時を超えた友情

@sakuranohana

第1話 時空を超えた友情

「莉愛(りあ)!テレビばかり見ていないで、早くお風呂に入りなさい!」

台所から発せられた母親の声は、少し怒りを帯びている。


「えー!このTWICAの新曲聞いておかないと、明日学校で浮いちゃうから、今テレビ消すのは無理!」

莉愛は口を尖らせて台所に向かって怒鳴り返した。


「テレビ番組一つ見落とした位で、仲間外れにするような人はいません。

さっさとお風呂入りなさい!」

再度母の怒声が聞こえた。


「全く、お母さんたら、全然分かってないんだから…」

莉愛は、ぶつぶつ文句を呟きながら、仕方なく、テレビを消した。


―――翌朝。


私は、教室に入ると、真っ先に窓辺の席にいる三人組に声をかけた。


「おはよう、みんな!

樹莉愛(じゅりあ)、今日も毛先のカール決まってて可愛いね!」


「ありがとうー莉愛」

分かっている、と言わんばかりに、樹莉愛が自信たっぷりに笑顔を振り撒いた。


私は今、クラスで一番「イケてる」グループに所属している。

メンバーは、樹莉愛、夏音(かのん)、乃愛(のあ)、私の4人だ。


グループのリーダーは樹莉愛。

学年で一番目立つ、派手な美少女だ。

大人っぽいメイクと、長い足に映えるくるぶしソックスが抜群に似合う。

いつも新曲のダンスをいち早くマスターしており、流行りは誰よりも早く押さえている。

少し近寄りがたい雰囲気があるものの、皆が憧れるカリスマリーダーだ。


「今ね、皆で昨日のSステーションの話をしていたの。

莉愛も、TWICA見たでしょ?

新曲もダンスもカッコ良かったよね」

夏音が、甲高い声ではしゃぎながら言った


夏音、乃愛も、樹莉愛にはやや劣るものの、抜群に可愛く、常に流行りをきっちりと押さえたファッションで決めている。


「ごめん…。

私、Ms. GREEN までは見たんだけれど、ちょうどTWICAは見逃しちゃって…」

私が申し訳なさそうにそう言うと、

その場の空気が一気に白けた。


「TWICA見逃すとか、莉愛どんくさ過ぎ!

莉愛は本当に樹莉愛の出来損ないだよねーウケる!」

夏音の言葉に、他の三人がどっと笑った。

釣られて私も、だらりと愛想笑いをした。


――樹莉愛から、「樹」をとったら、莉愛になるから、莉愛は出来損ない、か――


昔から、何か私が失敗をする度に、他の三人が私に向かって良く言うセリフだ。


他の三人と比べ、私は、容姿が劣るし、ファッションセンスもそれほど良くはない。


だからか、グループ内では三枚目キャラで、皆からイジられることが多い。

時折アタリが強い時があるため、愛されキャラというより、バカにされているのでは、と悲しくなることがある。


しかし、彼女らと同じグループに所属していることに意義があり、ステイタスなのだ。

彼女らの機嫌を損ねるような言動は取れない。


「そうだ、莉愛、数学の宿題写させて!今日私授業中に当てられそうなんだ!」

樹莉愛が、可愛く拝むポーズをとりながら私に言った。


「いいよ」

私に樹莉愛の依頼を断る権利は無い。


私のグループ内での存在意義は、宿題の回答を皆に提供する等、勉強面で皆の役に立つことだ。


「さすが莉愛。学年トップの秀才は違うね」

いつの間にか、樹莉愛だけではなく、夏音や乃愛まで、私の宿題を写している。


その日も、三人の会話に相づちを打つだけで、私の長い1日が終わった。


――――

「…愛、莉愛!」


誰かが私を呼んでいる。

ふと、顔を上げると、目の前には見知らぬ白髪の女性が立っている。

上品で優しそうだ。

歳は還暦ぐらいだろうか。


「こんにちは、莉愛!」

その女性は、左胸を押さえながら、私に向かってにっこりと笑い、話しかけてきた。


――誰だっけ?このお婆ちゃん…


「…こんにちは…」

取り敢えず挨拶を返した私は、きっと怪訝な表情をしていたに違いない。


「莉愛。スクールカーストなんて気にするの、もう、止めておきなさいよ」

その女性は、私に向かって突然意味不明なことを言い出した。


「え?何言ってるんですか?」

――突然何を言い出すの、このお婆ちゃん。――

唐突に不躾なことを言われ、私は不機嫌になった。


「もっと莉愛を大切にしてくれる子はたくさんいるから!お願いだから、自分をもっと大切にしてね」

私にお構い無く、その女性は自分の話をし続けている。


「私には、自慢の友達がいますから。

今、別に困っていません」

思わず、強い口調で返してしまった。


――そうだ、樹莉愛や乃愛、夏音と同じグループにいる、というだけで、私を羨ましく思う子は腐る程いるんだから――


「私には、自慢の友達がいますから」

自分にいい聞かせるように、私は、二度同じ言葉を繰り返した。


「そう…。でも、その子達といて、本当に楽しい?

