第十話 奴隷商人、ドラフ。【003】

003.

その後私たちは、それぞれ互いの姿が見えないように仕切られた、大きな部屋に連れていかれた。


そしてそこで全員完全に剥かれ、水をかけられた。その後、一人ずつ十字架のようなものに縛りつけられ、身動きができないようにされた。



そこからはただただ、恐怖が私たちを襲った。



私が士官学校にいた時、教官からこのような話を聞いたことがある。

人の精神を完全に支配するのであれば、まずはその人の精神を崩壊させる必要があるというのだ。


身ぐるみを剥いで、水をかけ、人として扱わない。


そうすることで、「人間としての尊厳」を捨てさせるのだ。首輪を付けられ全裸に剥かれて薄暗い地下の檻に閉じ込められ、毎日トマトと豆を煮ただけのスープを与えられて、水をかけられて起きる生活を繰り返してた人間は、人間としての誇りや自覚を無くしていく。

そうすると、その人間はだんだんと正常な判断をすることが出来なくなり、精神を崩壊させ、遂には心が支配されてしまうという訳だ。



この話を聞いた時、私は人間という生き物の野蛮さを垣間見てしまったような気がし、おぞましくなった。

人間をこの理性ある人間たらしめているのは、その人間を囲う環境であり、その環境が変わってしまえばその人間は本来の「野生動物」としての姿を、まるで殻を割って姿を出す悪魔のように晒すことになるのである。私はこの事実に気づき、恐ろしくなったのだ。


隣が光り、ネビルさんや茜音さんの悲鳴が聞こえる。


「お前たちに命を下したのは誰だ?」


しかし、誰も答えない。


「答えよ!まだ足りないか?」


また、隣は光り、二人の悲鳴が聞こえる。


士官学校時代、私はハイネン教官から「魔法をマナの流れで見分ける」技術を教えられた。その頃は、何のためにこのようなものを学ぶのかが分からなかった。しかしながら、今になって分かったかもしれない。


これは相手の使用する魔法を見極めるための技術なのである。


先ほどドラフは「マナの流れが淀んでいて魔法は使えない」と言っていた。しかし、ドラフはその中でも、魔法を使っている。もしも魔法が使えないのであれば、もちろんドラフも魔法を使うことはできないはずだ。


考えろ。


今まで学んだ知識や演習の内容を思い出す。そしてその内容が、まるで一つ一つ結合していくように繋がってゆく。


そうだ。


マナ整形だ。


私が唯一苦手だった科目、魔導工学。

その中で、私たちの使った教科書の隅に書かれていた「マナ整形」という技術。

そこに書かれていた原理は、よほど難易度を落として書かれていたのであろうが、意味不明であった。しかし、最新の魔導工学の技術で、マナ整形という革新的な技術が登場したというのだ。


ハイネン教官の話によると、その技術はまだ応用されてはいなかったのだというが、あれから数年経った今では応用されていても十分おかしくない話なのである。


マナ整形というのは簡単に言うと、「淀んだマナの波長を整え直して、術者が使用可能なマナの形にする」技術である。


マナというものは粒子であるが、そして面白いことに波の性質も持つ。

そして魔法とは、そのマナの持つ波の波長や形に干渉することで発動させるものだ。

そのため、このマナの波が崩れている状態であると、術者は魔法を使用することが出来ない。

しかしながらこのマナの粒子を、魔道具を用いて偏らせたり、放出したり、加速させたりすることで波長自体を変え、崩れたマナの波を使用可能な形にすることが出来る。


つまり、このマナ整形を、ドラフは何かしらの形で行っている可能性があるのだ。


現在、私は服や、勿論のことその懐にしまわれていた魔道具を失っている。それは恐らく、ドラフの手に渡っているため、私は魔道具を使うことが出来ない。


きっとあの魔道具の中に「マナ整形」を行う魔道具があるに違いない。


私はそう思った。

そして、もしそうであるのならば、ドラフが先ほど使っていたものは私たちの持ってきた魔道具に違いないのだ。


しかし、こちらにドラフが来てしまえば、私もその魔道具の範囲に入る。そうすれば私は整形されたマナを使用できる可能性がある。



私は、少しの希望を見出しながら、ドラフが近づいてくるのを待っていた。

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