第26話 笑顔がへたくそ
ノアの父を敵に回すことはできれば……というかできることなら絶対ごめんなところだけれど。
これ以上いい方法が頭をどれだけひねっても思いつかない!!!!
私はこの街で生まれ育ってきた。
変わってほしくない景色、死んでほしくない人がここにはたくさんいる。
戦争のことがもし本当なら、これ以上の最善の手はない。
前門の虎後門の狼という諺がピッタリな状況に、ぐうううっと思わずうなってしまうけれど。
もう他に手段がない。
「わ、わかりました……け、結婚のお話を……っぐぐううう。進めましょうぅぅ」
背に腹は代えられない。
全く持って不本意、不本意だわ。
「結婚を決断するとき覚悟を決めると聞いたことがあるが。覚悟を決めるときはこういう声がでるんだね」
こちらの心情をおそらくわかっているうえで面白くてたまらないのだろう。
ノアはいい笑顔で笑った。
こうして私とノアは考え方は違えど、結婚に向けて話を進めることとなった。
ノアとの結婚の話を本当に進めることを報告すると、父は自分の手柄のようにどや顔をしたのがうっとおしい。
母は父ほど頭がお花畑ではなかったよう……
時間を置いたこともあるんだろうけれど、すっかり冷静さを取り戻した母は
「娘は親から見るととてもいい子ではあるけれど。本当に親御さんは納得しているの?」
とぎこちない笑顔で質問をしていた。
「早く結婚しろとさんざんせかしていたので、ようやく相手が決まったことでむしろホッとしていると思いますよ。それに私が本当に必要ではないですか?」
にこやかな顔で話すノアをしり目に、本当に大丈夫なの? と何度も目くばせをする母だったけれど。
ノアの最後の一言で、娘を心配する母の顔から公爵夫人の顔となる。
「あなたたちまさかそんなことで?」
母は整えた髪が乱れることも気にせずに前髪をかき上げあきれたようにそういった。
私が気が付くより前から戦争になるのではとあちこち走り回っていた母だけあって。
ノアのたった一言で意味をすんなり理解したようだ。
そしてギロリと鋭い母の視線が私に向いた。
能天気な父と違って母はやり手だ、 鋭い視線に思わず私は耐えきれなくなって悪いことなどしていないのに、思わず目をそらしてしまう。
はぁあっと大きな母のため息が一つあった。
「この件は私が必ず何とかします。子供は子供らしくしてなさい。あなたには私のように苦労してほしくないのよ……」
そして絞り出すように母はそういった。
悪い人ではないけど、できる人でもない父に代わって奔走する母の心からの言葉だったのだと思う。
そんな母の言葉に、これが最善だと思った私の気持ちが揺れる。
かといって、他に私に結婚相手ができるかと言えばそうではなく、さらにこの状況をひっくり返す何かがあるかと問われるとそれもない。
黙る私から視線をそらし、母の目はノアをとらえる。
「マクミランの爵位は確かに公爵だけれど。これは厄介な辺境の地を任せるためだけの名ばかり爵位」
「その辺に」
父が珍しく母の様子をたしなめるけれど、母はそれを無視して言葉を続けた。
「肥沃な大地もなければ平らな場所すら少なく、あたりは山だらけ。かといえば、その山に貴重な資源が眠っている鉱脈があるわけでもない」
トントンと母は椅子の手おきをリズミカルに人差し指でたたきながら怒らぬように、自分の気持ちを押し殺したように話しだす。
「私にとってはかけがえのない娘だけれど、その娘が絶世の美貌も魔法の才も娘にはないこともさすがにわかっているのよ……」
母は人差し指でリズムを刻むのをやめて、悲しそうに目を伏せため息をついてこういった。
「――知ったのね? この子の計り知れない価値を」
マクミランは肥沃とは対極な地、かといって産業が発展しているわけでもない対価としてヴィスコッティ家に差し出せるものなんて何一つない。
娘と恋に落ちたとかのたまっているけれど、いくら親ばかでも娘は絶世の美貌も魔法の才もないことはわかっているし。
この男が恋に落ちる要素がないことはわかっている。
そんな娘でも彼にとって選ばれてもおかしくない理由が一つだけある。
――加護だ。
そう母は思ったのだろう。
言葉の本当と嘘を見抜く私の加護にノアは気が付いたから、こんな辺境の地で名ばかりの爵位のある優れた美貌も魔法の才もない私に利用価値があると判断したのだろうと。
母はわかっていなかった。
この男のぶっ飛び具合を。
「価値ですか?」
ノアはちょっと不思議そうな顔をして、私のことをじっくりと眺めた。
ノアの言葉にまとわりつくようにホントもウソも浮かび上がらない。
「しらじらしい」
憎々しそうに母が顔を不快そうにゆがめた、のを確認したノアが愛想笑いの表情を一切崩さず隣に座る私にちらりと目を配った。
これどういうこと? と言わんばかりに見つめられても……私にはどうすることはできないんだけどという気持ちを込めてノアを見つめ返すが、私の気持ちはどこまで伝わったのやら。
私たちの様子をみていた母は椅子から立ち上がると、目の前に座る私の元にやってきて母が問う。
「ティア、あなたには普通の幸せを送ってほしいの。ごく普通のね……あなたにはそれができる目がある。だから安心してしまっていたの」
結婚相手を見つけると張り切った父とは対照的に母は父のように積極的に何かをするわけではなかった。
それはてっきり、父がこなせていない分の公爵としての社交の仕事を母が代わりにしているからだと思っていたけれど。
母は私の加護をわかっていて、だからこそ害のあるウソを見抜けると母は見守っていたのかもしれない。
「肥沃な土地もない、資源もない、隣国に隣接するから危険だけが多いこの地で名ばかりの爵位。寄ってくるのはよくない思惑のある物ばかりだってことが、でもね。その中にたった一人でいいのあなたのことを思ってくれる人がいればいいし、あなたにはそれがわかると思っていたのに……」
「お母さま……」
加護を使う必要なんてない。なのに最後の確信が欲しくて使った母の言葉にまとわりつくホントの文字に目が潤む。
「利用されないで、お願いよ」
「お言葉を挟むようで申し訳ないのですが、利用とは何にですか? 私はすでにもう大抵のものをすでに持っています」
感動のシーンをぶっ壊すように、そして選ばれた強者しか決して言えない言葉をノアが心底不思議そうに口にした。
「何にってあなた……」
そういって母は言葉を詰まらせた。
社交界の花だった母親譲りの甘いマスクに、異国の地から嫁いできた祖母譲りの珍しい黒い瞳と黒い髪。
大魔導士だった祖父ゆずりだという広大な魔力をもつ人物は、パーティー会場でおとなしくしていることはほぼなく。
社交界の花々をちぎっては捨て、ちぎっては捨てだの、頼むから能力の無駄遣いをしないでくれと一目もはばからずに父親に懇願されるほどのちゃらんぽらんな人物。
辺境の地マクミラン領には、占い師との勝負に負けたことが気に入らなかったという糞としか言いようのない理由で訪問。
そして、私のノラリクラーリ作戦により2か月間もの間無駄に滞在して、中身のない話を延々としてきた。
もう一度いうけれど2カ月もの時間をあっさりとこんなところで無駄にしてきたのだ。
これは娘の価値に本当に気が付いてない? ということにようやく気が付いた母は目を泳がせて
「えっと、何かに?」
母ととぼけつつも私の目をじっと見つめた。
私の目なら、ノアが私を利用するつもりかどうか見抜けるからだ。
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