54・お黙り!

 曲芸団サーカスの居住区の片隅にある、焼却炉。

 それはゴミを燃やすためにある。

 曲芸団はショーを魅せるだけじゃなく、ポップコーンやスティックキャンディーなど様々な食べ物を販売している。

 その容れ物や食べ残しは、マナーの悪い客が放置して捨てることが多い。

 それらは、清掃員が清掃することで曲芸団を綺麗に保ち、清掃で集めたゴミは焼却炉で燃やす。

 燃やすというのは、証拠隠滅には最も単純で手っ取り早く確実だ。

 お願い、間に合って。

 まだ残っていて。

 私は走った。

 焼却炉が見えた。

 しかし 今まさに、清掃員が焼却炉に火の点いたマッチを投げ入れようとしていた。

「ダメー!」

 私は叫ぶ。

「え?」

 清掃員は疑問の声をあげて、しかしマッチを投げてしまった。

 マッチは弧を描いて焼却炉の中へ入ろうと……

氷の矢アイスボルト!」

 私は咄嗟に魔法を使った。

 氷の矢は正確に火の点いたマッチを撃ち抜いた。

「ま、間に合った」

 清掃員が呆気にとられた顔をしていた。



 私は焼却炉のゴミを掻き出し始める。

「お、おい。なにやってんだ、あんた。入れ直さないといけないじゃないか」

 清掃員の人が抗議するが、私は、

「黙っててください!」

「はい!」

 よし、静かになった。

 焼却炉の中はゴミで一杯になっている。

 これならまだ燃やされてないはずだ。

 燃やしていたのなら、他のゴミも一緒に燃えているはず。

 簡易小屋に入れるようになったのは、私たちが入る少し前。

 モランが小屋に入る時間はその直前しかない。

 こんなにたくさんのゴミと別々に燃やす時間はなかったはずだ。

 他の場所で燃やすのも考え難い。

 曲芸団はさっきまで公演していて、曲芸団員の他にも客がまだ大勢いる。

 そんな中でなにかを燃やせば目立ってしまう。

 そんな危険を冒すはずがない。

「クレア君、なにを探しているんだ?」

 追いついたハードウィックさまが、私に聞く。

「服です! コックス団長が事件の時、着ていた正装。あれが簡易小屋から無くなっていたんです」

「あ! あれか!」

 ハードウィックさまはすぐに理解し、一緒にゴミを掻き出し始めた。

「クレア、なにか分かったのか?」

 ラーズさまたちが来た。

 その後ろにブレッドさま。

「おーい、ジョン。なにか分かったのかね? 僕の方はトリックの一部を見抜いたぞ。まあ、まだ一部で、謎は残っているが。しかし、これで間違いない。ふふふっ、僕の推理術と捜査手法を用いれば簡単な事さ。後一つ残っている謎を解けば、彼らの犯行を暴くことができるだろう。

 ……おい、さっきからなにをやってるんだ? ゴミ漁りなんかして」

 ブレッドさまがうるさい。

「ブレッドさま、少し静かにしてください」

「クレア君。僕の事はホームズと……」

「ブレッド! お黙り!」

「はい!」

 よし、静かになった。

 私はゴミを掻き出すのに専念する。

 そして見つけた。

 焼却炉の奥に丸めてある、コックス団長が事件の時に着用していた正装が。

「あった! ありました! 見つけましたよ! ハードウィックさま!」

「ああ、これに手掛かりがあるはずだ」

 さあ、調査だ。

 なぜ、この服を焼却しようとしたのか突き止めるのよ。



 私は清掃員に聞く。

「これを焼却炉に入れたのは誰か見ていませんでしたか?」

「いや、俺はさっき来たばかりで……」

 目撃されるようなへまはしなかったか。

 とにかく、服を調べよう。

 正装の上着の右脇腹部分についた血は、凝固している。

 これではどんなに洗濯しても落ちないだろう。

 ズボンの方も固まった血でかなり汚れている。

 汚れ方はやはり右側だけ。

 右脇腹から出血していたのだから、当然だろう。

 刺された場所は右脇腹だから、そこに刃物を刺したことによる穴が開いているはず。

「あれ?」

 上着には穴がない。

 穴があるのはシャツとズボンだけ。

 モランは、わざわざ上着をめくって刺したってこと?

