クリスマスイブの、俺とアリとの不思議な思い出

明石竜 

第1話

 モンブラン、ザッハトルテ、クグロフ……一人暮らしの大学生であ

る俺、高松健太は様々な種類のケーキを十数個、この日のために大奮発

して購入した。

 なぜ一人暮らしのやつがイブの日にこんなにたくさんのクリスマスケ

ーキを買っているのかだって?

 先に言っておくが俺は大食い王でも、誰かにプレゼントするとか友人

達を大勢呼んで盛大にパーティーを開くのかというと、そういうわけで

もない。なにせ俺には親しい友人なんて1人もいないのだからな。詳し

くは以下を参照してくれ。


 街を歩いてみると、家族連れやカップルなどがイブの夜を楽しそうに

過ごしている姿が多く見受けられるだろう。だが俺はそんなやつらのこ

とを脇目も振らず家路を急ぐ。


「ただいま、君たちのためにあま~いケーキたくさん買ってきたよ!」

 家に帰り着くとすぐさま俺はケーキの箱を開け、そして机の上に置か

れた飼育ケースのフタを取り外して、フレーク状に砕いたケーキをそっ

と土の上へと置いた。

 俺はアリを飼育しているのだ。小学生の頃、夏休みの宿題で巣の観察

をしたことがきっかけで、それ以来俺はすっかりアリの虜となってしま

った。巣の中を眺めていると何か不思議な感じがしてくるのだ。この中

にはアリたちの築く特別な世界が広がっているのではないかと。

 人付き合いが大の苦手でアルバイトすら出来ず貧乏な俺は、普段は煮

干やパンくずなど粗末なエサしか与えられないのだが、年に一度この日

だけはアリたちへ最高のプレゼントを送っている。俺の唯一の話し相手、

そして俺の人生の支えだもの。

 ちなみに俺の食事は今日もいつもと同じく88円のカップ麺1つ、こ

れでじゅうぶん。

 ケーキを置くと、この時期普段は冬眠中のアリたちが香りに誘われ、

巣の中から出てきてケーキを中へと運んでいく。見ていると本当に癒さ

れるものがあるのだ。

 しばらく眺めているうちに、俺はいつの間にか眠りについていた。

 

           ☆


 気が付くと俺は、なんと飼育ケースの中に入っていたのだ。

 俺の身長は1センチくらいまで縮んだ。そして目の前にはアリたちの

姿が見える。俺は、この中に暮らしているアリたちと同じ大きさになっ

たのである。

 別に俺が不思議の国のアリス症候群にかかったわけではない。本当に

体が小さくなっていたのだ。

 当然俺はこの状況を信じられなかった。



「お待ちしておりました健太さん」

「さあ、こちらへどうぞ」

「会場までご案内します」

「えっ!?」

 アリたちが喋った。これはもう確実に夢だな。でもアリたちと音を通

じて会話できるなんて……現実だと思い込んで楽しもう!


 アリたちに招待されるがままに、俺は土の中に出来た巣穴の通り道を

奥へ奥へと進んでゆく。いくつか空洞状の部屋があったが、その中でも

一番豪華だという部屋へ俺が辿り着いた瞬間、

『メリークリスマス!』

 と、大勢のアリたちが一斉に叫び、俺を歓迎してくれた。


「お母様が健太さんを心からお待ちしておりますよ」

 前方には年老いた女王アリの姿が。

「もっ、もしかして君は、俺が飼い始めて以来ずっと生きているロミー

ナさん!?」

 俺は1匹だけ目立つその女王アリには名前を付けていたのだ。

「そのとおりです。健太さん、毎年イブの日にこんな素敵な甘いケーキ

をくださり、本当にありがとうございます。毎年の感謝の意を込めて今

年こそはと思い、健太さんをここへお連れしたのです。アリの世界のク

リスマスパーティをごゆっくりお楽しみくださいね」

「こっ、こんなさえない俺なんかのために……」

 俺は嬉しくてポロポロ涙が流れた。


「わ~い、サンタさんだ!」

 中には俺をサンタだと思い込んでいたアリもいた。俺の名前は健太だ

がこの際どうでもいい。

 

 俺は最高のおもてなしをアリたちから受けた。こんなに楽しくクリス

マスを過ごしたのは今までの人生を振り返ってみても初めてのことだ。


 別れ際、ロミーナさんからこんなことを告げられた。

「……ワタシの子の寿命はせいぜい1年ほど。なので来年にはこの子た

ちみんないなくなってしまうのです。あれから10年、さすがのワタシ

もそろそろ限界です。今年が健太さんに出会える最後のクリスマスとな

るでしょう……でも、来年からもおそらく別のアリたちが健太さんを

招待してくれますから、ぜひお越し下さいね」


 俺もアリの寿命のことは知っていたのだが、ちょっと寂しい気分にも

なった帰り道の途中、俺はまたいつの間にか意識が遠のいた。

 

 


 目が覚めた俺はいつもの朝と変わらずベッドの上に横たわっていた。

「……楽しい夢だったなあ」


 一応確認のためアリたちの様子を観察してみると普段となんら変わり

ない。

 土の上で、ロミーナさんが安らかに眠っていたこと以外は。

 ……もしかしたら本当に現実の出来事だったのかもしれない。俺には

そう思えた。

 

 きっと俺は来年も、また新しいアリたちと出会い、楽しいクリスマス

が過ごせることであろう。


 


 




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クリスマスイブの、俺とアリとの不思議な思い出 明石竜  @Akashiryu

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