第十話 奴隷商人、ドラフ。【006,007】

006.

「秋月さん。完全に三人との連絡が途絶えました。」


秋月さんは焦り、ネビルさんに話しかける。

「おかしい。ネビル君。どうなってる?」


僕たちは秋月さんと共に、スピカ号から聞こえてくる音に耳を欹て《そばだて》た。


しかしそこから聞こえてくるのはただの雑音だけであった。



「何も応答が無いよね、スピカ君。何か、そっちの地図に変化は?」


僕たちは空中に映し出されている地図を見る。


この地図は、国王様から頂いた地図に対して、三人の耳についている魔道具から発せられるマナ波を補正して、相対的な位置として表示しているものである。


しかし、皆の耳に付けてもらっている魔道具は、マナの乱れている場所では使用することが出来ない。それを防ぐため、マナが乱れ始めたらマナ整形と呼ばれる僕が開発した技術を使った魔道具を使ってもらい、補正しようと考えていたのである。


しかしながら、連絡は急に途切れてしまった。


そして、何より、空中の地図に映し出されている位置が明らかにおかしな場所なのである。


「秋月さん、三人は完全に土の中にいます。」

「え?どういうこと?スピカ君。さすがにそれは……」


そう言って秋月さんは空中に映し出された地図を覗き込む。


「確かにそうだ。三人は本来奴隷窟に掘られている連絡路を通っているはずだ。でも、今三人がいる場所はそれよりも遥かに深い場所だ。」


「地図自体を更新してみます。」


僕はその地図を映し出している魔道具に、八方向に支柱のようなものが広がっている機械を接続する。


「この装置は師匠が作ってくれたんです。ちょうど僕の技術と融合させたやつで、その仕組みは……」


「ああ、スピカ君。多分この国において君か魔法屋の婆さんしかわからないような説明をされても秋月爺さんはわからないよ。」


そう言って秋月さんは肩を竦める。


「わかりましたよ。」


僕はその支柱についている尾翼のようなものを広げる。


「まあ、簡単に言うと、みんなが通ってきた場所の記録を基に地図を更新できるんです。マナの補正を用いなくてもマナ反射という技術を使って……」


僕はつい長くなってしまう説明をしながら、作業を進める。


「できました。これでネビルさんたちとルドルフさんたちの通ってきた場所を再マッピングします。」


空中に映し出された地図が徐々に変化していく。


「凄いねぇ。本当に君たちは奇妙な凄いものを作る。」

僕は、「奇妙なんかじゃないですよ。ちゃんと原理があるんです。」と言って少し膨れる。


「さあ、これで完了です。」


その、再構成された地図を見て僕たちは驚いた。



「何なんだ、これは。」



007.

その地図には、縦横無尽に張り巡らされた道があった。


「全然国王様から貰った地図の構造と違うね。」

「ええ。そもそもこんな道なんかが存在していること自体が変な話です。」

「しかも、なんでこの道の分岐、繋がっているようで繋がっていなかったり、ところどころ歪んだりしているんだ?」


僕は考える。


確かに、物理的に歪んでいる道というのは存在しない。


しかし……


僕はこの装置の仕組みについて思い返す。


「なるほど。」

僕は、自分が立てた仮説を説明する。


「この地図は、そもそも計測された時間が違うんです。」


秋月さんはポカンとして僕の顔を見る。


「そ、それはどういうことなのかな?」


「つまりです。この装置は、それぞれの人がその場所に移動した時点で、その人が観察した周囲の情報を収集して保存した結果を受け取るための機械です。ですから、それぞれの人がその場所にいた時間に依存する地図になるわけです。」


僕は説明を続ける。


「まず、潜入開始から10分の地点です。この時点では地図にも歪みはありませんし、ルドルフさんと三人もはぐれてはいない。そしてその後、三人はドラフに連れられて、こっちの道に入ります。因みに、この時更新データの累積回数が20回目ですから、ちょうど20分という計算になります。」


僕は地図を指さす。


「そして、地図に歪みが発生したのは25回目の更新、即ち潜入開始から25分後です。ちょうどルドルフさんから目の前にいた三人を見失ったという連絡が入ったのも25分後です。」


「というと?」


「つまりは、この25分後、何かがあったと見ていいでしょう。」

秋月さんは口に手を当てて考える。


「だとすると、26回目の更新データに何かしらの変化があったと?」


「そうだと思います。そして先ほども申し上げたように、この装置は時間に依存しています。すなわち、更新データは時間に依存しているのです。」


「つまり、25分から26分までの一分間で、道が変わった?」


「その可能性が高いんです。普通一分で道が変わるということは有りえない話だとは思うんですが、それをやる方法は存在するんです。しかも僕が考え付く限りでは5個くらい。」


「ま、まあ。ドラフはそこまで魔導工学に詳しい訳では無いだろうし、多分奴隷を使って道を変えたということくらいだと思うよ。例えば先に道を用意しておいて崩落させるとか。」


「でもそれだと、ルドルフさんやネビルさんたちに知られてしまいます。ドラフは地下の、即ち現在三人が止まっている位置ですが、そこに誘導したかったのでしょうから、きっと静かに誘導をしたのではないかなと。秋月さんは魔法として、例えば幻影術のような魔法を知っていませんか?」


「そうか。魔法では確かにそれは可能だ。しかし、ドラフには恐らくその魔法は使用できないと思う。」


「どういうことですか?」


「それ系統の、幻惑系の魔法は全ての魔法の中でも特に難しいらしい。例えば五大元素、即ち火や水、土や光に闇を扱う魔法は基本的に簡単だ。ただ、幻惑系、特に全員に同じ光景を見せるような大規模な魔法になると話は少し違ってくるんだ。」


「つまり、それを発動するには、ドラフが発動できるようなレベルの魔法では到底叶わないということですか?」


「うん。多分ドラフはそんな大規模なことはしないはずだ。」


僕は考える。

今までの出来事は、僕たちの予想を遥かに超えていた。


常識に捕らわれるな。


「じゃあ、まあこんなことはないと思いますが、単純にルドルフさんが道に迷った、とかは?」


秋月さんは笑って、「彼もそこまで馬鹿じゃないよ。迷子じゃないんだから。」と言う。


「迷子、ですか?」


「あ、ああ。まあ、そんなことはないと……」


「ではもし、彼が迷子になるように誘導されていたとしたら?」


秋月さんは僕の顔をまじまじと見て、「確かに。それはあり得る。」と言う。


「そうなってくると、ドラフは完全に僕たちを嵌めようとしていますよね。」


「その可能性は濃厚だ。多分もともとドラフは僕たちの存在を知っていて、その上で誘導した。」


「でも今回の任務の情報は一切漏れが無いようにしたはずでは……」


「でも実際には漏れた。疑いたくはないけれど、これは内部の人間が向こうに肩入れしているとしか考えることが出来ないだろうね。」


「そんな。僕たちの誰かが裏切っているとでも?」


「いや、その可能性は低いと思う。そもそもこの仕事は国直属だし、そんなことをしたらどのようなことになるかくらい分別が付く人間たちしかいないと思う。ただ、今回怪しいのは、ネビル君たちが扮している、その人自身なんだ。」

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