114・ここまで純粋なる者は

 グレース火山の近くの山道にある大きな小屋。

 私はその小屋の扉をノックする。

 すみませーん。

 どなたかいらっしゃいませんかー。

「誰じゃ? こんな山奥に人間が何度も来るとは、珍しいこともあるのう」

 おじいさんの声がして扉が開く。

 現れたのは黄色の竜。

 これが黄竜王ツァホーヴ。

 九体しか存在しない古代の竜の一体。

 わたしは純真無垢な素敵な笑顔を浮かべる。

 こんにちわー、おじいさん。

 わたし、旅の途中なんですけど、ちょっと休ませて欲しいんです。

「おお、良いとも。さ、中に入りなされ」

 警戒心のない笑顔で、わたしを招き入れる黄竜王ツァホーヴ。

「今、お茶お入れようと思っておったところじゃ。一杯どうじゃね」

 お茶をごちそうしてくださるんですかー。

 うれしー。

 いただきますー。

「おお、すぐに入れるから待っておれ。カノイ皇国から取り寄せた一級茶葉でな、せんべいと一緒にやると、これが実にたまらんのじゃ」

 そして、長生きだけが自慢の黄竜の老害は後ろを向いた。

 今よ!

 わたしは破滅の剣ベルゼブブを抜きながら走り、黄竜王ツァホーヴに振り下ろす。

 老害は油断しきっている。

 これなら必ず斬れる!

「おっと」

 なんですって!?

 後ろを向いたまま細剣レイピアで防いだ!

「なんじゃ、せんべいはきらいじゃったか。それならそう言ってくれればよいのにのう」

 ツァホーヴは顎髭を撫でながら振り向く。

 もう!

 油断してた演技だったの?!

「当たり前じゃろう。おぬし、殺気をまるで隠せておらんぞ。ダダ漏れじゃ」

 人を騙すなんて、この老害 性格悪いわね。

「それで、おまえさん、何者じゃ?」

 わたしはリリア・カーティス。

 女神の神託を受けた聖女よ。

「聖女? おまえさんが? ほっほっほっ」

 なにがおかしいのよ?

「おまえさんはとても聖女には見えんのう」

 魔物のおまえには分からないのよ。

 わたしの清らかで聖なる力が。

「清らかで聖なる力か。おまえさんは自分の力をそう思っておるのか」

 あたりまえでしょ。

 光の魔力は神々に祝福された一番尊い力なんだから。

「まあ、自分の事じゃ。好きに思い込んでおれば良い。して、その聖女がこんな辺鄙なところに何用じゃ?」

 古代の竜。黄竜王。

 そう呼ばれるほどの強い力、わたしが貰ってあげるわ。

 雷光破裂ライトニングバースト

 達人級の光の攻撃魔法。

 余波で小屋も吹き飛ぶ。

 いくら古代の竜でもこれを受けて平気じゃいられないでしょ。

 さあ、その力、わたしにちょうだい!

 私は破滅の剣ベルゼブブをツァホーヴに振り下ろした。

 でも、

「おっと」

 ツァホーヴは細剣レイピアで破滅の剣を受け止めた。

「魔法はなかなかの威力じゃが、剣技は大したことないのう」

 こいつ、魔法が効いてないの?

「いやいや、なかなか効いたぞ。手が痺れたのは久しぶりじゃて」

 手が痺れただけだっていうの!?

 バカにして!

「おぬし、実に純粋な眼しておるのう。ここまで純粋な目を見るのは久しぶりじゃ。そう、ここまで純粋なる者は」

 純粋なのは当然でしょ。

 わたしは聖女なんだから。

「そうじゃのう。昔にも、お主と同じ目をしておった者を見たことがある。その者が何をしたのかも。

 おぬしを放っておくと災いが起こる。いいや、すでに災いを起こしておるはず。おぬしは災いをもたらす存在じゃ。とても見過ごせん。

 おぬしがここに来たのもなにかの縁。隠居した身じゃが、ここは老骨に鞭打って、一働きするとするか」

 なにわけわからないこと言ってるのよ!

 雷光破裂!

