126・妾は邪悪なる魔物の王だ!

「ヴィラハドラ!」

 バルザックが一瞬、意識が逸れた。

 そこを逃さず、ラーズさまはバルザックの腹部に拳をめり込ませる。

「グボッ!」

 苦悶の呻き声を上げるバルザック。

「おのれ! 暗黒ダーク星雲ネビュラ!」

 伝説級の闇の魔法をバルザックが行使し、同時にラーズさまも行使した。

「暗黒星雲!」

 物質を無にする闇が混ざり合い、共食いのように消滅した。

衝撃波ショックウェーブ・百四十二!」

「衝撃波・連!」

 ラーズさまとバルザックの放つ衝撃波が対消滅を起こす。

 そして、数で勝っていたのはラーズさま。

 見えない拳で殴られたかのように、何度も体が弾かれるバルザック。

「……こ、こんな……美徳を司る神々までもが、魔物を滅ぼそうとするのか? 神々が我ら魔物を邪悪だと定めたのは真実だというのか? 魔物は存在すること自体が害悪だとでもいうのか!?」

 バルザックの身体から魔力が噴出する。

「アアアアア!」

 その叫びは慟哭なのか憤怒なのか。

「いいだろう! 妾はバルザック! 魔物の王である!

 魔物が悪だというのならば妾も悪で構わぬ! 妾のか弱き民を守れるのならば悪と蔑まれ罵られても構わぬ! 人間どもよ! 邪悪な妾を恐れよ! 貴様らにもはや共存共栄など求めぬ!

 妾は人間を滅ぼす! 神々が魔物を滅ぼすと言うならば妾は神々をも滅ぼしてみせる!

 妾は邪悪なる魔物の王だ!」

 バルザックは両手を頭上に掲げ魔力を集中した。

 この魔力量。

 自分の魔力を全て使いきるつもりだ。

 おそらく、神話級の魔法。

 黒い穴ブラックホール

 全てを飲み込む超重力に囚われれば、永遠の虚無に果てしなく落下し続けることになる。

 こんな魔法を使ったら、魔王城全体、下手すれば城下町にも影響が出て被害が出るのに、見境がなくなってるの!?

 発動する前に止めないと。

「ラーズさま!」

「わかっている!」

 ラーズさまはバルザックに疾走し、私も魔法を撃つ体勢に入る。

 だけどラーズさまがバルザックの間合いに入った途端、

「かかったな」

 バルザックが不敵な笑みを浮かべた。

「なに!?」

 ラーズさまが驚愕の声を上げた瞬間、バルザックは頭上に集中していた魔力を解放した。

 魔力の奔流がラーズさまに直撃する。

 魔法を発動するためじゃなくただ魔力を集中していただけ!

 壁際まで飛ばされ地面を転がるラーズさま。

「妾が民に被害の出ることを本気ですると思ったか!」

 バルザックは剣を突く構えを取り、ラーズさまへ疾走する。

 ラーズさまはすぐに立ち上がったけど、足がふらついていて意識が混濁している。

 あれじゃ避けられない。

 ラーズさまが殺される。

 ラーズさまが死ぬ!



 私の体感時間が加速する。

 世界の時間が遅く感じられる。

 ここからじゃどんなに速く走っても間に合わない。

 魔法だ。

 魔法を確実に命中させなければ。

 火炎ファイア暴風ストーム水氷暴風ブリザードはラーズさままで巻き込んでしまう。

 単体だけに命中させる魔法。

 飛礫ストーン突風ブラストアイスウィンド投槍ジャベリン

 ダメだ。

 バルザックは片手で防ぐことができる。

 確実に命中さえできれば。

 なら!

武器魔法付与エンチャントウェポン!」

 私は魔法を行使すると同時に、業炎の剣ピュリファイアをバルザックに向けて投擲した。

「こんな攻撃が命中すると思っているのか!?」

 バルザックは業炎の剣ピュリファイアを、神銀の剣カリバーンで弾いた。

 そして呆気にとられたような声。

「なに? 魔法がかかっていない?」

 その疑念の答えるのは、私の左腕。

 バルザックの次元ディメイション断裂セイバーで切り落とされた左腕。

 剣を投げるとすぐに続けて投げた、武器魔法付与をかけた私の左腕が、バルザックの一瞬の戸惑いの隙をついて、顔面に命中する。

「ブッ!」

 私はバルザックに向かって走る。

「こ、小賢しい真似を!」

 子供騙しとしか言えない手に引っかかったことに憤りを感じたのか、バルザックは私に目標を変えた。

 私は右拳に魔法をかける。

「武器魔法付与!」

 バルザックは私を袈裟切りにしようとした。

 だがそれは、

「させるか!」

 スファルさまの疾風の剣サイクロンに止められる。

 直線移動ならラーズさまやキャシーさん以上のスファルさまが、敏捷力補正のかかる疾風の剣サイクロンを手にしたのだ。

 間に合うと信じていた。

「ええい!」

 バルザックは左拳で私を殴ろうとする。

 だけどそれも、

「おおっ!」

 ラーズさまが止めた。

 いつまでも朦朧としているようなやわな人間じゃない。

 バルザックの左手首を掴み、肘を逆関節に極める。

 これでバルザックは両腕を封じられ、身動きが取れなくなった。

「こ、このっ!」

 もがくバルザックに、私は全身の力を乗せた右拳を繰り出す。

「歯ぁ喰いしばりなさい!」



 私の渾身の右拳がバルザックの顎に命中した。

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