25・みなまで言うな

 スファルさまに付いて行って、私たちは街外れの広場に来た。

 人の姿はない。

 こんなところに連れてきて、いったいなんの用だろう?

「細かいことは省いて説明するぞ。お嬢さんの刀が欲しい。だから俺と勝負しろ」

「省きすぎです」

「わかった、もう少し説明する。俺はその刀を求めてお嬢さんたちの後を追って来た。ノギー村で聞いたぜ。分身体ドッペルゲンガーを作るんだってな。そんな珍しい刀、ぜひとも手に入れたい」

 ノギー村での依頼を彼も受けたという。

 私たちが依頼を受けているのに、スファルさまが受けることができたと言うことは、ドゥナト組合支部でなんらかの手違いが起きたと言うことなのだろう。

 ともかく、スファルさまが到着した時には、すでにラーズさまたちが解決した後だったのだが、どのように解決したのか、その一部始終を村人から聞いた。

 そして興味を惹かれたのが、分身体を作る太刀。鏡水の剣シュピーゲル。

 この世界の戦士たちの伝統として、試合をし、勝った方は負けた方の武具を貰い受けることができるというものがある。

 でも……

「あの、この太刀はラーズさまから譲って貰っただけで……」

「わかってる。みなまで言うな」

 と、私の説明を遮って、

「お嬢さんは弱いから、代わりにラーズ・セルヴィス・アスカルトが戦うってんだろ。それで構わないぜ」

 ちょっと違うけど。

「ラーズさま、どうしましょう?」

「俺も構わない」

 応じるラーズさまは楽しそう。

「あの、殺し合いは止めてくださいね」

「分かっている。あくまで試合だ」



 聖堂テンプル騎士ナイトであるセルジオさまとキャシーさんの二人を立会人として、試合することが決まった。

「ヘヘッ。一度、おまえと手合わせしてみたかったんだ。どっちが最強の剣士か、決着をつけようぜ」

 スファルさまも楽しそうだけど、ラーズさまが素手で構えたところを見て、表情を落とした。

「なんだよ。剣士なのに剣を使わないって聞いてたけど、マジなのか」

「そうだ、俺は無手で行く」

 答えるラーズさま。

「うー……」

 下を向いて、唸るような変な声を上げたスファルさまは、やがて顔を上げると、私に刀を放り投げた。

「よし! 俺も無手で行く!」

「いや、別に君は武器を持っていても……」

「みなまで言うな。こういうことは公平フェアじゃないとな」

 こうして、スファルさまも素手で戦うことになった。



「では……始め!」

 セルジオさまの合図とともに、ラーズさまとスファルさまは、対峙して構える。

 二人の視線がぶつかり合う。

 一陣の風が吹く。

 スファルさまが閃光のように一直線に疾走した。

 速い!

 ラーズさまやキャシーさんよりも速い。

 加速ヘイスト速力増強アジリティの魔法でも使ったのではないかと思うほどの速さ。

 一気に間合いを詰め、スファルさまは拳の連撃を繰り出す。

 ラーズさまはそれを受け止め、捌き、回避し、その合間に攻撃。

 連打が止まり、その瞬間、二人は組合い、ラーズさまはスファルさまに柔道の背負い投げのような技をかけた。

 しかし、スファルさまは空中で身を捻り、足から着地。

 ラーズさまの胸を両掌で軽く押して間合いを取ると、上段回し蹴り。

 後方に下がって回避したラーズさま。

 スファルさまは回転の威力を殺さず、そのまま後回し蹴り。続けて、回転空中飛び蹴り。

 後回し蹴りは後ろに下がり続けることで回避したラーズさまだったけど、回転空中飛び蹴りは避けきれず、両手を交差して受け止める。

 衝撃で数メートル後方に飛ぶ。

 転倒することはなかったけど、腕にダメージがあるみたいだ。

 すごい。

 あのラーズさまが、人間であるスファルさまに押されている。

 アスカルト帝国武闘祭で六度も優勝しただけのことはあるんだ。

 ラーズさまは目つき微かに変えた。

 魔物と戦う時と同じ目つき。

 って、本気になっちゃだめですよ!

