3・イタイ人というのは全く同感だ

 ジョン・ハードウィック



 名探偵を自称する友人のホームズは、僕をワトソンと呼ぶことがあるが、僕の名前はジョン・ハードウィックだ。

 けしてワトソンとかいう変な名前ではない。

 僕をワトソンとうっかり呼ぶことがあるホームズの名前も本名ではないのだが、本人は小説の影響でホームズと呼ぶよう要求してくる。

 以前 一緒に仕事をした事がある冒険者は、

「三十歳を過ぎて黒歴史を築いているイタイ人」

 と評していた。

 黒歴史とはどういう意味なのかはよく分からなかったが、イタイ人というのは同感だ。

「十年ぐらい経ってから 自分の行動を思い出して、頭を抱えて ウァアアア とか叫んだりするんですよ」

 とも言っていたが、まったくもって同感だ。



 さて、そんなホームズと僕はこの日、ホームズが探偵としての依頼を引き受けて、僕がその手伝いをしていた。

 日が暮れて、街灯の明かりが灯り始めた頃、人気のない川沿いの道で、僕たちは事件の事を歩きながら話し合っていた。

「だからホームズ、小道具係が犯人のはずがないんだ」

「しかしジョン。短剣をすり替えることができたのは、彼しかいない」

「だが 彼には動機がない。そもそも、劇の舞台で女優に殺させるという方法を取る必要もない。舞台上で事故に見せかける方法はいくらでもあるんだ。

 それなのに、どうして短剣をすり替えて、彼女に殺害させるなんて迂遠な方法を取るんだい? そんな方法を使ったら、逆に怪しまれてしまう。

 やはり代役に入った新人女優が怪しい。彼女には動機がある。劇団の一員だから、なんらかのトリックを仕掛けることも可能だ」

「トリックとは、どんな?」

「少なくとも、短剣をすり替えたのではないだろう。それだけは断言できる。依頼主は、小道具の短剣と本物の短剣くらい見分けがつくと言っていた。そこに鍵がある」

「いや、待て。そうか、分かったぞ。実は自殺だった」

「また突拍子もないことを」

「他の劇団員の証言で分かったように、被害者の俳優は自分の才能に限界を感じていた。そこで人々の記憶に残るために、舞台の上で自殺した。

 脚本通りに小道具の短剣で刺された後 倒れる。そして観客に分からないように、自分で用意した本物の短剣で自分の胸を刺した。まさに一世一代の大芝居だ」

「では、小道具の短剣はどこへ行ったんだい? 衛兵隊の依頼で、この僕が検死を行ったが、衣類にはなにも無かったんだぞ」

「死ぬ直前、舞台のどこかに隠したんだ。だから 舞台のどこかにまだあるはずだ。探しに行こう」

「これから?」

「もちろんだ」

 早足で劇場へ向かい始めたホームズの後を、僕は面倒くさいと思いながら付いて行こうとし、足を止めた。

 後方から気配がした。

 それも尋常ではない気配。

 獰猛で飢えた肉食獣が迫ってきているかのような。

「待ってくれ、ブレッド男爵」

「ジョン、仕事の時はホームズと呼んでくれたまえ」

 僕は名前の訂正をせずに続けた。

「武器は持っているか?」

「武器? 僕のステッキは中に鉛を流し込んである護身用だが」

「……心許ないな」

「いったいなんだ?」

「なにか来るぞ」

 街灯に照らされて、一人の男が現れた。

「グゥウウウ……」

 馬丁の服を着た、中年程の男。

 眼が禍々しく紅く、犬歯が大きく伸びて鋭く尖っている。

 ホームズは慄く。

「ヴァ、吸血鬼ヴァンパイア

 僕は拳を握って構える。

 ホームズのように普段から杖を持ち歩いていないのだ。

 当然 武器も何も持っていない。

 この吸血鬼、ランクはどれくらいだ?

 自分はただの医者で、兵士や騎士のような戦闘訓練を受けたことがない。

「ブレッド男爵、今まで聞いたことがなかったが、君の冒険者ランクは?」

「……F」

「最低ランクか」

 これはまずいかもしれない。

 下位吸血鬼ならまだ勝算はあるのだが、肝心の武器がない。

 吸血鬼の弱点になる武器が。

「ジョン、逃げた方が……」

「もう遅い」

「キシャアアア!」

 吸血鬼が襲ってきた。

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