 どうしてそんな事を?

 ズボンの上から刺したのは、たぶんコックス団長が、短い脚を少しでも長く見せようと、お腹の部分までズボンをあげていたせいだろうけど。

 穴は横に長くなっている。

 これ、刺す時に刃物を横にしてたってことよね。

 普通は縦に刺すものだけど、どうしてこんな刺し方をしたの?

 なにかある。

 考えるのよ、クレア。

 ここからモランの犯行に繋がる手掛かりがあるはず。

 ズボンの穴の位置は、ベルトをまく位置と一緒だ。

 なら、ベルトにも穴が開いているかも。

 ベルトはどこ?

 まだ焼却炉の中だ。

 私は再び焼却炉の中をあさった。

「いや、だから、なにやってんだ? あんた」

「そうだ。いいかげんに僕にも説明してくれないか」

 清掃員とブレッドさまがうるさい。

「お黙り!」

「「はい!!」」

 ベルトはすぐに見つかった。

 幅の大きい革製のベルトだ。

 右側に、横に穴が開いている。

 どうして?

 どうしてモランはわざわざベルトの上から刃物を刺したの?

 革製のベルトからなんて、硬くて刺し難いから、かなり力を入れないといけない。

 それなのに、どうして?

 刃物を横にして、ベルトの上から刺した理由はなに?

 コックス団長は服をどういう風に着てた?

 短い脚を少しでも長く見せるために、かなり上までズボンをあげて、ベルトをきつくまいていたから、出っ張ったお腹が締め付けられていて……

「「あ!」」

 私とハードウィックさまは同時に声をあげた。

「「止血帯!」」



「医者の僕が、こんな基本的なことに気付かないなんて」

 ハードウィックさまは、自分が気付いた事の遅さを嘆いている。

「とにかく、一歩前進です。これで、なぜ コックス団長が刺されたのに気付かなかったのか。そして なぜ 長時間、平気でいたのか分かりました」

「クレア、どういうことだ?」

 ラーズさまが聞く。

「止血帯だったんです。

 いいですか。コックス団長は短い脚を少しでも長く見せるために、ズボンをかなり上まであげていました。そのため、太った体であるコックス団長のお腹を、ベルトが締め付けていました。

 犯人はそのベルトの上から、刃物を刺したんです。ベルトを切断してしまわないよう、刃物を横にして。

 そして締め付けていたベルトは、止血帯の役割を果たし、刺し傷からの出血を抑えていたんです」

 出血部位に巻いて圧迫することで、出血を止める止血帯。

 それと同じ効果を狙ったのだ。

「だからコックス団長は刺されても長い時間、平気でいたんです」

 上着をめくって刺したのは、上着に穴が開いていると、それを他の誰かに見られると気付いてしまうかもしれないから。

「コックス団長が刺されても気付かなかったのは?」

「コックス団長が痛みを感じなかったのは、ベルトが締め付けていて、その部分が締め付けられている感覚で麻痺していたためです」

「では、出血が始まったのは?」

「コックス団長は昼食を取るため、客に自分が団長だと分からないよう、着替えようとしていました。その時 ベルトを外したんです。そして、出血が始まった」

 これが 時間差のトリック。

 そして、この犯行が可能なのは、ただ一人。

 モランだけだ。

 マーロウさまとマーガレットさま、ユスタスさまもディーパンさまも、コックス団長に触ってもいない。

 それにコックス団長の証言にある。

 モランは転びそうになり、コックス団長がそれを支えた。

 それが起きたのは、私たちの誰もが見ることができなかった、十時二十分、コックス団長とモランが簡易小屋に入った時だ。

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