モブキャラ、はじめました。【上】
ドクターみかん
プロローグ 最高の仕事、モブ。
僕は半分崩れかかった魔王城を見ながら、隣に立っているエレナと共にいた。僕たちは、どこか退廃的でありながら、成し遂げた後に感じる特有の達成感で美しく感じられる悪魔の城を眺め、今まであったことを思い返して、感傷に
このたった一か月半の間で、それだけの短い間であったこととは思えない程様々な出来事があった。自分にとっては、それがとても楽しいことであったように思えたが、よくよく考え直してみると、悲しいことや辛いことが、そのウェイトの大部分を占めていると言っても過言ではないことに気がついた。
しかしながらそれらの艱難辛苦を乗り越えたからこそ、今は「モブ」ということに対して、それ以上に「仕事」ということを心の底から理解できたように思えた。
「エレナ、働くってなんだろう?」
僕はそんな、哲学的な問いをエレナにした。
「働くことねぇ。まあ、私たちの仕事に限って考えてみると、普通の人たちからすれば、目立たなくて、無能で、何をしているのかということすら分からない、ただの群衆のように見えるのよね。」
彼女はそう言って愉快気に笑う。
「まあ、そうだろうけど。でも僕たちの仲間、秋月さんやルドルフさん、茜音さんやネビルさん、それに師匠も含めて、ああいう人たちはそんな風じゃないだろう?だから僕たちの仕事ってなんなんだろうって、疑問になったんだ。」
僕はそう言いながら、目を細める。
あの事件の前までは、僕は「楽な仕事」こそが崇高だと考えていた。
僕は、自分の仕事への誇りを失ってしまっていたのだ。
僕は仕事には「効率の良さ」を求めていたし、楽をして金を稼ぐことが良いと思っていた。しかし最近は、それについて考えさせられることが多くなった気がする。
エレナは少し迷いながら話し始めた。
「モブってさ。多分、「役に立たない」って事じゃなくて、ただ「目立たない」ってことなんじゃないかな。誰もその良さに気づけずに、でも本当は大切な人。勇者みたいにキラキラしていなくて、でももっと現実味があるっていう職業。」
「確かにそうかもしれないね。」
僕はそう言って笑い返す。
「でもさ、その「目立たない仕事」にこそ見えない価値があったりするんだよね」
エレナはその髪を
「そう言う意味ではさ、無駄な仕事なんてないのかもね。」魔王城の近くが不意に光った。
瞬間、大きな音が聞こえ、魔王城がパッと明るくなった。
「花火、綺麗だね。」
そうエレナは言い、「凱旋パレードに参加しなくてよかった。多分パレードからはこんな綺麗に花火は見られなかっただろうし。」
と付け足した。
凱旋パレードの音楽や、楽しそうに話す声、そして高らかに呼ばれる勇者の名前や歓声が聞こえる。
「今までさ、色んなことがあったよね。」
「そうね。まさに「冒険」って感じだったわね。」
僕は今まであった出来事を回想していた。
僕たちは今まで、様々な人の様々な「仕事」を見てきた。
仕事は金稼ぎのためにあると言っていた人。
金があれば、武器も買える。魔法も買える。人脈も買える。土地も買える。僕たちは金を使って色々な物を買うことができる。物質的に豊かになった今の世界において、僕たちは金さえあれば基本的になんでも買える。
勇者が魔王を
だから金は一番崇高だ。
仕事は金のためにするものだ。
彼はそう言っていた。
認められるために仕事をしていた人。
彼女は認められたい一心で仕事をした。そのおかげで、彼女はトップの座に上り詰め、多くの観客を魅了するような人になった。
しかし、それが幸せなことであったかどうかと問われると、そこには疑問符が残る。
彼女はとても良い人だった。そして、とても真面目で素直な人だった。だからこそ、自分の体で作り出した創作物を認めて欲しい、いや認められなければならないと考えた。しかしながらその気持ちは段々と彼女の心を縛りつけ、その恐怖心や猜疑心から「あんな事件」を起こしてしまったのである。
僕はエレナの方を向く。
「誰かに認められないって、辛いよな。」
「何言ってるのよ、今さら。私たちはモブじゃない。」
そう言って、エレナはバカじゃないのと言わんばかりに笑った。
「確かにそうだな。僕たちはモブ、だもんな。」
「そうよ。私たちは誰かから認められるわけでもない、全員から称賛を受けるわけでもない、そんな仕事をしているのよ。」
僕は「そうだな。僕たちにはそんな仕事は似合わない。」
と言う。
するとエレナは、「そんなかったるい仕事は、ああいう目立ちたがりが引き受けてくれるわよ。」と言って、魔王城の近くで催されている凱旋パレードの中心で手を振っている勇者を指さした。
「そうだな。まあでも、少なくとも、僕たちは誰かに認められたいと思っているんじゃないかな。それはどんなに小さくてもいいし、それこそ勇者みたいに大きくなくてもいいんだろうけど。」
「そうね。どこかの誰かさんにも、認めて欲しいものだけれど。」
