第十話 奴隷商人、ドラフ。【001,002】
001.
「さあさあ皆さん。どうですか?何かお買い上げになりたい奴隷がございますか?それとも……」
そう言って、ドラフは振り返り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そろそろお気づきになりましたか、モブのみなさん。」
ドラフがステッキをコツコツと二回鳴らした。
急に視界が開ける。
私たちはあまりの眩しさに目を瞑った。
ゆっくりと目を開けると、そこにはそれが地下であるということが分からないような大きな広間が広がっていた。
「さあ、ここまでくればあなたたちを助けに来れるお仲間もいないでしょう?」
私は焦ってその金属の魔道具を耳にしっかりと入れ、小声で秋月さんに話しかける。
『……』
何も聞こえない。
「無駄ですよ。あなたたちが何かを使って誰かと話していることくらい、もう既に承知しております故。」
嘘。
私は慌てて、その魔道具を取り出して見る。そこから出るマナの流れは、先ほど私が感じたような美しいものではなく、汚くどろどろしたものであった。
「諦めたほうが速いですな。ここは、地上からは遠く離れた地下のまた下。新鮮な空気やマナは出入りしない空間でございます。そして……」
「何せあなたたちは、「閉じ込められている」のですから。」
002.
「私たちを……閉じ込めた?」
「はい。その通りですよ。」
茜音さんは絶句する。
「あなたたちはここから出ることも、助けられることもありません。」
「なんで……」
ドラフは不敵な笑みを浮かべる。
「あなたたちが来た道はもう存在しませんよ。だから、もちろんあなたたちの護衛、と言いますか、後ろを付けていたあの男もここはわからないでしょうね。」
皆絶句して、そのドラフの顔を見た。
「奴隷商を馬鹿にしないでいただきたい。仮にも「人を支配する仕事」をしているもので。このようなものには慣れております。まあ……」
「まあ……?」
「まあ、あなたたちはどちらにせよ、ここから出ることはできませんよ。」
「どういうこと?」
「もう少し考えたらどうですかね。あなたたちはここに閉じ込められた。退路も無い。かといってもし私を殺したら、あなたたちは帰る方法が無くなってどちらにせよ死ぬ。もちろんのこと、この蟠ったマナの環境ではまともに魔法を発動できるわけがない。」
ドラフはステッキをカタンと倒す。
「つまりは、詰み。ということですな。私の完全なる勝利。あなたたちの完全なる敗北。恐らく今頃は、あなたたちのお仲間は諦めて退避準備をしているでしょうね。」
「そんな……」
私は絶望の中に叩き落された感覚になった。
あれだけ努力した結果がこれだったのか。
結局私は誰にも助けられないまま、何もできないまま地中に埋もれて朽ち果てる運命なのか。
私は懐にある魔道具を見る。これでなんとか脱出する方法は無いか。
しかしその直後、私は絶望する。
「あの馬鹿。私たちに指示するとか言って居ながら、結局使い方を教えないで一人のうのうと指令班にいるのね。やっぱり、何もできないヘタレは使えないわ。」
そこにある魔道具は、あのヘタレや秋月さんと話すことができない今、何の役にも立たないガラクタに過ぎない。しかも結局、周囲のマナが使い物にならないので、何か魔法を使おうと思っても抵抗できない。
最悪の事態。
この言葉が、今の状況を説明するのに相応しかった。
私たちは結局、こんな奴隷商ごときに抵抗できずに殺されるのだ。
私が俯くと、ドラフが私たちの方を向いて、私たちを促した。
「それでは、こちらへどうぞ。あまり私も争いをしたくはないのでね。」
ドラフはニヤリとする。
「大丈夫ですよ。あなたたちは、直ぐには殺しませんので。」
私は少し安堵した。私たちはまだ生きながらえることができるのだ。そして、もし生きることが出来たのなら、私たちにはまだ何か抵抗する手段があるかもしれない。
しかし隣を見ると、茜音さんは絶望の表情をしている。
ネビルさんが、懐からナイフを取り出した。
私は、ネビルさんがドラフを殺すためにナイフを取り出したのかと思った。
しかしながらネビルさんは、自分の手首にナイフを当てた。
私の脳裏に嫌な予感がよぎる。
「おっと、それはいけませんな。もっとも、あなたたちには今から色々聞かねばなりませんから。」
そう言ってドラフはネビルさんの眼を見て、
「我が名ドラフにおいて命じる。お前は自分で自分自身を殺めることはできない。」
と唱えた。
私がネビルさんを止めようとした瞬間であった。
ネビルさんは何かに捕らわれたかのように、ナイフを取り落とした。
そして、「ああ。私は何をしているのだろう。」と言った。
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