出来損ない、なんて言われても?」


「!」

――何でこの人、そんな事知ってるの!?――


思わず言葉に詰まる。


「取り敢えず、今まで以上に、勉強頑張ってみて。

莉愛は努力家だから、きっと出来る!

そうしたら、新しい世界で、莉愛のこと大切にしてくれるお友達が必ずできるから!」

その女性は、私に向かって再度笑いかけた。


「…」


「私も、莉愛が大好きなの!

天国へ旅立つ前に、莉愛にこうして会えて良かった」


「…!?」


「本当は、私を知っている莉愛の、夢枕に立ちたかったわ…。

何でタイムスリップしちゃったかな…。

取り敢えず、今のあなたには訳がわからないだろうけど、私の気持ちを伝えさせて。



莉愛、今までありがとう。

莉愛は、いつも私に優しくしてくれたね。

あなたと出会えて、本当に感謝している。

莉愛と、長い間、小説の話を沢山してきて、とても楽しかった。


高校生の莉愛は、私のことなんて知らないだろうけれど、莉愛はこれからとても素敵な女性に成長するの。

それじゃあ、もう時間だから、行くね。

さようなら」


言い終わると同時に、その女性は、目映い光の中に包まれた。


「え…ちょっと待って!」

私は訳が分からないまま、声を振り絞った。

その瞬間、強い光の輪が空間一杯に広がり、私は思わず目を閉じた。



――

ジリジリジリジリ…


耳元で、けたたましい音をたてながら目覚ましが鳴っている。


目を覚ますと、そこはいつもの私の部屋。

窓から、太陽の光が差しこんでいた。


――夢か。


あのお婆ちゃんは、一体誰だったのだろう。


天国に行く前に、と言っていたけれど、死ぬ直前に、わざわざ私に、お別れの挨拶に来たってこと…?

不思議な夢――



少なくとも、樹莉愛達は、死の直前に私に挨拶に行こうとは思わないだろう。

私も人の事を言えないけれど…


そんな私に、将来、そこまで私を思ってくれるような友達が出来るの…?

…本当に?――



ただの夢かもしれない。

でも、取り敢えず、あのお婆ちゃんが言っていたように、自分に出来ることを精一杯頑張ってみようかな。――


そう、心に決めた私は、机に向かった。



――二年後。


今、私は満席の賑やかな居酒屋にいる。

今日は、今月入ったばかりのサークルの新入生歓迎会だ。


莉愛は、今月、憧れだった大学に入学したばかりだ。

二年前の模試ではE判定ばかりで、自分が入れるなんて、思いもしなかった大学だ。


テレビとファッション雑誌漬けだった日々にさよならし、この二年間ひたすら勉強に打ち込んできた。

それまで「仲良し」だった筈の、樹莉愛達は、潮が引くように、莉愛から離れていった。


勿論、心の中で随分と葛藤があったが、あの夢を見てから、莉愛は、憧れだった大学に絶対入ると決めたのだった。


「隣、いいかな?」

品の良い、可愛らしい女の子が莉愛に声をかけてきた。


「勿論!

…あれ、その小説、もしかして、村島夏樹の新作の『IQQI』じゃない?

私もそれ、今読んでいるところ!」


私は、その女の子が小脇に抱えていた本に気付くと、歓声を上げた。


その女の子も、私の言葉を聞いて、顔をパアッと輝かせた!


「私、この作家さんの大ファンなの!

仲間ができて嬉しい!」

一瞬、その子の笑顔を、どこかで見たような気がした。


――私、この子とどこかで会ったことがあるような…。

でも、何処で?

全然思い出せない。

もしかしたら、受験会場で、すれ違ったのかな?――


取り敢えず、私達は、出逢いに祝して杯を交わした。

「乾杯!」


そして、私達は、コンパ中、ずっとお互いの話をした。


彼女の名前は優子で、私と同じく小説が大好きで、とくに村島夏樹の大ファンであること、そして、彼女には生まれつき心臓に持病があり、定期的に通院していることなど。


そして、私が、高校時代の話を自虐ネタとして話した時のことだった。


「私の名前に一字足した『樹莉愛』という名前の子がいてさ。

私、その子から『出来損ない』ってよく言われていたんだ-あはは」


私の話を聞いた彼女は、一緒に笑うどころか、とても悲しそうな顔をして、こう言った。

「友達に向かって、『出来損ない』なんて言う人、友達なんかじゃないよ!

私は、莉愛ちゃんに絶対そんな事言わないし、言えないよ」


彼女は私の為に、怒っていた。

そんな事を言われたのは生まれて初めてだったので、私は驚いた。


――いや、前にも同じことを誰かに言われたような気がする。誰だっけ――


「私は、莉愛ちゃんにそんな辛い思いをさせないよ!

これから、お互いの好きな小説について、沢山話をしようよ。

きっと楽しいよ!」


優子は、私の手を両手で包み込むように握ると、にっこりと笑った。



――もしかして…。

私をこの大学合格まで導いてくれた、あのお婆ちゃんが優子だとしたら。

いや、そんなまさか――


あのときの夢に出てきた女の人が、優子であったかどうかは、私は確信が持てなかった。


だがしかし、心優しい優子との友情を、生涯に渡り大切にしようと、私は杯に誓ったのであった。



――これから末永く宜しくね、優子――










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