110・わたし知らない!

 もう、どこにいったのよ?

 鳥居の前で餓鬼魂を倒さないといけなかったのに、これじゃゲームのシナリオが変わっちゃうじゃない。

 この方向に逃げたはずなんだけど。

「グルルル……」

「ガハァア……」

「ゴグゥウ……」

 え? なに? こいつら?

 これって、餓鬼?

 え? ちょっと?

 わたしを襲う気?

 やだ。

 こっちこないで。

 こっちにこないでよ!

「ウグ……」

「ガル……」

「グギ……」

 え?

 餓鬼の動きが止まった。

 私の言うことをきいたの?

 なんで?

 でも、こいつらわたしから眼を放さない。

 まだ私を狙ってるの?

 私を見てる?

 違う。剣を見てる。

 破滅の剣ベルゼブブを見てるんだ。

 もしかして、ベルゼブブを持ってる人間の命令に従うの?

 試してみよう。

 ちょっと、あなたたち両手を上げなさい。

 あ、ホントに手を上げた。

 片足立ちして。

 アハッ、ホントにやった。

 おもしろーい。

「おい! そこのおまえ!」

 なに!?

 神社の神官の人たち?

「やっと見つけたぞ。その剣は破滅の剣ベルゼブブ。おまえが剣を抜いたな! 餓鬼魂の封印を解いたんだな!」

 だからなによ?

「その剣を抜いたせいで街がどうなっていると思うんだ! 街じゅうの人間が餓鬼に変えられているんだぞ!」

 そんなの知らないわよ。

 わたしは失敗したことないのよ。

 ゲームじゃ一度だって餓鬼魂に逃げられたことないんだから。

 わたしのせいじゃないわ。

 いきなりあいつがやってきたせいよ。

「なにをわけのわからんこと言っている!」

 もう、怒鳴らないでよ。

 大丈夫、餓鬼魂なら私が倒してあげるから。

 すぐに見つけるわよ。

 聖女のわたしが簡単にバシッとやっつけちゃうんだから。

「おまえは一体なにを言っているんだ!? いいからその剣を返せ! その剣で餓鬼魂をもう一度封印するんだ!」

 だめよ!

 この剣が必要なの!

 でないと魔王も悪役令嬢も倒せなくなっちゃう!

「くそ! 埒が明かん! 力づくで取り戻すぞ!」

「「「おお!」」」

 なによ、ちょっと。

 乱暴する気!?

 みんな、こいつらをやっつけて!

「「「グオオオオオ!!!」」」

「「「ぎゃあああ!!!」」」

 え?

 食べてる?

 こいつら人間を食べてるの?

 え? なに? 餓鬼って、こんなに凶暴なの?

「こいつらをとめろぉお!!」

 わ、わたしのせいじゃない。

 わたし知らない!

「待て! その剣を返せ! こいつらをなんとかしろぉおおお!」



 餓鬼魂は誰に憑いているのか?

 これは考えるまでもなく分かる。

 マティという男の子だ。

 餓鬼魂の封印が解かれた時、そこにいたのは四人。

 ラッセという男性。

 名前を聞く前に餓鬼に成り縄で縛って置いた女性。

 破滅の剣ベルゼブブを抜いた旅装束の若い女。

 そしてマティ。

 ラッセという男性と、縄で縛ってある女性は、餓鬼に変えられた。

 だから餓鬼魂は憑いていない。

 剣を抜いた女性は破滅の剣ベルゼブブを持っている。

 ベルゼブブは餓鬼魂を倒すことのできる剣だ。

 自身を滅ぼす剣を持つ人間に向かうとは考え難い。

 残りはマティという男の子。

 餓鬼魂神社にはあの子の姿はどこにもなかった。

 だから餓鬼になっていないと思われる。

 食べられてもいない。

 一番可能性が高いだろう。

 そして、マティを探す方法は単純であると同時に、一つしかない。

 餓鬼が大勢いる方向へ行く。

 餓鬼魂は人間を手当たり次第、餓鬼に変えている。

 なら、餓鬼がいるところに、餓鬼魂がいるか、あるいは直前までいたということになる。

 餓鬼のいる方向を辿って行けば、いつかは見つけられるとは思う。

 だけど、時間が経てば経つほど餓鬼が増えていき、被害が増えて行く。

 一刻も早く見つけ出さないといけない。

 しかも、見つけた後の問題もある。

 餓鬼魂が憑いているであろうマティが、どういう状態なのか?

