第八話 Stay hungry. Stay foolish.【005,006】
005.
僕は魔法屋の扉の前に立った。
ルドルフさんに叱られてから僕は、「老婆が何故僕を弟子として取らなかったのか」ということについて考えていた。
そのため、モブの皆に、そもそもの老婆と僕たちの職業の関係について調査をしてみたのである。
そもそも魔法屋のお婆さん、もとい魔導工学士というのはモブと非常に繋がりが深かったという。特に秋月さんが入団した時は、魔導工学士という職業の全盛期であり、多くの若者がそれを目指していた。そして、その中でも特に優秀な魔導工学士はモブに招待され、活躍をしたのだ。
あの老婆は、以前弟子を多く抱えていたという。
しかし、ちょうど10年前に、その弟子の中でも特に優秀であったある弟子が、魔王の「ある秘密」を知ってしまったのだという。
その秘密の一端は魔王が斃されていないということや、それに纏わる様々な「魔王の存在」やその強さの源などの類であった。これらの事実は、当時のモブを含めた国民が知らなかった事実であったのにもかかわらず、この弟子はこの事実を広めてしまったのだという。
この事実は国としての問題として上げられ、そして何よりその噂はそれを知った魔王を激怒させてしまう原因となったのだという。
これらの理由から、この弟子は国王から死罪の命を受けてしまい、この職業の人々はその職務内容を口外することが一切禁じられた。
そして、それが理由かどうかは定かではないが、それからあの老婆は弟子を取ることを止めたのだという。
僕はその魔法屋の扉を思い切って開ける。
「すみません!」
僕は呼ぶ。
……
何の反応もない。
しか僕は待つ。
何の反応が無くても、ここで引き下がっては最初からしなかったのと同じだ。
何分経っただろうか。僕はその薄暗く埃臭い店内で待ち続けた。
埃と黴臭さで咳き込みそうになる。
しかし僕は待つ。
「老婆はここにいる」。
そう、理由はないが僕は思った。
遂に数時間後、老婆が杖をついて現れた。
「なんだい、スピカ君。」
そして、僕を一瞥して、「わかったよ。仕方ない。入りな。」と言う。
006.
「なんでまだしつこく来るのかい。」
そう言って、老婆は少しため息交じりに言う。
「僕は何度でも来ます。僕はあなたの弟子になりたいんです。」
「何度来たって同じだよ。あたしはね、弟子を取る気なんてさらさらない。」
老婆はそっぽを向く。
僕は静かに語り始める。
「あなたのお弟子さんの話を聞きました。」
「そうかい。」
「あの時僕が、何もわからずにただ弟子にしてほしいと言ったこと、ごめんなさい。」
すると老婆はさらに僕から体を背けて
「そうかい。」
と言う。
「でも、僕はその話を聞いて、更に弟子として、あなたの元で学びたいと思いました。」
「そうかい。」
「確かに僕は、魔導工学が少しはできます。でもそれでは、ただ「できる」というだけです。それは誰かの役に立つわけではない。ただ単純に自己満足のためなんです。」
「……」
僕は握る拳に力を込める。
「僕は無力です。ヘタレです。同期に軽蔑されてしまうような人間です。」
僕は老婆を真っ直ぐに見る。
「でも、僕はその「今」を変えたい。自分の手で変えて見せたい。自分でも、やればできるというところを見せたい。やってみたいんです。」
「……」
10年前のあの日、僕の父は僕の前から姿を消した。僕に「希望」を残して。
「彼、あなたの優秀なお弟子さんは、何も残さなかったわけじゃありません。」
僕はきっぱりと言い切る。
確かにあの日の出来事と、老婆の弟子とを結びつけるというのは少々虫の良い話かもしれない。しかしどうしても、僕は僕の父とその弟子の姿を結びつけてしまうのである。
「彼は、日々挑戦し続けることが大切だと言いました。そしてその言葉は、今僕がこうして挑戦することの動力になってくれています。」
「彼は、真実を明らかにしました。そのおかげで、僕たちは魔王を斃すことに近づくことができました。」
何か新しいことに挑戦して、革命を起こすということは勇気のいることだ。
そしてそれは、とても難しいことだ。しかし、僕の父さん、いやそのお弟子さんはそれをやってのけたのだ。
それはどうあろうと、誇るべきことであって、後悔するようなことではない。
「だから僕は、本気でやってみたいんです。」
老婆は押し黙っている。しかしその眼には、うっすらと涙が見える。
「だから、どうか、お願いします。」
僕はそう言って、深く深く頭を下げた。
ここで頑張らなければ、多分一生僕はヘタレを抜け出すことができない。僕は、僕という人間として、モブとして、活躍することはできない。エレナさんにも一生馬鹿にされたままだ。
「何回も言っているじゃろ!あたしは弟子は取らん!」
そう言って老婆は僕に怒鳴る。
僕は頭を下げ続ける。
どれくらい経っただろうか。
遂に老婆は諦めて、僕の方を向いて言った。
「はぁ。あたしは弟子を取らないって決めた。だから、私はあんたを弟子にしない。でも、明日からお前は勝手に来て、あたしから勝手に技術を吸収して、勝手にあたしを師匠と呼べばいい。それでどうじゃ。」
「はい!ありがとうございます!」
「勘違いしないように。あたしは決して、あんたを弟子とは認めない。」
老婆はそう言って、僕を一瞥した。
こうして僕は、その老婆の「自称弟子」として、魔法屋に通うことになったのである。
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