第十話 奴隷商人、ドラフ。【011】
011.
皆の声が段々と近くなる。
「どうなってやがる」
俺は周囲の音に耳を傾ける。
その時であった。
不意に視界が開けた。
目の前に見えたのは、ドラフとエレナと、変わり果てたスピカの姿であった。
「殺す殺す殺す。エレナ。お前のせいで俺は……」
スピカが、スピカらしからぬ形相をして、エレナを睨んでいる。
「ははは。やはり魔王様から頂いたこの力は、私の欲求を満たしてくれる!」
エレナがたじろぐ。
「さあさあ。スピカとやら。さっさと彼女を殺しなさい。」
そう言ってドラフはスピカに対して剣を投げる。
スピカはその剣をしっかりと握りしめ、その歪んだ顔を上げる。
「おいおいおい。これはまずいぞ。」
俺はその大広間に空いた穴から、地面に飛び降りる。
スピカが剣を振りかぶる。
このままではエレナが殺されてしまう。
俺は咄嗟に飛び出していた。
「やめろ!」
スピカの剣を受け止める。
ドラフは俺の顔を見て、あからさまに焦った表情を見せる。
「さっきお前はここにたどり着けないようにしたはずでは……」
「ああ。よくも俺に間違った道を教えやがったな!」
あれから考えた。
恐らくあの連絡の後、秋月さんとスピカは相談して、俺に嘘を言って救出に向かわせた。そしてスピカを先回りさせた。
俺はあの時、目の前にいきなり現れた壁を見て、柄に見合わず魔法を使おうとした。
魔法は心の中で作用が起き、マナに干渉して発動する。
そもそも俺が「魔法を使おう」などと考える時点でおかしな話なのだ。
あの時、ドラフは三人の方向を向いて説明をしていた。その時、それはほんのわずかな時間であったが、俺はドラフと目を合わせてしまったのだ。
その瞬間、目の前に壁が現れた。
その前までは道が分岐していた。
もしも俺の心を、いや人間の心を操ることが出来たならどんなことができるか?
人の心を動かし、操り、その人の深層意識の中に訴えかけ、その人らしからぬ行動を起こさせるとしたら?
あの時、道は無くなったのではない。俺が、俺自身がその道を見失ったのだ。
俺の尾行に気が付いたドラフは、隙を見て、俺の心を操り、迷子になるよう仕向けた。
仕向けられた俺は、広くて複雑な迷路の中で迷い、完全に道を誤ってしまった。
しかしそこに「スピカ号」が現れた。そして俺は秋月さんから「スピカ号の掘り進む道に従うように」指示された。俺自身は勿論の如く道に迷っているためどこに進めば良いのかわかるはずはないのだが、スピカ号について行った結果俺は道を誤らずにここまで辿り着くことができたのだ。
今の状況も同じなのではないか。ドラフはきっと、スピカの心を操っているに違いない。
俺はそう確信した。
「殺す殺す殺す!」
「スピカ。おめぇは仲間さえ守れないヘタレなのか?」
「うるさい!僕はヘタレなんかじゃない!」
「起きろスピカ!お前はそんな奴だったか?」
「ああ。僕はもとからこんな奴だよ!仲間がどう?知らないね。」
「お前は何のために魔道具を作った?なんのために婆さんのところで修業した?そしてお前はそこで何を学んだ?」
「僕はそこにいるやつを殺すために今こうして居るんだ!」
「ああそうかよ。じゃあ何故お前は助けに来た?」
「それは……そう命令されたからだ!」
「お前はエレナのことをどう思ってる?嫌いな奴か?自分のことをヘタレ扱いする奴か?なのにお前は助けに来たのか?」
「うるさいうるさいうるさい!」
「嫌いな奴を助ける馬鹿いるか?お前は、少なくともここにいるやつらみんな、お前の仲間だと思ってるんだろう?」
「僕は……僕は……」
「正直になれ!お前を晒せ!お前は認められたかったんじゃねぇのか?」
「そんな……!」
「スピカ!お前はヘタレじゃねぇ。ヘタレを脱するために死ぬほど努力した奴がヘタレか?」
「……」
「ヘタレは仲間を助けるためにこんな馬鹿なことはしねぇよ。」
俺は剣を持つ手に力を入れる。
「ヘタレは自分で努力したりしねぇ。」
俺は最後の力を振り絞って、スピカに語り掛ける。
「ヘタレは自分の、心の闇と戦おうとはしねぇよ。」
スピカの表情が歪む。
醜く歪んだ表情はだんだんと穏やかに変わっていった。
スピカが、ばったりと倒れる。
「おい!しっかりしろ、スピカ!」
スピカは血を吐き、苦し気に話す。
「ルドルフさん、これ…を。」
「これは?」
「師匠がくれたお守りです。僕の分まで……エレナさんを守って下さい……」
スピカは「お守り」を渡し、意識を失った。
スピカは。
スピカは。
ふざけるんじゃねぇ。
俺の後輩をこんな道具みたいに扱って。
俺は怒りの感情で満たされた。
「ば、馬鹿な。そんなことは……主である私の命に抗ったら、魂は……」
俺はそう言うドラフの方を向く。
「あん?ごちゃごちゃうるせぇよ。スピカにこんなこと言わせやがって。」
俺は怒りでドラフを睨む。
「ふんっ。まあ良いでしょう。そのエレナと言ったか。その娘には死んでもらう。」
エレナは俺が守る。
俺はスピカから言われたのだ。
最後の力を振り絞って、お守りを渡されて。
それが意味するのはたった一つだ。
エレナは俺が死んででも守らねばならない。
「我が名において命ずる。自分の首を掻き切って、死ね。」
ドラフがそう言い終わる瞬間であった。
俺はそのお守りを掲げながら飛び出した。
「ふざけんな。俺は、スピカから最後の力を振り絞って言われたんだ。エレナを守れってな。だからお前にエレナを殺させるわけにはいかない。」
「ルドルフさん!」
エレナが悲痛な叫び声をあげる。
俺はエレナの方を向いて、微笑する。
「エレナ。スピカのことはヘタレなんて言ってやるな。あいつは死ぬほど努力したんだ。あいつはお前を守るために監視班から助けに来たんだ。だから、お前は、生きろ。」
俺は前を見る。
「なっ。お前!」
すると、ドラフは震える手で、懐からナイフを取りだした。
「許さないぞ。人間の分際で。許さない許さない!」
ドラフはそう吐き捨てる。
「ああ。俺だってお前を許さない。」
「覚えていろ。私を敵に回したこと、お前は後で後悔する。」
すると、ドラフは自分の首をナイフで掻き切り、そのまま首から血を噴き出しながら倒れた。
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