 餓鬼と同じように人間を食べているのか?

 餓鬼魂に精神も肉体も乗っ取られているのか?

 それとも、マティ自身にはなんの変化もないのか?

 そして、マティに憑いている餓鬼魂を、どうやって体から引き剥がすのか?

 それに、餓鬼魂に接近して、私たちが餓鬼に変えられてしまう可能性も考えなければならない。

 だけど、とにかく見つけるのが先決だ。



 私たちは街の人たちが逃げている方角とは逆に向かって走った。

 逃げる人を呼びとめて聞けば、商店街大通りで大勢の人が凶暴になり、人間を襲い食べていると言う。

 餓鬼魂がそこにいるか、あるいは直前までいた場所だ。

 そして到着した私は、あまりの惨状に目を背けたくなった。

「これは……」

 大通りでは何百もの餓鬼が、人間を襲っていた。

「兄貴! どうしちまったんだよ!? 人間なんか食っちゃだめだ!」

「キャー! お姉ちゃんが! お姉ちゃんがお母さんを食べてる!」

「おい! 私は父親だぞ! おまえの父親だ! やめろ! 父親の言うことが聞けないのがぁああ!」

「いやぁ……食べないでぇ……わたしを食べないでぇ……」

「うわぁーん! おかあさんがー! おかあさんがぼくの手を食べちゃったー!」



「いやぁあ! あなた! やめて! お願い! 私よ! 分からないの!」

 中年の婦人が、夫だった餓鬼に襲われている。

 男性の腹は風船のように膨れ上がっており、口や鼻腔からは血を流している。

 内臓が破裂しても食べ続けて、それでも飢餓感に苦しみ、妻まで食べようとしている。

 私は業炎の剣ピュリファイアを、餓鬼の心臓に突き刺した。

「ゴベエ!」

 餓鬼は奇怪な声を上げて即死する。

「大丈夫ですか!? はやくここから逃げてください!」

 私は夫人に避難を促すが、彼女は夫だった者の遺体を呆然と見つめ、やがて私に怒りの目を向けた。

「どうして!? どうして!? どうして夫を殺したの!?」

「それは……あなたを助けようと……」

「夫はまだ助かったわ! 助かるはずだった! 殺さなくてもよかったのよ! この人殺し!」

 夫人はそう言い捨てると、この場から走り去った。



 騎士隊と兵士隊が現れ、商店街大通りを鎮圧し始めた。

「凶暴化している者は斬り捨てて構わん! まだ無事な者の避難を最優先しろ!」

 指揮官の命令で、餓鬼を次々斬っていく騎士や兵士。

 だけど、それを止めようとする人が大勢いた。



「やめてくれ! まだ助かる! 女房はまだ助かるんだ! 殺さないでくれ!」

 餓鬼になった女性を斬ろうとしている兵士に、男性がしがみ付いて止めている。

「放せ! こいつはもう人間じゃない! 殺すしかないんだ!」

「ガア!」

「ぐぁあああ!」

 男性にしがみ付かれて動けなかった兵士が、餓鬼となった女性に首筋を噛みちぎられ、ぼたぼたと出血して倒れた。

「ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ」

 その兵士を食べ始める女性を、男性は引き離そうとする。

「やめろ! やめるんだ! 家に帰ったら美味い物作ってやるから! たくさん作ってやるから! な! だからそんなもの食べるんじゃない!」

「ギィアッ!」

 女性は男性に標的を変えて、歯を剥き出しにして襲いかかった。

「うわあ! よせえ! やめてくれ! 食べないでくれ! 俺まで食べないでくれえ!」



 ……なんなの。

 こんなの、まるで地獄じゃない。

「おい! そこでなにをしている!? はやくここから避難するんだ!」

 ……あ?

 そうだ、呆けてる場合じゃない。

 早く餓鬼魂を見つけないと。

「すみません! 餓鬼は! 凶暴になっている人間はどっちの方向に多いのですか!?」

「向こうの方だ! 反対の方角は鎮圧した! そっちへ向かえ!」

「ありがとうございます!」

 私たちは餓鬼が多いと言われた方向へ向かった。

「おい!? 違う! そっちじゃない! そっちは危険なんだ!」

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