2・ダメでした
どうしよう?
このまま三年半後の魔法学園卒業式には、修道院送り? 国外追放? 投獄? それとも最悪、処刑?
どちらにせよ今世でも短い人生を送ることになりそうだ。
まずい。
とてもまずい。
これはまずいぞ。
全身から嫌な汗が噴き出る。
落ち着くのよ、私。
落ち着いて対策を考えるの。
ベッドの上でうんうん唸りながら、私は思考をめぐらす。
問題はリリア・カーティスの存在だ。
彼女は男爵家の第三子。
下位貴族の末っ子の上、庶子だ。
貴族社会では表に出ることがまったくと言っていいほどない位置にいる。
だから、今の私もその存在を知らないし、聞いたこともない。
まず、彼女について調査しなくちゃ。
ゲームでは魔法学園入学の時期になって初めて、強い魔力に覚醒したことになっている。
しかも、その魔力の属性は非常に珍しい、光だった。
この世界では、光はもっとも尊く偉大な力とされ、その魔力の保有者は神々に祝福された者として称賛される。
そのため手続き期間を過ぎていたにもかかわらず、リリア・カーティスは特例で入学することができた。
逆に言えば、それまでは存在を軽く扱われていた。
そんな存在を、侯爵令嬢とはいえ未成年の私で調べを付けることができるだろうか。
それから、リオン王子。
婚約が決まったということは、近々会うことになるはずだ。
その時、どう対応すれば良いのか。
それに他の三人も調べ、対策を練っておく必要があるだろう。
特に弟だ。
攻略対象の中には悪役令嬢クリスティーナの弟も含まれる。
残りの攻略対象二人は、基本的に無関係を通し、極力関わる事を避けていれば、リリア・カーティスと接触することなく、破滅は回避できると思う。
でも弟にはこの手は使えない。
身近な存在で、同じ館に住んでいるのだ。
嫌でも関わることになる。
なにか方法を考えないと。
それに、リオン王子も無関係ではいられない。
私の婚約者になったからだ。
そして私の意思ではそれを覆すことはできない。
この国の貴族社会では、娘は親の言うことに絶対服従であることが求められる。
しかも、相手は王太子だ。
王太子と婚約し、無事結婚し、私が王子妃となれば、アーネスト侯爵家は安泰。
その婚約を拒否した日には勘当させられる。
今の私には一人で生きていく力が全くない。
リオン王子と面会するまでに、対応策を練っておかなければ。
さあ、頭をフル回転させるのよ、私。
前世みたいに短い人生にならないように。
そして、私が前世を思い出してから二週間後、リオン王子と面会する日がやってきた。
母が嬉しそうに、ドレスを着るのを手伝だってくれている。
「クリスティーナ、失礼のないようにするのよ」
「わかっております、お母さま」
「風邪をひいて倒れた時はどうなるかと思ったけど、間に合ってよかったわ。ああ、リオン王子と結婚となれば、あなたは将来の王妃。アーネスト侯爵家も安泰ね」
気の早い母だ。
まだ婚約段階で、しかも正式発表したわけじゃないのに。
それにリオンはまだ王太子だ。
最有力候補だけど、王じゃない。
それはともかく、私は改めて鏡で自分の姿を見る。
銀の髪は悪役令嬢らしくロールを巻いており、この頑固な髪質は何度ストーレートにしようと挑戦しても、頑として折れなかった。
色は神秘的で気に入っているんだけど、髪形はもっと色々変えてみたいのに。
ドレスは私の瞳と同じ色の紫を主体としたもの。
ゲームで見た悪役令嬢クリスティーナ・アーネストの基本と同じ。
顔にはかなりの厚化粧。
ケバケバしくて、どう見ても夜の商売に赴くとしか思えない。
「今日から毎日、学園に入っても、このように化粧をするのよ。化粧は女の美しさを引き立てるのだから」
いえ、ここまでやると リオン王子はドン引きすると思います。
あ、でも そっちの方がいいのか。
ドン引きされて、婚約は無しと言ってくれた方が、破滅は回避できる。
良く晴れ渡った午後のお茶の時間。
王宮の庭園に招かれた私は、婚約者となるリオン王子と初めて面会した。
「ふん。おまえがクリスティーナか。正式発表はまだだが、今日からおまえは俺の婚約者だ。ありがたく思え」
傲岸不遜の見本のような第一発言。
緑髪に緑の瞳。
典型的な風の魔力の保有者の特徴。
絵にかいたような美男子。
これがリオン・ウィルヘルム・オルドレン。
私の婚約者。
そして私がゲームで唯一クリアした、攻略対象。
若獅子と称されている覇気を持つが、同時に傲慢で民を見下している。
そんな王子を、ヒロインは男爵の庶子と言う低い立場ながらも諌め続け、三年間という年月を経て 改心させる。
そして、聖女の如く民を思いやるヒロインを、王子は愛するようになり、卒業式の日に
こうしてヒロインとリオン王子は
勿論ヒロインは私ではなく、リリア・カーティスなのだけれども。
私はリオン王子の言葉に内心、イラっときたけど、それを面に出さずに、淑女の礼を取る。
「お初にお目にかかります、リオン殿下。私がクリスティーナ・アーネストです。以後、お見知りおきを。このたびは婚約していただき、まことにありがとうございます」
「俺の意思ではない。父上の決めたことだ。でなければ、会ったこともない女と婚約などするものか」
不愉快な感情を隠そうともしていない彼の態度に、私も良い感情を持つことはなかった。
私は王子に問いかける。
「殿下はそれで納得しているのですか?」
「納得するもなにもない。俺はただ父上の決めたことに従うまでだ」
つまり、まったく納得していないということ。
私は事前に考えておいた科白を言うべき時だと感じた。
「では、こうしませんか。もし、殿下に本当に好きな人ができたら、婚約を解消するというのは」
リオン王子は驚きに眉を動かした。
「なに?」
「心に想う人がいるのに、他の人と結婚しなければならないのは不幸なことだと思います。たとえ、王の意思であっても。ですので、殿下が想う人が現れたのなら、その時は婚約を解消し、その方と結ばれるよう、私がささやかながら助力いたします。いかがでしょう?」
リオン王子は私を見つめ、なにやら思案している。
なにを考えているのか、表情からは窺い知れない。
だが、驚きだけは隠せていない。
母が言ったように、王族との婚約となれば、まして結婚となれば、アーネスト侯爵家は安泰。
そんな良い話しを、無下にしても構わないと言っているようなものなのだから。
私はさらに話を続ける。
「勿論、殿下だけではありません、私にとってもです。私が他の殿方に心を寄せた時は、力を御貸しくださいませ」
リオン王子はしばらくして答えた。
「いいだろう。その提案、乗ろうではないか」
これで良し。
これで少なくとも、リオン王子に円満な婚約解消の口実を与えたことになる。
リリア・カーティスが現れ、ゲームどおりにリオン王子と恋愛関係になったとしても、卒業式に公衆の面前で婚約破棄という事態は免れるはずだ。
結論から言いましょう。
ダメでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます