アストロ・バック・ジェノサイド
エリー.ファー
アストロ・バック・ジェノサイド
連続殺人鬼としての人生がどのようなものであれ、俺は自分の生き方を振り返るための時間を持ってはいなかった。
淡々とした殺人の中でまともなふりをして暮らすということがどれだけの意味を持ち、そしてどれだけの形になっているのかを考えることもない。
だからだろう。
百十八人殺したところで、静かなほど、何の音も聞こえないくらい。
俺は優しく恋に落ちた。
本当に。
本当に。
綿の中に着地したかのような心地だった。
その女性と付き合ってそう、四年ほどだったか。
俺は自分の部屋の本棚に、大きな箱を置いていた。それは本を手前においてあるせいで、見ることはできないし、また出すのにも一工夫いるものだった。
中身は連続殺人鬼として使っていたころの毒薬が入っている。
俺は優男で、他の筋肉隆々の連続殺人鬼たちと違って肉弾戦の延長で殺すようなことはとてもではないが、できなかった。、できるかぎり、自分のそのような、マイナスポイントを隠すような殺し方を強いられていたと言ってもいい。
つまり。
毒殺は苦肉の策だった。
そして。
それを彼女は発見し。
それを飲み干した。
一瞬だった。
俺は声も出なかった。
同じような瓶にジュースや酒、そういうものを入れていた自分の癖を後悔した。
明らかに俺が、彼女を殺したのだ。
連続殺人鬼としての時間は、今になって俺以外の人の命を易々と奪っていった。
彼女を抱きかかえながら、とある場所へと向かう。
バーへと通じる階段の途中にある、古いポスターそこをめくると、鍵が置いてある。
一本だけ。
その鍵一本が、俺を静かに次の場所へと導く。
バーの横の関係者以外立ち入り禁止、と書かれた扉。
鍵が差し込まれ、扉は静かに動く。
いい気分だった。
本当に、心から澄んでいることが分かった。
中は薬品の香りが充満する、野戦病棟といったところだろうか。
つまりは。
闇医者のいる病院。
闇病院。
俺の顔を見て、引きつった表情を浮かべる闇医者はメスをこちらに向けると首を横に振った。おそらく、また俺が連続殺人鬼を始めるのだと踏んだのだろう。
俺はため息をつき、鼻で笑うと、診察台の上に彼女を乗せ、もう一つの診察台の上にあおむけに寝る。
「臓器の交換をしてくれ。」
闇医者は言葉を失う。
「俺の臓器をそこの女にやってくれ。酒もたばこもしているが、健康的だと思う。やってくれないか。」
「構わないが。」
「金ならある。」
「何のためだ。惚れた女だからか。」
「いや。」
「じゃあ、なんだ。」
「そこの女の兄貴を殺したのが俺だからだ。」
「妹くらいは。」
「すくってやっても罰はあたらないだろう。」
俺は静かになっていく鼓動が、自分の命が、早急に浄化されていくように感じる。
自分は、連続殺人鬼でもなければ、連続殺人鬼以外でもない。ただの死体になる。
誰かを愛して死んだ、ただの死体になれるのだ。
あたしは目が覚めた。
いつの間にか体が軽くなっている。
薄暗く、そして薬品の匂いが強い。
病院ではない、闇病院。
なんとなく知っていた言葉を紡ぎ出して、頭の中に思い浮かべる。
「そこにいるだろう。」
闇医者らしき男が隣の診察台を指さした。
彼の姿がそこにはあった。
何となく、生きていないことが分かると涙があふれる。
「お前さんに臓器をあげたんだよ。」
あたしは応えずに、そのままうつむいた。
「あんたの復讐は完了したなぁ。それは医者やっとればなんとなく分かる。惚れさせた上に、わざと毒を飲む。けれども、男は自分のことを愛しているから絶対に自分の命を犠牲にしても助けに来てくれる。よくもまぁ、そこまで命を賭けて計算して勝負できるもんだわ。」
あたしは顔を上げて闇医者を見つめる。
闇医者は笑っていた。
「確かに、毒は飲んどったけれどもな。致死量ぎりぎりしか体に入れてないのは、虫が良すぎるな。安心しなぁ、誰にも言わないよ。この男も連続殺人鬼としてやりすぎたわ。ここらで終わるのが正解だってなぁ。」
あたしは、目を少し瞑り、今ままでを思い出す。
この男と恋仲になり、少しずつ親交を深めていく中で、この連続殺人鬼の過去に何があったのかを少しずつ知るきっかけを得てしまった。
簡単に言えば情が移ったのだ。
心から、愛してしまったのだ。
だから。
兄貴を殺されたくせに、本当にその男を愛してしまったその妹とかいう女を殺し。
整形で同じ顔に。
これで、男もその裏切ろうとしたクソ女も殺せた。
後で闇医者も殺せばいい。
この顔にはなってしまったけれど、あのビッグネームである元連続殺人鬼を殺したわけだし、あたしの殺し屋としての経歴には最高の肩書がついた。
薔薇色間違いなし。
腕を伸ばし、足を延ばし、あくびをしながら、寝っ転がって目を大きく開けて見せる。
最高の目覚めだ。
アストロ・バック・ジェノサイド エリー.ファー @eri-far-
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