「フン!」

 ツァホーヴの体から魔力が噴出して、魔法をはじいた。

「わしの炎を受けるがいい!」

 ツァホーヴの口から黄金色の炎が放たれた。

 でも、わたしは慌てない。

 わたしには破滅の剣ベルゼブブがある。

 剣を掲げて炎を吸収する。

 すごい。

 わたしに流れてくる力の量。

 炎の息吹ブレスだけでこんなに力が入ってくるなんて。

 これが古代の竜の力。

 直接 斬って力を吸収したらどれだけになるの?!

「どこかで見覚えがある剣じゃと思ったが、それは破滅の剣ベルゼブブではないか。おまえさん、どうやってそれを手に入れた?」

 そんなことどうでもいいでしょ。

 おまえはわたしに力を吸収されて死ぬんだから。

「餓鬼魂はどうしたのじゃ? その剣は餓鬼魂を鳥居に封印しておくかなめ。剣を抜いたからには餓鬼魂が封印から解き放たれたはず」

 知らないわよ、そんなこと。

「あの場所から剣を抜いたと言うのに、餓鬼魂を滅ぼさなかったというわけか」

 だからなによ?

 どうでもいいことでしょ。

 おまえは死ぬんだから。

「これはどうやら呑気に隠居しておる場合ではないかもしれんな。餓鬼魂神社へ一刻も早く行かねば」

 それは無理ね。

 何度も同じこと言わせないでよ。

 おまえは死ぬのよ。

 わたしに力を吸収されてね。

「そう言われてものう、わしとて殺されるのは嫌じゃ」

 言ってなさいよ!

 雷光放電ライトニングプラズマ

 ツァホーヴが効果範囲に入った。

 でも、雷光破裂より威力の低いこれが効くとは思ってない。これは目暗ましよ。

 わたしは横へ走りながら、ツァホーヴに斬りかかる。

「ホイ、ホイ、ホイ」

 全部、細剣で受け止められている。

 でも、わたしには勝算がある。

 この破滅の剣ベルゼブブの力は、斬った魔物や人間の力を吸収するだけじゃない。

 今まで色々やってきて、分かったことがあるのよ。

「ぬう?」

 ツァホーヴが気付き始めたみたい。

 でも手遅れよ。

「これは? いかん。まずい」

 ツァホーヴの持っている細剣にヒビが入った。

竜殺しドラゴンスレイヤーの力を吸収しておるのか!」

 そうよ。

 破滅の剣ベルゼブブは、魔法の武具の力も吸収できるのよ。

 黄竜王ツァホーヴが隠し武器、竜殺しを守ってるのはゲームで知ってる。

 わたしの目的は、ツァホーヴの力だけじゃない。

 竜殺しの力も手に入れることよ。

「ぬお!」

 竜殺しが折れた。

 竜殺しの力を全部吸収してやったわ。

 すごい。

 なんてすごいの。

 私の体の中が、竜殺しの力でいっぱいになってる。

 さあツァホーヴ、おまえに武器はなくなったわ。

 おとなしくベルゼブブに刺されてわたしに力をよこしなさい!

「これは、ちとまずいかもしれんな」

 かもしれないじゃないのよ。

 おまえは完全に負けなの!

石の矢ストーンボルト・四十八投」

 ツァホーヴが魔法を同時に使った。

 初めて見るから少しビックリしたけど、私は慌てない。

 破滅の剣ベルゼブブは魔法も吸収できる。

「ふーむ、これも効果なし、か」

 ふふふん。どう? 諦めたら?

「それがよさそうじゃ」

 あら、聞きわけが良くなったじゃない。

 安心して、おまえの力はわたしが役立ててあげるから。

 悪役令嬢と魔王を倒して世界を救って、わたしがみんなを幸せにするために。

「わたしがみんなを幸せにするため、か。それがおまえさんの行いの全てを肯定するわけじゃ」

 あたりまえでしょ。

 わたしはみんなを幸せにしようとしてるんだから。

「なるほどのう。そういうことか。となると、わしにできることは一つしかないのう」

 そうよ、わたしに力を吸収されることよ。

「いいや。三十六計逃げるに如かず」

 え?

大地震動アースクエイク

 きゃあ!

 地震!

 魔法で地震を起こした!

「では、さらばじゃ」

 あー! 空飛んで逃げた!

 ちょっと! 待ちなさいよ!

 わたしが待てって言ってるのよ!

 言うこと聞きなさいよ!

 待ちなさいってば!

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