9・嫌だ!

 吸血鬼



「アラメーダ。外が騒がしいが、なにごとだ?」

 ヴォルディングは玉座の間でアラメーダに質問した。

「はっ、どうやらガボーが猫を発見したようです」

 ガボー。

 ヴォルディングが特別に、生前の人間が強靭だった部位をつなぎ合わせて作った、死体兵フレッシュゴーレム

 鈍重な石像兵ストーンゴーレムと違い敏捷で、しかし力は石像兵に匹敵する。

 侵入者を殺すよう設定してあったのだが、それには猫も含まれる。

 ヴォルディングはランクAだが、まだ完全に弱点を克服したわけではない。

 猫への対処は重要だった。

 下位吸血鬼は猫に一撃で灰にされてしまう。

 アラメーダたちでも猫の攻撃はダメージが大きい。

 そこで作ったのがガボー。

 死体に魔法兵の術をかけたものだから、猫の攻撃は無意味。

 忌々しい猫どもをペシャンコに潰してくれる。

 だが、墓所に入ってきた猫は、ただの野良猫か?

 ゴドフリー・ノートン子爵が、なんらかの手段でこの場所に自分たちがいるのを突き止め、猫を送り込んできたとは考えられないだろうか。

「アラメーダ。その猫はノートン子爵の猫かもしれん。自分の妻を救出するための、猫を使った陽動作戦という事も考えられる。

 念のため、おまえが外に出て確認するのだ。オーレスとクルバリアスを連れて行け」

 オーレスとクルバリアス。

 ヴォルディングがカーマイルの下で働いていた頃、吸血鬼の弱点を薄くする方法をカーマイルは発見した。

 ヴォルディングはそれに改良を加え、弱点を薄くするだけではなく、能力も向上させることに成功した。

 また命令に従わなくなってしまう欠点も改良し、オーレスとクルバリアスにそれを使用した。

 二人は、以前はランクCの中位ミドル吸血鬼ヴァンパイアだったが、特別な処置を施したおかげで、ランクBになった。

 代わりに視力と言葉を失ってしまったが、その意思は失っておらず、命令に忠実に従う。

 アラメーダが一礼し、

「はっ、おまかせを。必ずや私が、人間がいれば見つけてまいります。

 しかし、その前にヴォルディングさま」

「なんだ?」

 アラメーダはヴォルディングに身体をすりよせて甘えた声を出しはじめた。

「そろそろぉ、婚前の契りをぉ、交わしていただいてもぉ、よろしいのではありませんかぁ。私ぃ、こんなにお預けされては拗ねてしまいそうですぅ」

 ヴォルディングは端から見れば明らかに動揺した。

 というか明らかに恐怖の表情だった。

「い、いや、結婚前の男女が、そのようなことをするのは、その、だな……」

 怖い。

 頬まで裂けた口から見えるサメの様な牙に咬みつかれそうだ。

 甘えているようには思えぬ。

 サメが獲物を前に、味はどんな感じだろうと想像しているようにしか見えない。

 三バカトリオー!

 名前を忘れてしまったのは謝るから助けてくれー!

 しかしアラメーダは、ヴォルディングが怯えている事などまったく気付かずに、

「ヴォルディングさまぁ。そんな古い考えは良くありませんよぉ。我々永遠の命を持つ吸血鬼もぉ、時代の流れに合わせなくてはぁ。今の時代はぁ、愛し合う二人は積極的に関係を持つものなんですぅ」

「し、しかしだな……」

「ではぁ、せめてキスだけでもぉ」

 キス!?

 その怖い口にキスをするのか!?

 キスをしたら唇を咬みちぎられそうだ。

 嫌だ!

 キスなどしたくない!

 考えるのだ。

 なんとかこの状況を脱する方法を。

 方法はないのか!?

 なにか方法は?!

 ハッ! そうだ!

「で、では、墓所に入ってきた猫をガボーが始末したかどうか、しっかりと確認してくるのだ。その褒美として口づけをしてやらんこともない」

「本当ですか!?」

 アラメーダは歓喜の表情だったが、ヴォルディングには襲いかかってくる寸前に見えた。

 悲鳴を上げたいのを必死でこらえて、

「う、うむ。本当だ」

「わかりました! 早速 行ってまいります!」

 アラメーダは物凄い速さで外に向かった。

「……ふう」

 とりあえず、この場は切り抜けた。

 さて、アラメーダが帰ってくるまでに、褒美のキスをしないで済む方法を考えなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る