第九話 任務開始【005】
005.
「私は侯爵アルドーフ家当主、アルドーフ=ヴャチェスラーフ=ツァレゴロドツェフだ。」
ネビルさんがステッキをつきながら、堂々とした口調で紹介をする。
「ご丁寧にありがとうございます、侯爵殿。私はドラフと申します故、よろしくお願い申し上げます。」
そう言ってその男、奴隷商ドラフはニヤリとする。
「こちらの者はメイドの者だ。同伴させても構わんか?」
「ええ、それは勿論。」
ドラフは前を向き、ランタンで地面を照らしながら歩く。しかしその光は小さく、まるで私たちにその道のりを見せたくない《・・・・・・》かのようだった。
その場は、微かに聞こえる呻き声と鎖の音、そしてネビルさんがステッキで地面をつく音のみによって支配された。
「それで、本日はどのような奴隷をお求めで?」
「戦闘用に、奴隷を50名ほど買おうと思っている。」
「それは大層大きなお買い物でして。全体ではどれくらいのご予算をお考えで?」
「金貨1万枚程度を考えている。」
「さすが侯爵様でございます。これくらいの予算を準備していただけるのはやはり御身分の高い方のみですなぁ。」
そう言って、ドラフは手揉みをする。
私は心の中で、金貨一万枚という金額に吹き出す。金貨というのは相当な価値を持つ貨幣であり、中々使われることも無いようなお金である。そのため私は、その金額を少し滑稽に思ったのである。
「こちらでございます、お客様。」
そう言ってドラフは指をパチンと鳴らしてランタンの明かりを大きくする。
目の前に広がっていたのは、まさに地獄絵図であった。
檻に閉じ込められているのは、年端も行かない少年少女から老人までの人間である。しかしその姿に人間としての面影は無く、ただの野生に住まう獣にしか見えなかった。
「これらは檻ごとに買える奴隷でございます。檻ごとに購入していただければ、安くご提供することができます。」
そう言うとドラフは檻をステッキで叩いた。
「おい、お客様だ。顔を見せろ。」
ドラフが檻に向かってそう言うと中からは首輪に繋がれた裸の幼い男女が顔を見せた。
「今は少し状態が悪いですが、年は若いため育てがいがありますな。何でも勇者様はこのような奴隷を一流の戦士まで鍛えたと言いますのでね。今がお買い得でございます。」
そうドラフは言うと、檻に向かって、「戻れ」と言った。
「獣だ。」
私はそう呟いていた。これは人間ではない。少なくとも自分と同じ生物であるということが信じられなかった。
隣で茜音さんがドラフに対し、笑顔で「素晴らしい奴隷ですわね。あの年と人数でいくらかお聞きできますか?」と聞いた。
「おお、お客様。素晴らしいご質問で。こちらの奴隷は檻一つ分で、なんとたった金貨100枚でご提供いたしております。これに目を付けられるとは、お目が高い。」
そう言ってドラフはまた、不敵な笑みを浮かべる。
「価格と人数、人種とあらかたの年齢を控えておけ。」
ネビルさんは茜音さんに言う。
「かしこまりました。ご主人様。」
茜音さんは恭しく一礼をし、筆記具を取り出した。
そこから私が目にした光景はここに記せないほど残酷なものであった。
人間ではない異形の形をした生物や激しく損傷した遺体、地面に落ちているトマトと豆の腐った煮物を必死に貪り食っている人間、そしてそこら中に散らばる糞便。そしてそれらが混ざり合って異様な臭いを醸していた。
私は胃の中のものを全て戻したくなったが、必死にこらえてネビルさんや茜音さんの後ろを付いて行った。
「大丈夫、大丈夫。
私は今まで、様々な訓練に耐えてきたのだから、この程度問題なんかじゃない。」
私は自分自身にそう言い聞かせ、吐き気を堪えるのであった。
異常な状況は、正常な思考判断を奪う。
この時私たちは、暗闇と、呻き声と、そのおぞましい光景に思考能力を奪われて、見失っていたのかもしれない。
耳元にはめ込まれた魔道具から秋月さんの声が聞こえないことも、ルドルフさんからの応答が無いことも、そして何より客である私たちがこれだけ異常な空間の中に閉じ込められている《・・・・・・・・・》という事実にも。
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