彼女への二度の告白

さくらねこ

二度の告白と一度の別れ

 コウスケは夢を見ていた。いや、夢というより記憶と言ったほうがいいかもしれない。

 

 コウスケが高校三年のときである。春の陽気が気持ちの良い日の放課後、コウスケは図書委員の仕事のために図書室へ行こうと、まだ生徒がちらほら残っている教室を出ようとした。

 そのとき、クラスメイトであるマサトに声をかけられた。マサトは女子に囲まれて雑談をしていたようだ。

 マサトは有名な不良であるが、情に厚いところがあり、校内での評判は悪くない。特に、女子からは人気があり、今日のように囲まれていることもよく見かける風景だった。

「よう、コウちゃん。どっか行くの? ちょっと話していこうや」

 マサトはそう言うと、椅子を一つ用意した。断っても良かったが、マサトの機嫌を損ねるのはあまりよろしくないとコウスケは思い、椅子に座った。

「図書委員があるから少しだけな」

 コウスケはあまり女子と話をするタイプではなかったので、今の状況に少し緊張をしていた。それに特に緊張する理由がコウスケにはあった。

 雑談をしているうちに話題は恋愛へと発展した。誰かに彼氏ができただの、誰かが別れただのそういう学生らしい話である。コウスケもそういう話に興味がないわけではない。

 ふいにマサトがコウスケの肩に手を置いた。

「なあ、コウちゃんには好きな子いないのか?」

 マサトの質問はコウスケを狼狽させるのに十分だった。

 コウスケには中学生のころから好きな子がいた。その子はミツハという名前で、ショートカットがとても似合う、美人というよりは可愛い子だった。中学時代から同じクラスになることが多く、仲が良かった。

 ミツハは授業中、シャーペンの芯が折れると、後ろの席のコウスケのノートに書き心地がよくなるまでぐるぐると落書きをしたりと、少し悪戯心のある子だった。そのとき、コウスケは嫌な顔をしたが、実は幸せな気持ちでいっぱいだった。

 コウスケは卓球部で、ミツハはバレー部だったため、同じ体育館で何度も顔を合わせることも仲が良かった一因だろう。

 コウスケが狼狽した理由はそのミツハが今話している輪の中にいたからである。

 ミツハを見ると、漫画に目を落としている。コウスケの好きな人になど興味がないのかもしれない。そう思うと、コウスケは悔しくなった。

「なあ、コウちゃんにも好きな人の一人や二人いるだろ?」

 マサトはもう一度同じことを聞いてきた。

「二人はいないけど一人いるよ」

 コウスケがそう言うと、マサトを含め、女子たちは色めきだった。ただ一人、ミツハを除いて。

「え、誰が好きなん? もう言っちゃえよ」

 好きな人がいると言えば、誰でも同じことを聞くだろう。コウスケがミツハのほうを見ると、ミツハはまだ漫画に夢中なようだ。

 コウスケは覚悟を決めた。


「ミツハが好き」


 そうコウスケが言ったとたん、全員が息を呑んだように思えた。コウスケはミツハの方を見る。ミツハはまだ漫画を見つめていた。

 コウスケは終わったなと思い、図書委員があるからという理由を使って、席を外した。

 図書室につくと、図書委員の仕事をしながら、明日からどう接していこうかと考えていた。


 コウスケが女子たちの嬌声を聞いたのは図書委員の仕事が終わって、教室に戻ったときだった。教室全体が異様な雰囲気に包まれている。

 マサトがコウスケを迎え入れて、肩を組んできた。

「隣の教室にミッちゃんいるから、行ってこいよ」

 コウスケはまた狼狽した。先ほど告白して、無反応だったミツハにこれ以上何を言えばいいのか。しかも、クラスのみんなが知ったうえである。

 マサトに押されながら、隣の教室の扉を開ける。

 夕日が差し込んだ空き教室はほこりがきらきらと舞っていた。

 一瞬、コウスケはこの世に一人きりになったと感じた。だが、そこにはもう一人いたのである。

「コウスケ……」

 コウスケを呼ぶ声はあまりにか細い。

コウスケが教室の端を見ると、ミツハが口元を手で抑えて、弱々しく立っていた。

 ミツハはさきほど漫画を読みふけっていたときのような無表情ではなく、顔を真っ赤にし、その綺麗な目は潤んでいる。

 コウスケはミツハの変わりように混乱した。だが、その変化はコウスケにもう一度勇気を与えた。

 言う言葉は一つだけである。

「俺はミツハが好きだ」

「いつから……?」

「中学生の頃からずっと」

「……嬉しい」

 ミツハは口元を手で覆ったまま、小さな声で答え、泣いた。

 こうして、コウスケとミツハは付き合うことになった。


 告白した次の日の朝、コウスケは部活動に励んでいた。

 コウスケは部活中もバレー部のほうをチラチラと見てしまう。それは仕方のないことだろう。ずっと伝えたかったことを受け入れてもらえたのだから。

 恋人という存在は今までいなかった。今日を境に生活が変わるのだろうか。コウスケは期待と不安を同時におぼえた。


 部活動を終え、バレー部の横を通って、部室に戻ろうとしたときだった。

 ミツハがコウスケに向かって笑顔で手を振ったのである。

 同じ部活の部員にまだ告白したことを伝えていなかったコウスケは焦った。ここでにこやかに手を振り返したら、卓球部からもバレー部からも冷やかされるだろう。

 コウスケはそう考え、素っ気ない感じで手を上げるだけにした。

 後で話をすればいい。コウスケはそう思っていた。

 だが、コウスケは見てしまった。ミツハがとても寂しそうな顔をしたのを。

 コウスケはそれがずっと気になり、授業が終わった後の休み時間にできるだけ明るくミツハに話しかけた。だが、ミツハの顔は曇ったままだった。


 放課後、コウスケはミツハの友達から踊り場に来て欲しいと言われた。

 言われた通り、踊り場に行くと、ミツハが待っていた。

 コウスケは嫌な予感がした。いや、確信していたかもしれない。

 ミツハの口が動く。

「やっぱり、コウスケとは付き合えない」

 コウスケの思ったとおりの言葉だったが、覚悟はできていない。

 きっと朝のことに違いない。コウスケはそう思って、朝のことを謝った。だが、ミツハは思いを変えなかった。

「私ね、好きな人がいるの。だから付き合えない」

 嘘だ。コウスケはそう思ったが、何も言えなくなってしまった。

 じっと立ち止まったままのコウスケの横をミツハが通り過ぎていく。

 それが、コウスケとミツハの最後の会話となった。


 ゆっくりと目を開ける。眩しい光がもう一度コウスケの目を閉じさせた。

 何回か目を瞬かせていると、「おはよう」と声をかけられた。

 そこには女の子の顔があった。

 その女の子は大学になって出会い、付き合い出したコウスケの彼女である。

 コウスケは彼女のひざに頭を乗せて寝てしまったことを思い出した。

 とても居心地がよくて、また寝てしまいそうになる。そんなコウスケを彼女は笑顔で見つめていた。


 ――最高の目覚めだ。


 コウスケはそう思った。

 しかし、頭の中を巡っているのはミツハが見せた、あの寂しそうな顔である。

 あのとき、ミツハにちゃんと手を振り返していたら……

 コウスケは一瞬、彼女の笑顔から目を逸らす。


 ――最低な男だ。


 コウスケは彼女の目を見つめ直し、笑顔を向けた。


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彼女への二度の告白 さくらねこ @hitomebore1982

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