいませんか?」

僕は少し怯えながら、その家の中を見渡す。



誰もいない。



静寂がその場を支配した。


僕は恐ろしくなり、たじろぐ。


僕は、何故かこの家に居てはいけない気がし、踵を返すことにした。


「ふぅ。誰もいないのか。全くなんでこんな村に案内したのだか……」

そう言って僕は振り返った。


その時だった。


「私の家に何か用でしょうか?」


振り向くとそこには女性が立っていた。

僕は驚き、尻餅をつく。

しかし驚いたのにも関わらず、その女性の茶色の瞳に引き込まれるような感覚を催し、僕はその女性をまじまじと見つめた。


「す、すいません。僕、この村に迷い込んだだけで。」

「ああ、そうでしたか。」

「僕は冒険者なんですが、家に帰る途中迷ってしまって。迷った挙句、この村についてしまって。」

僕はそんなありきたりな嘘をついて誤魔化す。

すると、その女性は笑顔になって言った。


「そうですか。やはりこの村に用があって来る方なんていませんよね。」

そして、「そうだ。あまり高価なものではありませんが、紅茶でも振舞わせてください。」と言った。



その後結局僕は、その家に上がらせてもらう運びとなった。


僕は紅茶を啜りながら、その女性の話を聞く。


「この村も昔は結構栄えていたんですがね。私が小さい頃に魔物に襲撃されてしまって、村人の多くが亡くなってしまって。もともと自然と水に恵まれた土地で、美味しい農作物が取れていたのですが、それも今では手入れされなくなってしまってこの有様です。今この村で採れるものはこれくらいです。」


そう言って懐から何かを取り出す。


「これなんですけどね。確かにこんな場所でも簡単に育てることができるんですが、そもそもこれを食べた人たちの大多数が体調を崩してしまって。ただ水の中に浸けておくとある程度はその症状も和らぐので、今はこうして水に浸けたものを剥いて食べているのです。」

その女性が「パタタと言うんです」と差し出したものは、よく見覚えのある馬鈴薯、俗に言うじゃがいもであった。


僕は馬鈴薯を見て興奮した。


この世界にも日本の家庭料理で多く使われる食材があるのか。それならば日本食を作れるではないかと思った。


「すみません。それを僕にそれを数個いただけませんか?あと、台所もできれば貸していただけると嬉しいのですが。」

「え、ええ。大丈夫ですけれど。」

その女性は困惑しながらも、僕に馬鈴薯を渡してくれた。


これが僕にとって最初の、異世界での食事づくりとなった。

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