第11話 ウチと私といつかの漫才

 オレンジ色の斜光が砂場の土を色付ける。鐘が鳴り終えた公園で、私は1人泣いていた。学校に行くのが辛い。転校なんてしたくなかった。友達ができないのが嫌だ。勉強が退屈なのが嫌だ。周りと違う方言なのが嫌だ。


 そして何より、それを改善しようと一歩踏み出す勇気がない自分が嫌だ。全てが嫌になる。私はブランコを何となく漕いで、ゆらり揺れていた。


 急に、公園の出口の近くで大きな音がして、私は顔をあげる。見ると、両手をベタッと伸ばして女の子が倒れていた。心配になって私はブランコを降りて彼女に近づく。大丈夫ですかと声をかけようか迷っていると、砂利道に突っ伏したその女の子は勢いよく飛び跳ねた。


「痛い! あーもう服も汚れちゃった …………って誰?」


 彼女は鼻と膝を擦りむいていて、血が滴り落ちていた。飛び起きたかと思ったら、私の顔を見て首をかしげる。


「大丈夫……ですか? 痛……くないの?」

「うーん、痛いよ。でも大丈夫。慣れてるから。骨折もしょっちゅうしてるし、そっちの方が痛いかなー」


 不思議なほどに冷静な彼女のその態度に、私は混乱していた。きっと頭でも打ってこの子は頭がおかしくなっているんだ。すぐにでも病院に連れて行った方がいいと思って、近くの病院の場所を思い出そうとしていたところで、彼女は言葉を続けた。


「あっ思い出した。となりのクラスに転校してきた子だよね? 確か名前は渋谷紺ちゃん」

「そ、そう……だよ。よく知ってる……ね」

「だって私のクラスでもすごく話題になってるよ! 大阪から来たんでしょ!? すごいね」

「すごくない……よ。お父さんの仕事についてきただけだから……」

「えー、でも友達とかいなくなっちゃうし、転校するって勇気がいると思うな」

「それは…………」


 私は彼女の言葉を聞いて、目から再び涙が溢れ出した。先程まで悩んでいた通りのことを、初めて会った女の子に指摘されてしまった。私に友達がいないってことがとなりのクラスにまで知られてしまっているのだと思って目の前が真っ暗になる気持ちだ。


「紺ちゃん急に泣き出してどうしたの? 嫌なことでもあった?」

「…………その……友達ができないのが……辛いん……です」

「そうなの? でもまだ転校して一週間だし、仕方ないんじゃない? そうだ! 私と友達になろうよ。それで明日、休み時間私のクラスに来て一緒に遊ぼう?」

「えっ…………いいん……ですか?」

「いいよ。私も仲良かった友達が別のクラスに行っちゃって困ってたところだからお互い様だよ」

「えっと……名前は……」

「あ、自己紹介してなかったね。私は上野恋鐘。恋鐘って呼んで。あと友達だから普通に話してよ。方言無理して隠してるでしょ」

「えっ…………よく分かった……ね」

「わかるよ。無理矢理語尾で誤魔化そうとしててちょっと笑いそうになったし」


 彼女の名前を胸の中で繰り返し呼ぶ。東京に来て初めて出来た友達の名前だ。なんだか気持ちが高まって、再び涙が頬を伝う。


「紺ちゃん泣き虫だ。さっきから泣いてばっかり」

「これは……嬉しくて。さっきのは悲しくてやけど……恋鐘は強いな。鼻とか痛くないんか?」

「いや痛いって。でも慣れてるから泣かないの。こんなんで泣いてたら体から水が無くなってすぐ死んじゃう」

「それは大げさじゃ……」

「いやいやいや、本当だって。私の不幸さ加減を紺ちゃんは知らないからね。擦り傷なんて週6くらいでしてるよ?」

「それってほとんど毎日やんか。残りの1日はどうなっとるん?」

「残りの1日は骨折か打撲か捻挫。もう最悪だよね」

「最悪で済ましていいレベルなんかそれ……」

「たしかに最も、悪いじゃないかもね。ちょっと言いすぎたかも」

「恋鐘の不幸の基準が分からんわ」

「紺ちゃんいいツッコミだね。さすが大阪の人」

「恋鐘がボケすぎとるんや。天然もんやでほんま」


 私たちは顔を見合わせると、同時に笑い声を上げた。


 東京に来てから初めて笑ったかもしれない。

 

 少し天然な彼女の性格が、私はとても気に入った。恋鐘はどこか安心したような様子で微笑みかけた。


「紺ちゃん、やっと笑ったね。泣くより笑った方が絶対いいよ」

「そうやな。でも恋鐘はもうちょっと泣いた方がいいと思うで。絶対さっきの痛かったやろ」

「だから痛くて泣いてちゃ干からびちゃうって。泣くのは本当にどうしようもなくなった時だけだよ。紺ちゃんもそうでしょ? 友達ができなくてどうしようもなかったんだし」

「……それもそうやな。うちも恋鐘を見習うわ」

「くれぐれも私になろうとなんてしちゃダメだよ。一般人じゃ週6の擦り傷に耐えられない」

「見習うのはそこじゃないわ!」


 気付けば私の心はすでに満たされていた。友達ができたというだけで私の悩みは全て取り払われ、暖かな感情が湧いてくる。彼女の言う通り、私の悩みというのはどうしようもないものではなかったのだろう。


 漫才のような掛け合いは、まるで魔法のように私の心に力を与えてくれたのだった。

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ウチと私といつかの漫才 長雪ぺちか @pechka_nove

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