NEO blackboard jungle

冷門 風之助 

1時限目

『じゃ、今日はここまで』俺は青畳の上に正座をして礼を終えると、目の前に道着姿で並んでいる生徒たちに言った。


 生徒たちは互いに談笑しながら、更衣室の方に歩いてゆく。

 

 俺は苦笑いをした。


(ったく、幾ら授業だからって、稽古けいこなんだから、終わったら掃除くらいしろよ)


 仕方ない。

 

 俺は一人で掃除道具入れからほうきとちり取り、それにバケツと雑巾を出してくると掃除にかかった。


(無精者の俺だって、この位の礼儀は心得ているんだ)


 それにしても学校というのは居心地が悪い。

 

 世の中で何が嫌だって、学校程嫌な場所はない。


 しかもそこに『教師(正確には講師なんだが)』として入り込んでくれと言うんだから、なおの事気が重い。


 教師って言葉を聞くだけで気が重くなる。


 お巡り、学校の教師・・・・・俺がこの世で絶対になりたくない商売のベスト2だ。

(もっとも、お巡りは仕事柄、多少は付き合わざるを得ない部分はあるが)

 しかしそうはいっても、依頼はもう受けちまったんだからな。


 やるより仕方ないだろう。



 俺の事務所に入ってきた男性は、何度もハンカチで鼻をかみ、落ち着かないように身体を動かしていた。


『丸山さんにこちらを紹介して頂きまして・・・・』


 彼はそういうと、ポケットから名刺を二枚出して、テーブルの上に並べた。


 一枚には、


『東日新聞社会部記者、丸山次郎』とあり、もう一枚には、


『新日本薬品、経理部第一課課長 新町良平』とあった。


 俺は新聞なんか滅多に読まない人間だが、丸山記者は以前ちょっとした事件で何度か面識のある男だ。


 新聞記者にしてはモノの分かった、真面目過ぎず、砕け過ぎずというところで、何となく俺と気が合っている。


『料金その他については、先ほどお渡しした契約書通りですが・・・・まあ、とりあえずお話だけは伺いましょう』


『実は・・・・』彼はどもりながら、事の次第を話し始めた。


 彼には今年高校二年になる息子がいる。


 息子が通っているのは、都内にある、ごく平凡な私立高校である。


 大学への進学率その他も、高くはないが低くもないという程度だ。


 実は彼の息子がその学校で『いじめ』に遭っているのだという。


 彼も最初は息子の異変に気付かなかったのだが、そのうちふさぎ込むようになって、ありがちな『不登校』になり、今では完全に体調を崩して、神奈川県にある心療病院のサナトリウムに入っているという。


 学校に何度か実態の調査を頼みに掛け合ったものの、返ってくる答えは、


『いじめなど存在しない』


 それだけだった。


 これではらちがあかない。


 やむを得ず彼は旧知の丸山記者に相談し、俺のところにやって来たという訳だ。


『突き止めると言ったって、私はただの私立探偵ですからね。出来ることと、出来ないことがあります。』


『いえ、それを貴方にやって欲しいんです!』


 新町氏は身を乗り出して俺の方を見つめた。



 しかし幾ら依頼を受けたからって、探偵が学校に乗りこんでライセンスを突き付け、

『私は探偵だ。中に入れて生徒を調べさせて貰いたい』


 等と言ってみたところで、


『はいそうですか。じゃどうぞ』


 なんて、すんなり中に入れてなどくれないのは、仕事柄大体見当はつく。


 こういう時に知恵を絞ってこそ、探偵ってもんだ。

 

 幸い、俺は元自衛官である。


 最近では、文部科学省の方針とかで、学校では柔道や剣道が授業の正課に取り入れられている。


 在隊時代、俺はどちらもやっていたが、特に柔道は四段を取っている。


 他にも幾つかの格闘技の心得はあるんだ。


 依頼人の息子が通っていた学校のHPを調べたところによると、どうやら正式の教員ではないが、講師(スポーツ・インストラクターとも呼ぶらしい)という肩書で、柔道を専業に教える人間を募集していることが分かった。


 これを利用しない手はない。


 俺は早速学校に経歴書を提出した。


 結果は随分あっさりしていた。


 まあ、武道を本格的に教えられる人間なんて、大勢いるようで、いないんだろうな。


 1週間も経たぬうちに返事が来て、


(採用が決まったから、〇月×日までに学校に来い)という。


 それで校長が直接面接をし、とんとん拍子に採用が決まった。


 これで俺は高校で週4時間、柔道を教えることになったのである。


 









 





 




 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る