67・薄々そうじゃないかなって思ってたけど

 毒は入ってなさそうだったので、思い切って一口食べてみると、後はもう止まらなかった。

 気がつけば完食。

 実に美味しい料理だった。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

 カスティエルさまにお礼をして、質問をしてみる。

「あの、カスティエルさま……」

「お兄さん。僕の事はお兄さんと呼んでくれると嬉しいな」

 お願いする天使の笑顔には有無を言わせぬ迫力が籠められていた。

「……お兄さんは、ラーズさまとはどういったご関係なのでしょうか?」

「関係と呼べるほどではないよ。ラーズ君がアスカルト帝国を出立する前に会いに行って、少し助言をしただけさ。自分の魔力に耐えられる剣の事でね」

「では、あなたが竜の谷に鏡水の剣シュピーゲルがある事を教えたのですか?」

「うん。竜人ドラゴニュートの剣士が竜の谷で剣を守っていることは、天使の間でも有名だったからね。

 そして助言したんだ。一年後に竜の谷に行けば、剣の導き手に出会い、求める剣まで案内してくれると」

 剣の導き手。

 それって 私の事なの?

「他の剣については説明しなかったのですか?」

「あの時の僕は、他の剣の事はまだ知らなかったんだ」

「では、今は知っていると」

「知ってはいる。でも、教える必要はないと思うよ。クレア君の知っている通りで大体正しいから」

 やっぱりこの人、前世だけじゃなくて、ゲームの事も知ってる。

「さて、クレア君はもう見当は付いているだろうけど、ここからならプラグスタ島にある業炎の剣ピュリファイアが一番近い。しかし、その島に上陸するには、避けては通れない敵が待ち構えている」

「クラーケンですね。海獣クラーケン」

 タコのような姿の、海の巨大魔獣。

 十二本の触手を持ち、しかもそれを斬り落としても時間が経つと再生する。

 これを防ぐには、火の属性の攻撃で傷口を焼くしかない。

 だけど、触手全てを切り落としても、本体が残っている。

 完全に倒すには、本体を仕留めなければならない。

 ゲームでは本体と触手は別個の敵として設定されていて、触手一本のランクはC。本体はS。

 これらとまともに戦っては魔王戦並みに苦戦する。

「クラーケンを相手にまともに戦っても勝ち目は薄い。しかし、比較的 簡単に倒す手段がある」

「メドゥーサの魔眼ですね」

「その通り。都へ通じる、今は使われていない街道の途中に宿場町跡がある。そこに住むメドゥーサを倒し、その首を斬り落として手に入れ、彼女の魔眼をクラーケンに使うんだ」

 メドゥーサは前世の神話でも登場する怪物で、ゲームはそれをモデルにしているのは明らかだった。

 髪の毛は蛇。手は青銅。背には黄金色の翼。

 最大の特徴は、視線の合った生物を石に変える魔眼。

 ゲームにおいてもその特徴は表わされており、正面に立って向き合うと石化してしまい、行動不能になってしまった。

 治すには完全フル回復薬ポーションが必要で、それ以外の治療法はない。

 アドラ王国で錬金術師に作って貰った完全回復薬は八つ。

 ハッキリ言って少ない。

 使用は慎重に考えなければならない。

 冒険者組合ではメドゥーサはランクAという、魔王四天王の一人 ヴィラハドラと同じ強さに分類にされている。

 メドゥーサ討伐に向かった者が石化の魔眼によってほとんど石となり、なんとか逃げ出せた生存者の証言によって、それだけの脅威と冒険者組合に規定された。

「ですが、鏡の盾、あるいは手鏡でも持っていけば、魔眼は回避できます」

 前世の神話では、鏡のように磨き上げられた盾に映るメドゥーサの姿を確認しながら、退治したと伝えられている。

 ゲームでも、鏡の盾を装備していれば、石化しなかった。

「そしてメドゥーサの魔眼は死んでもなお消えることなく、視線の合った者を石へと変えます。つまり、クラーケンをメドゥーサの魔眼で石に変えてやれば、簡単に倒すことができるわけです」

 ラーズさまが怪訝に聞いてきた。

「それは本当か?」

「え?」

 私は質問の意図が分からず聞き返す。

「鏡で見れば、石にはならないのか?」

「はい、そうです。メドゥーサの魔眼は直接視線が合わなければ石にならずに済みます。だから鏡を使ってメドゥーサの姿を見ればいいんです。でも、簡単そうに聞こえますが、結構難しいと思いますよ。敵に対してほとんど横を向いていなければなりませんし、鏡ですから見えるのは左右反対ですし」

「なぜ知っている?」

「え?」

「そんな方法を試した者の話など聞いたことがない。それに実際に試した者がいればメドゥーサはとっくに討伐されているはずだ。それなのに、なぜ君はそんな方法を知ってるんだ?

 それに、今まで死んだことのないメドゥーサが、死んでもなお魔眼が残るということも、どうして知っている?」

「それは……」

 返答に困っていると、カスティエルさまがラーズさまを諌める。

「ラーズ君。女性の秘密を根掘り葉掘り聞き出すのは感心しないね。それに、言ったはずだろう。剣への導き手が必要なら、その人を詮索しないことだと」

「……すまなかった」

 と、ラーズさまは謝罪して沈黙した。

 ラーズさまが今まで私の事を深く聞いてこなかったのは、この人の助言に従っていたからなの?

 それは別に良いんだけど、どうしてラーズさまは急に質問してきたのかな?



 スファルさまが場を取り成すように、

「まあ、とにかく鏡を用意すればいいんだな。じゃあ早速、店に買いに行こうぜ」

 カスティエルさまが、

「いや、その必要はないよ。僕が用意しておいた」

 カスティエルさまが手を軽く二回叩くと、店員が大きめの手鏡を五つ持ってきた。

「あと、これも持っていきなさい。メドゥーサの首を入れる袋が必要だろう」

 人間の首を一つ丸ごと入れるには丁度良い大きさの革袋をテーブルに置いた。

 なぜか表面に へのへのもへじ が画かれている。

「あの、カスティエルさま……」

「お兄さん。僕の事はお兄さんと呼んでくれると嬉しいな」

 お願いする天使の笑顔にはやはり有無を言わせぬ迫力が籠められていた。

「……お兄さん。この絵はなんでしょう?」

「うん。入れるときは、この絵が画いてある方を正面にすると良い。そうやって入れておけば、取り出す時に、うっかりメドゥーサの眼を見てしまうことはないと思って」

「ああ、そうですか」

 この人、天使とかそういうこと関係なく、変人だ。

「うむ、さすがは天使殿。良い考えである」

「本当、素晴らしいわ」

 うん。

 セルジオさんもキャシーさんも変人だよね。

 スファルさまが、

「この絵に題名はあるのか?」

「へのへのもへじだよ」

「へのへのもへじ……単純シンプルな絵だが、それゆえに奥深い……」

 うん。

 スファルさまも変人だったよね。

 そして私はラーズさまに目を向ける。

 ラーズさまは腕を組んで、なにか考え込んでいる。

 まさか、へのへのもへじ になにか感じる物があったの?!

 どうしよう!?

 薄々そうじゃないかなって思ってたけど、ラーズさまも変人だ!

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