第15話 イカサマ

 思わず私は立ち上がってしまった。

 だって、ノアのカードは間違いなく私の数字より低いものだったはずだ。

 私はこの加護のおかげで、何回も回避できたことや傷ついたことがある。

 だからこそ、数字が私のものより低くなかったということはイカサマで間違いないのだもの。

「へぇ……なぜそう思ったのですか?」

 ノアは先ほどテーブルに並べた『A』のカードを手にとると、ひらひらとこちらに振りながら私に問いかける。

「お嬢様」

 立ち上がった私をたしなめるようにセバスが私の名前を呼んでハッとした。


 イカサマで間違いない、だけど私にはノアがどうやってイカサマを行ったのかがわからない。

 イカサマというのは、手口が発覚して初めて問いつめられるものなのだ。

 だから、セバスも私の加護のことを言えないことがわかっているからこそ、私をたしなめたのだ。

 カードは私達ではなく、あちらが用意したものだ。同じ柄のカードが別にあってもおかしくなかった。

 イカサマを警戒するならば、あちらが出してきたカードを確かめるのではなく、私は家にあるカードでゲームをしようと提案すべきだったのだ。


 ゲームに勝利したノアは、優位に立ったことで席を立ちあがった私に優雅にほほ笑みかける。



 私には加護があった。

 小さい時から、見たくもないホントとウソを嫌ほど私の瞳に見せつけてきた。

 加護を制御できるようになって、初めて、みたくない時は見ないようにできるようになったというのに。

 加護のせいで、私は過信してしまったのだ。



 心理戦はカードゲームの開始より前から始まっていたのだ。

 暑い屋外であること、熱中症で倒れる人は毎年いてとても危ないことを私は知っていたし、その私の良心をノアに利用されたのだ。

 具合が悪いと訴えるノアのために私はゲームを早く切り上げることを考えた。その結果、ゲームはたった1試合だけで決着をつけることになった。

 ノアのほうが、表情を作るのが上手かったことを私は知っていたのに……

 今私の目の前にいるのは、熱中症で具合の悪そうな人物ではない、勝ち誇り優雅に笑みを浮かべている人物なのだ。

 具合が悪そうな姿からフェイクだった……



 どうするとアレコレ考えて、言葉を発さない私にセバスがもう一度名前を呼ぶ。

「お嬢様……」

「大丈夫……大丈夫よセバス」

「では、マクミラン姫君。再戦の場を必ずご用意くださいますよう」

「……かしこまりまして。失礼いたします」

 悔しさで唇をかみしめそうになるのを我慢してそう答えるしかなかった。

 圧倒的に有利だった私がノアに心理戦で負けた。

 悔しい……

 椅子に座ることなく、私はそのままテーブルを後にした。

 失礼だと咎められても仕方ないようなことではあるが、そんなことに気を使えないほど加護を使ったにも関わらず負けたは私は悔しくてたまらなかった。

 そんな私の後を、何度も「申し訳ありません」と謝罪の言葉を言いながらセバスがついてきた。





◆◇◆◇



 マクミラン姫君がいなくなったテーブルでヴィンセントが呟いた。

「あっさりと、退席されましたね」

「あぁ……」

「イカサマされたんですか?」

「……ばれなければイカサマではない」

「あれは、どう考えてもばれていましたよ。確実に自分の持っているカードより坊ちゃんのカードのほうが低いと確信を持たれた顔でした。でもイカサマだとわかっても、手口を断定できなかった……というところでしょうね」

「だろうな……」

 ノアがつまらない顔になる。



「そのような顔をするくらいなら、イカサマなどせず正々堂々とプレイすればよろしかったのでは? ノア様でしたら、たとえ引いたカードが本当に低い数字だとしても、相手に高い数字をひいたと思わせることが十分できたと思いますよ」

「ヴィンセント……お前はいつも一言多いぞ。とにかく何か飲み物を準備してもらってきてくれ」

「かしこまりまして」

 ノアの命令にヴィンセントは頭を下げテーブルと後にした。



 テーブルに残ったのは、使われなかったカードの山と。

 少し曲がった『Q』のカード、ノアが手に持っていた『A』のカードはテーブルに投げ出されると、たちまち暑さでAの文字が消えて、『8』へと変わる。

 このカードは温度で柄が浮かび上がるものだった。


 マクミラン姫君が自信満々に答えたからこそ、ノアは迷うことなく、カードをこっそり氷の魔法で冷やして数字を変えたのだ。

 その後も、暖かいテーブルにおいてしまえば、気温が高いのですぐにカードの仕掛けがばれてしまうから、ノアはカードを置かなかった。

 カードの山を改めればすぐに解ったことなのに、マクミラン姫君はカードの山に触れ確認もせずにタネはわからずとも、私が何らかの手段で数字を変えたと断言してきたのだ。

 そして、イカサマの確信はあるのに、タネがわからなかったからルールにのっとり彼女は引いたのだ。



 自身がなければ、試合数を減らすなんてこと引き受けなかっただろう。

 答えもゲームが始まってすぐ即決だった。

 猫を被って近づいている間ものの見事にすべて、かわされることが同時に思い出してきた。

 でも、もう私は帰らないといけない。



「あぁ、つまらない」

 一人になったテーブルでノアは呟いた。



 それから3日後のことだった。

 ノアのもとに、マクミラン姫君の執事セバスがやってきて、明日の満月の夜と時間を指定されたのだ。

 再戦をあれだけ熱望していた。

 そのためだけに無駄に時間をここでどれほどつかっただろうかと思う。

 さぁ、すべてを知り終わりにしよう……

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