第6話 遠い過去の記憶

 新大阪駅に着いた後、私たちは一度電車を降りて、難波行きに乗り換えた。紺ちゃんの実家がある土地だ。難波に向けて電車に乗る事およそ30分。ついに目的の駅に着いた。電車を降り、駅の改札に向かう。段々と外の空気を感じながら私の胸は期待に膨らんだ。


「ここは……」


 駅を出た瞬間に感じたのは、どこからともなく美味しそうな匂いがするということだった。ソースとマヨネーズと焼ける匂い。大阪にやって来たという実感を嗅覚から私に語りかけていた。東京に比べビルの数は控えめだが、それでも結構な数の建物が立ち並び、東の東京、西の大阪と言われるだけの都市なんだと実感する。人の数も多い。紺ちゃんは大阪の雰囲気に絶賛飲まれ中の私の手を引き、歩き出した。


「恋鐘、手を放さんといてや。迷子になったらもう帰れんかもしれへん」

「あはは……そうだね。知らない土地で……しかもこんなに人も多いもんね」

「まあ、最悪迷子になったら交番待機で頼むで。下手に動かれるよりそうしてくれた方が探しやすいわ」

「うん。でも大丈夫? 紺ちゃんが迷子になっちゃったりして……」

「ウチが? それはないで! ウチがどれだけここで生活してきたか分かってへんやろ!」

「どれだけって……紺ちゃんも幼稚園の時まででしょ? 小学校からは東京で私と一緒に学校行ってたじゃん。自分の記憶を過信するのもちょっと危ないと思うよ?」

「そう……やった。そうやったな! 恋鐘どうしよう。ウチ迷子になるかもしれへん!」

「今頃気付いたの!? 紺ちゃんが迷子になったら、それこそ終わりだからしっかりしてよ~」


 紺ちゃんはたまに抜けてることがある。小学校から高校までおよそ10年。10年あれば、町並みも、何もかもが一変しても不思議ではない。特に、戦後間もなくの日本の成長は目を見張るものがあったと学校の先生は言っていた。紺ちゃんは頭を掻きながら決まりが悪そうに話を続ける。


「ウチも迷子にならんように気を付けるわ。ありがとな、恋鐘」

「いえいえ。ちゃんと私を目的地まで連れて行ってね、ガイドの紺ちゃんさん」


 私が紺ちゃんの手を握ると、少し頬を緩ませ、上機嫌で目的地……新喜劇の劇場に向かった。

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