第十一話 僕の大切なもの【001】

001.

 後日談。


結局僕は意識をドラフに支配されてしまった後、エレナさんを殺そうとしていたらしい。

しかしながら僕は、残念ながらその時のことを全くと言っていい程覚えていない。ただ、途中でルドルフさんが僕を捨て身で守ってくれ、僕の深層意識に対して繰り返し呼びかけ、僕の「仲間意識」を呼び出してくれたのだと言う。


通常の魔法は、空気中のマナに対して干渉を行うことによって発動する。しかしながら彼のような術は直接僕たちの心の中に干渉し、改変することが出来てしまうらしい。


もちろんの事それはおかしな話であり、通常の人間が為せる技ではない。そのためその後皆が調査を行い、新たな、そして重要な事実が発見されたのであった。



彼は魔王の眷属であったのだという。


眷属。

これは、魔王が自らの魂を分け与えた人のことである。眷属は、魔王の力の一部を分け与えられることで、魔法では使えないような力を持つことができ、不死身の体を手にすることができる。

しかしその代わり、その魂は魔王の所有物となり、魔王が自由に魂を使うことが出来るようになるのだ。


通常、魔王が眷属を作ることはまずない。

何故なら、自分の魂の一部を分け与えるということは、それだけ自分の力を抑えるということに繋がってしまうからだ。

顕示欲の強い魔王からすれば、それは普通避けたいもので、眷属というのは、本当に命の危険がある場合のみに使う、いわば最後の切り札なのである。



しかし、ドラフの死体を分析したところ、魔王と同じ特徴を持つ「目」が見つかったのだという。


これが意味すること、それは「魔王が何らかの形で動き始め、眷属を作っている」ということなのである。


ドラフの能力、即ち魔法ではなく彼自身が持っていた能力というのは「支配」というものであった。


彼の目は一瞥をしただけで相手を支配することができるものだという。そして、その能力が使用できるのはその人に対して一回のみであり、二度以上は使用することが出来ない。その人が精神を支配されてしまうのは一回だけであるということであるのだ。そしてさらに、彼ら魔王や魔王の眷属は他人からの攻撃により死ぬことがない。そのため支配の能力に加えて「不死身」の能力も持っていたという訳である。


しかしこの一見、最強のように見える能力にも欠点が存在したのである。



ただその前に、それぞれの人に掛けられた「支配」について、全員の意見を纏めた結果を説明したほうが分かりやすいだろう。


まずはネビルさんである。

彼は、自刃しようとしたときに支配を行われたのだという。ネビルさんは実際に潜入を行った潜入班であり、且つ作戦の策略を立てる役割を担っていたため、もしも彼がそこで自刃した場合、ドラフはこの作戦の内容を知ることが出来ない。そのため彼は、わざわざこの場面で、ネビルさんが死ぬことが出来ないように仕向けたのだという。


そして、ルドルフさん。

ドラフは、彼が後ろから尾行しているということは相当前から知っていたのではないかという意見が多かった。そのため、ある程度道を進んだところで、自分自身の力で地上へ帰ることも、勿論のこと自分たちを尾行することもできないように、「迷子になるよう」心を支配したのではないかという結論に落ち着いた。ルドルフさん本人も、実際に自分がどこにいるのかがわからないと言っていたし、もしもスピカ号が無ければ迷っていたということも言っていた。そして、ドラフと目が合った瞬間に道が消えたということや、ルドルフさんが現れた瞬間だけ異様にドラフが焦っていたことなどからも、この予測で概ね間違いは無いだろう。


そして次に、エレナさんである。

最初、秋月さんと僕はエレナさんの魔法を用いてルドルフさんに幻影を見せていたのではないかという予測を立てていたが、僕が意識を失ってしまった後、ドラフに決定打を与えるきっかけとなった時にはっきりとドラフがその能力を使用したということで間違いは無いだろう。



そして最後に、僕、スピカである。

僕はどうやら、ドラフにエレナさんを殺すように命令されたのだという。

恥ずかしい話しながら、僕はエレナさんたちを守るために救助に向かったのにも関わらず、逆にエレナさんを襲う側になってしまったというのだ。

そして僕が意識を失った直後、ようやくルドルフさんが僕の前に到着した。

僕のスピカ号は僕のいる方向に進んでいたわけで、この技術が上手く機能しているという事実に僕は少し喜んだ。

とにかく、ルドルフさんは僕の振りかぶった剣を受け止め、それに抗うように僕の深層意識を説得し、僕の心をドラフによる縛りから解き放った。しかしながら、基本的に精神支配というのは、それを破ろうとしたとき、対象の体には大きな負担がかかる。そのため僕は、内臓に大きなダメージを負い、一時期は命すら危ぶまれたのだという。



どうしてドラフを斃すことが出来たのか。

その理由は一番の謎だったらしく、最も長く話し合われたのだと言う。

僕は既に意識を失っていたので、その時の様子を知らなかったのであるが、結局ドラフは僕がエレナさんを殺さなかった事実に焦り、エレナさん本人に自刃するよう命令をしたのだという。


僕は意識を失う直前、すなわち自分を取り戻した直後、僕は首から下げていた「師匠から貰ったお守り」をルドルフさんに託していたという。

これは僕自身の見解なのであるが、僕がドラフから受けた命令は僕自身を直接傷つける内容でなかったため、皮肉ながらそれはお守りとしての意味をなさなかったのかもしれない。


とにかく僕は、そのお守りをルドルフさんに託した。そしてその後、エレナさんが自分の首を掻き切って死ぬよう命令を受けた直後、ルドルフさんはエレナさんを、お守りを掲げた状態で庇った。

すると、ドラフはまるで「自分自身に命令したかのように」自分の首を掻き切って死んだという。


後からこのお守りの残骸を見せてもらい明らかになったのだが、このお守りは何かしらのマナとは少し異なった波長を受け取ると自分自身で展開し、空中に透明な鏡を作りだす仕組みになっているらしい。そのため、ドラフは恐らく、命令する直前に自分自身のことを命令対象者だと誤認して自分自身を支配する結果になったのだ。


ここからわかるように、この支配という能力に残された唯一の抜け道として「自身に対する命令」という馬鹿げた解決法が有効なのであった。

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