 私が言うより早く、ラーズさまは間合いを詰め、直前で右横に移動。

 そして右掌を、スファルさまの脇腹を狙って突き出した。

 スファルさまは前方へ閃光のように一直線に疾走し、それを回避。

 五歩は離れた位置まで移動し、身体を翻して再び一直線に疾走し、ラーズさまに間合いを詰めると、身体を回転させ、頭部を狙って裏拳。

 屈んで避けたラーズさまは、起き上がりざまにアッパーカット。

 それをスファルさまはバク転で避ける。

 距離が離れた二人は動きを止めた。

 お互いにお互いの隙を窺っている。



 なんだかスファルさまの動き、変な感じがする。

 ほとんど一直線にしか動いていないような。

 確かに、一直線の動きは魔法を使ったのではないかと思うほど速いのだけれど、それ以外の動きは普通より少し速い程度。

 もしかして、直線の動き以外は苦手なのかも。

 ラーズさまがそれに気付けば、ラーズさまが勝つ可能性が高まる。

 ラーズさまに言いたい。

 教えたい。

 でも、これは二人の試合。

 外野から口出しするわけにはいかない。

 気付いてください、ラーズさま。

 ラーズさまが先に動いた。

 スファルさまの周囲を高速で無作為ランダムに動き回り始め、間合いを詰めて攻撃したかと思えば、数発で距離を取る。

 その動きに対応しきれないのか、スファルさまの顔に焦りが見え始めた。

 ラーズさま、スファルさまが直線移動以外は苦手だってことに気付いたんだ。

 スファルさまが疾走してラーズさまから距離を取った。

 そして改めて相対すると、スファルさまは目を閉じた。

 どういうつもり?

 まさか、伝説的な達人のように目を閉じた状態でも、相手の動きを感じ取れるとでもいうの?

 ラーズさまも私と同じことを考えたのか、距離を保ちつつも、無作為に動いている。

 突然スファルさまが目を開いた。

 同時にラーズさまへ閃光のように一直線に疾走する。

 ラーズさまもその速度に対抗するかのように、真っ直ぐに疾走した

 一気に間合いを詰め、二人は腰に貯めた左掌を、両者同時に相手の顎に捉えた。

 パンッ! 風船の破裂音に似た音が鳴り響く。

 二人とも命中している。

 でも、倒れていない。

 そして動かない。

 どれだけ時間が経過しただろうか。

 呼吸にすれば一回だけだけど、私には長い時間に感じられた。

 スファルさまが不敵な笑みを浮かべた。

 まさか……ラーズさまが?!

 そして倒れたのは……スファル・ルティス・ドゥナト。

「やった! さすがです、ラーズさま!」

 私は思わず称賛の声を上げたが、しかしその時……

「う……」

 ラーズさまも倒れた。

 えー?!

 私は駆け寄り、ラーズさまの容態を見る。

 顎に衝撃を受けたことから、脳震盪を起こしたのだと思う。

 となると、下手に動かさず、声をかける程度にとどめておく方が良い。

「ラーズさま。聞こえますか? ラーズさま!」

 十数秒して、ラーズさまが目を開けた。

「……どうなった?」

 上体を起こすラーズさまは、まだ頭が明晰でないのか、目がぼんやりしている。

 私はセルジオさまが容態を見ているスファルさまに目を向けた。

 スファルさまも上体を起こして、しかし目はまだ虚ろだ。

「あー……なんだ? 俺、負けちまったのか?」

 セルジオさまが判定する。

「いや、両者 共に意識を失った。この勝負、引き分けである」

 最強の剣士と呼ばれる二人の無手試合は、ダブルノックアウトに終わった。



「くっそー。引き分けかぁー」

 悔しい思いをまるで隠すことなく表すスファルさまに、ラーズさまは握手を求める。

「流石だ。スファル・ルティス・ドゥナト。六回優勝しただけのことはあった」

「おう! おまえもたいしたもんだぜ。俺が引き分けたのは、大会に出場してから初めてだ」

 言いながら、握手に応じるスファルさま。

「うむ。両者、互いの健闘と筋肉を讃え合うか。素晴らしいことだ」

「ホント、良い筋肉の戦いだったわ」

 セルジオさまとキャシーさんは相変わらずだ。

 さて、私はスファルさまの戦いを見て、あることを思いついていた。

 これから先、魔物との戦いは旅を続けるうえで避けられない。

 そうなると、戦力は多い方が良い。

 しかも、ラーズさまと対等に戦える人物となれば、なおさら戦力に入れたい。

 というわけで、私はスファルさまに提案した。

「スファルさま。もしよろしければ、私たちの旅に同行していただけませんか。報酬は、この鏡水の剣シュピーゲルでいかがです」

「え? マジ? 旅に付いて行くだけで、その刀くれるの? 行く行く。もちろん付いて行くって。やっりー!」

 快く承諾してくださったスファルさま。

 快く思わなかったのはラーズさま。

「勝手に決めないでくれないか。俺は元々、一人で旅をしていたいんだ」

「旅を続けるには仲間が必要なんです。魔物との戦いは避けられないでしょうし、その時は仲間が多い方が有利ですから」

「しかしだな……」

「この案を飲まないでしたら、神金の剣エクスカリバーの入手に協力しません」

 これは、ちょっと脅迫めいていたか。

 ラーズさまは苦虫を噛み潰したような顔になり、しばらくして嘆息した。

「分かった。剣を手に入れるまでだぞ」

「はい、ラーズさま」

 こうして、私たちは新たな仲間を一人加えた。

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