エレナは少し恨めしそうに僕の方を見る。
僕はエレナの頭を撫でながら、「エレナは十分凄いぞ~。えらいえらい。」と言う。
するとエレナは、「絶対馬鹿にしてるでしょ。」と言って僕の手を払いのけた。
「でもさ、僕は本当に、エレナは凄いと思っているよ。」
「僕が自分を失いかけていたあの時、エレナが僕に、言ってくれた言葉は僕を奮い立たせてくれたし、何より……」
そう言って僕は恥ずかしくなって目を背ける。
それを見て、「何より?」とエレナは意地悪そうに聞き返す。
「何より、嬉しかった。」
と僕はそうやって言い返す。
「ええぇ?それだけ?そう言えば、まだ返事もらってないよね?」
エレナはそう言って、僕の目を見る。口はふざけているが、彼女の目は本気だった。
「じゃあさ。その前にちょっと昔話をさせてよ。」
僕は勇気を振り絞って話し始める。
「あるところに、一人ぼっちの少年が居ました。その少年は、自分の名前が嫌いでした。そのせいで、彼は誰かと話すのが嫌でした。自分の好きな物を認めてくれない世の中が嫌いでした。そんなヘタレは、自分の部屋の中に
そして月日が経ち、彼はとある仕事に招待されました。
断るわけにもいかず、彼は仕方なくそこで働き始めました。
でも、一緒に入った人は努力家でプライドが高くて、少し怖くて、彼は落胆しました。
これが仕事だったのだ、と。
だからずっと、その人を敬遠してきました。自分よりできるクセに、努力家なクセに、出来ないと言ってわざと自分の前に立ってそれを見せびらかしてくる奴なんだな、と。
しかしあるとき、彼は、自分のせいで、自分の師匠を危機に晒してしまいました。彼は自分のせいで大切な仲間も、自分の大切な師匠ですら、守るどころか恩を仇で返してしまったことに自分の不甲斐なさを感じて、自暴自棄になっていました。
でも、努力家でプライドが高くて少し怖いあの人が、僕を助けてくれました。
僕を真っ直ぐに見つめて「私は君を信じる」と言ってくれました。そして僕の心を救ってくれました。
その瞬間、その少年は彼女を好きになりました。そして彼はこう言いました。
エレナ。
僕は君のことが好きになってしまったようだ。
エレナの努力家なのに実は少しどんくさいところが可愛いと思う。
エレナのプライドが高いのに、大事なもののためならば、そのプライドを捨ててでも守ろうとしてくれる、そんなところが好きだ。
エレナの少し怖いのに、困っている人を見つけた時にその人を思い遣って信頼して、温かい言葉をかけてくれる、そんな優しいところが大好きだ。
ってね」
エレナを見ると、彼女は涙ぐんでいた。
「僕はお前のお前の大切な人になりたい。」
と言い、エレナを抱きしめる。
それは恐らく一瞬の出来事であったのだが、僕にとって、いや、僕たちにとっては永遠の出来事のように思えた。
そしてそれは、僕にとって、「今までやってきてよかった」と思える瞬間でもあった。
仕事はつらい。辛くて苦しくて、直ぐに辞めたくなる。
時には、怖い経験をしたり、立ち直れないような経験をしたりすることもある。
ほとんどの仕事はモブだ。
多くの人は物語の主人公になんてなれないし、自分の仕事に誇りを持てなくなることもある。「自分は何をやっているのだろう」、「こんな仕事をしてなんのためになるのだろう」、と思うこともしばしばある。
しかし、その「くだらなくて目立たない、泥臭い仕事」を続ければ、僕たちはどこかで誰かのために役立ち、最終的にはそれが「幸せ」を僕たちの元に運んできてくれるのだ。
実際に僕がそうだ。
あの悪夢のような日、僕は何もかも失った。自分の大切なものも自分さえも、仕事のせいで失った。もし、自分がこの仕事に、例えそれが偶然だとしても挑戦していなければ、もしもずっと逃げ続けていれば、僕は失うことも無かったと思う。しかし、それと同時にこれ程まで大切なものを手に入れることも無かったであろう。
挑戦し続けること、今何の価値も無いように思えるようなことを続けること、それはとても辛い。
しかしながら、走り続けていればいつかそれは自分に報いてくれる。
「エレナ。僕はお前を大切に思っている。こうして大切な人と巡り合えたのも奇跡だ。奇跡が奇跡を呼び起こして、大切な人を作ってくれた。だから、僕はこの「モブ」と言う職業に感謝しているよ。」
僕はそう言って、エレナを更にきつく抱きしめる。
「私もそう。最初はこの仕事は格好いいと思っていたけど、本当はどうやら汚くて最高に恰好悪い仕事なのね。でも、この格好悪い仕事が格好いい人を運んできてくれた、最高の仲間に巡り合わせてくれた。だから、私はこの「モブ」という仕事が大好きよ。」
そうエレナは言って「だからちょっときついかも」と言った。
僕とエレナは魔王城の方を向く。
そして頷き合う。
僕たちは息を合わせて、魔王城に向かってこう叫んだ。
「モブキャラ、最高!!!」
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