第10話 婚約(仮)
ノアは張りついたかのような笑顔のまま、饒舌な私の父を見つめていた。
私は、失礼の積み重ねで頭を抱えた。
その時だ、先ほどまで笑いをこらえていたような従者がノアの肩を軽くたたいたのだ。
私の加護は言葉さえ発してくれればどれほど小さくても、文字としておこす。でもそれがでないってことは、何らかの合図なんだろう。
私とセバスにもあるもの。先日セバスがニャーとないただけで逃げろっていったのがわかったのがそれにあたる。
だから、おそらく主従で何か事前に取り決めていた合図なのだと思う。
現に、軽く肩を従者がたたいただけで、ノアは一瞬神妙な顔になった。でも、それはすぐに笑顔に隠される。
いったい何の合図なのだろう。
「お父様、先ほどからずっと、お父様が話しております。あまりにもこれでは失礼かと」
私はようやく見かねて口をはさむ。
「おぉ、それはそうだったね。失礼失礼。家は一人っ子だから、君のような息子ができると思うと楽しくてね」
またしても父がノアの肩をバシバシ叩く、勘弁してよ。
どう謝罪しようと頭を抱える私とセバスを尻目に父は上機嫌だ。
ルンルンで、私の隣の椅子に腰をおろした。
でも、父の上機嫌もここまでだ。
ノアがなぜ本当はここに来たのかが今明らかになり、娘の婚約者になりたくてきたは間違いだとすぐにわかるのだから。
ノアは椅子から立ち上がると、ゆっくりと私と父の前にやってきた。
そして、丁寧に膝をおり挨拶したのだ。
同じ公爵家とはいえども、どう考えても家のほうが格下だから、本来ならノアが膝を折って私達に挨拶をするなどとは考えられないことだ。
(なぜ!?)
思わず後ろに控えているセバスに目配せするけれど、セバスは私もわかりませんというかのように首を軽く横に振った。
「公爵自ら歓迎していただき光栄の至りです。先ほどお嬢様にはご挨拶させていただいたのですが。シャルマ・ヴィスコッティが次男 ノア・ヴィスコッティと申します。さらに深い自己紹介をと思いましたが、私のことを、私よりも公爵様のほうがずっとご存じで驚いてしまいました」
ノアがこんなことをいうのは、先ほど父が言っていた半分以上悪口のようなゴシップのせいだよ。
ノアは社交界の有名人だ。私との接点はちょろっと挨拶を何度かしたこともある程度で、ほとんどは遠目に私がイケメンは人に囲まれて大変そうと一方的にたまに見ていただけで、ノアが私のほうを自分の意思で見てきたことなど……あの占いの館でのやり取りくらいでしかない。
パーティーでは、ダンスの誘いを果敢に挑みに行くわねと周りの女性たちに感心してしまうほどの、つまらなそうで話しかけてくんなって空気をいつも出していた。
そのノアがまさかの私の父に愛想よく話している。
ノアの従者もそう思ったようで、ひきつった笑顔を浮かべている。
私はこの顔を知ってる、家の父が余計なこと言うんじゃないか心配してる私と同じ顔だ……
うちの領で、まさか金になる物が採掘されたんじゃとかあれこれと考え込んでしまう。
そんなアレコレ考える私の前にノアがやってきて、肩膝をつく。
何? なんで私の前にわざわざやってきて彼は肩膝をついて、座っている私よりも目線を低くしているの?
そして、ノアがニッコリと私に笑顔を浮かべてこういったのだ。
「パーティーで何度か挨拶をしたくらいしか接点はありませんでしたが、今後のことを前向きに考えていただけたらと思っております」
「はぃぃ? ごめんなさい。今なんと?」
ノアの口からするすると出てきた言葉に私は思わず素で声が出た。
すぐに立て直して、加護を使って真意を確認すべくもう一度言ってくれとノアに懇願した。
それでも、あまりの想定外のことに、意味がわからなくて私の顔は最大限にひきつっていたと思う。
だって、父の話を聞いたうえでのこれって、どう考えても、私との婚約のことを前向きに考えてくださいとノアが私に懇願していることになってしまうからだ。
ノアの容姿は、社交界の大輪の薔薇と呼ばれた母親譲りで、恐ろしいほど整っているし、社交界でノアがらみのゴシップはいくつあったか数えきれない。
なぜそんな人物が何のメリットもない私に求婚してきてんだって気持ちが完全に勝ってしまって、羨む人が大勢いるような人物からの求婚だというのに私の心は感動とは違う意味で震えた。
ノアが私の手を取った。
「しばらく滞在いたしますので、その間に私とのことを前向きに考えていただけたらと思っております」
一度も、みたことがない美しい柔らかな笑みが私に向けられた。
普通の女の子なら、ぽーっとしてしまっただろうが、今の私はそれどころじゃないのだ。
加護をつかったことによって、先ほどのノアの言葉が宙に浮かぶ。
『しばらく滞在いたしますので』ホント、ホント、ホント
『私とのことを前向きに考えていただけたらと思っています』ウソ、ウソ、ウソ
はい、前半の我が領に滞在は本当だったけれど、後半の一番大事なところウソ!
ほらね、やっぱりね、いつもそうよ。
加護のせいで相手が私に惚れてないことがわかってしまう、政略結婚でもいいのよ。
でも、好きだと言ったのがウソだと知ってて相手を調べて行くと、かなり領が苦しくて、だからこそこんな僻地の令嬢である私とどうしても結婚したかったってことがわかると、身の安全を考えるとどうしても婚約できなかった。
領の跡取りはあくまでも私、結婚相手は婿様扱い。
だから私は少なくとも、結婚後を自分を殺害しないような人物を相手に選ぼうと思うのだけれど、ノアの目的は一体何なの?
普通、私を利用してやろうって奴は家の領よりも苦しい経済状況だ。
でも、ノアの実家は事情が全然違う。さっぱりわからないわ。
おそらく私が加護を使うだろうことを察したセバスが、私を心配そうに見つめてきてるし。
ノアは別の目的があってマクミランに来たけれど、私に求婚をするつもりはちっともなかったんだと思う。
加護を使ってノアの気持ちはわかっているというのもあるけれど、婚約を主が申し込むことは従者にとって想定外だったのだと思う。
だって、ノアの後ろに控えていた従者が真っ青な顔になっているんだもの。
ノアは魔力が高く護衛の必要性があまりない、ということは従者がつけられているのには別の重大な理由がある。
ノアは奇人と呼ばれるほどの変人、従者はおそらく常識人でノアが目に余る奇行を行う時のストッパーだと考えるほうが正しいだろう。
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