記念日は誕生日

足袋旅

愛情と友情

 気にしない素振りをしながらも、内心期待を込めてスマホの画面を見ている。

 画面の時刻表示が0:00となった。

 日付は12月25日。

 特にそれ以外の変化は画面に表示されていない。

 まあ仕方がないことではある。


「ハッピーバースデー、私」


 自らが発した言葉だと言うのに、気分が物凄く沈んだ。

 乾いた笑いが短く零れる。


 さぞや世の中のカップル共は、今頃大いに盛り上がりを見せていることだろう。

 仲の良い友人たちも、全員ではないが今日を迎えるより前から頑張ってパートナー探しをして、見事お相手を見つけた子もいる。


「やっぱりクリスマスには彼氏が欲しいよね。ハナは特にそうじゃない?」

「だね。誰でもいいから欲しいかな。まあいなければの話だけど。今は彼氏がいるから余裕です」

「惚気んな、このー」


 友人とのふざけた会話。

 そんなことを言っていた過去の私を、私は殴りに行きたい。

 誰でもいいわけないではないか。


「お前が付き合った男は、最低な二股野郎だよ」


 言葉にすると思い出されて、はらわたが煮えくり返る。

 二か月前に行われた合コンで知り合った、六つ年下の男性。

 まだ大学を卒業したばかりで、スーツ姿がまだ着られれている感があって可愛らしいというのが第一印象。

 意外なことに積極的に話しかけら、気を良くしていたら帰り際に連絡先を交換。

 翌日にはデートのお誘いがあって、あれよあれよと年下くんにリードされて恋人関係になった。

 仕事で疲れた私に、自分も慣れない仕事で疲れているだろうに優しい言葉をかけてくれて、「ああ、これが幸せってやつか」とかまんまと騙されていた。


 彼の家に泊まりに行った日。

 シャワーを浴びに行った彼を待つ間、ベッドの上に置かれたままだった彼のスマホを何気なく手に取った。

 悪いと思いつつ、暗証番号を試しに打ち込んでいくと案外簡単にロックが解除された。

 念のために浮気調査でもしてやろうとしていると、見ようとしていた無料メールアプリがメールの着信を告げた。

『今日泊まりに行っていい?』

 女性の名前でそんな文字が送られてきた。


 あらあらあら、とその相手との遣り取りを見ていくと浮気は確実だった。

 額に青筋を浮かべながらいろいろと調べていると、彼が部屋に戻ってきた。


「何見てんの」

「浮気相手との会話内容」

「ふーん、別れる?」


 浮気がバレてこの態度。

 こいつ慣れてやがる。


「どっちが本命?」


 その答え如何いかんによっては、ちょっと考えようと自分の歳を考えて聞いてみた。

 年下男子で好みの顔なんだから仕方ない。


「別に」

「別にってなに」

「どっちかといえば、英恵はなえの方が浮気かな」


 平然と私が二番目だとのたまいやがった。

 鞄を引っ掴み、彼の体の側面に思いっきり叩き付けて「ふざけんな」と文句を言って部屋を出た。

 彼とはそれっきりである。


「謝罪の一言でも、おめでとうの一言でも連絡してこいや!!」


 枕を顔に押し当て、ストレス発散のために叫ぶ。

 

「爆発すればいいのに」


 ぼそりと悪態を呟き、キッチンに向かって冷蔵庫から缶酎ハイを取りだしリビングに向かう。

 誕生日に一人酒。

 泣けてくる。


 録り溜めていたテレビ番組でも見ようかとしていると、スマホが着信音を鳴らした。

 親友の美津子こと『みっこ』からの連絡だった。

 電話に出る。


「誕生日おめでとう、ハナ」

「ありがとう。流石親友。一番最初に祝ってくれたのがみっこだよ。」

「そっかー。あのさ、今彼氏いない仲間で集まっててね。ハナの家の近くにいるから今から家に行っていいかな」

「何、祝ってくれるの」

「おう。あとね、プレゼントというか見せたいものもあるんだ。駄目かな」

「ううん。嬉しい。どれくらいで着きそう」

「五分くらいかな」

「近っ!それで断ってたらどうしたのよ」

「そこは考えてなかった。じゃあそういうわけで、すぐに行くから待っててね」


 電話を切り、少し部屋を片付けていると本当にすぐインターホンが鳴った。

 玄関扉を開けると友人四人の姿があった。


「ハッピーバースデー!!」

「ありがと。でも近所迷惑だからすぐ上がって」


 玄関先でのお祝いに、ありがたくも近所に聞かれていたら恥ずかしいとすぐに家に上がってもらった。


 こたつが置いてあるのだけれど、そこに狭いながらも五人で座る。

 友人たちはお土産だと言って、こたつの上にお酒やおつまみを並べていく。

 最後に真ん中に大きな箱が置かれた。


「これ誕生日ケーキね。ホールで買ってきたからみんなでカロリーを気にせず食べよよ。ところでロウソクは年齢分立てる?」

「止めて。穴だらけになるから」

「だよねー」


 それからお酒を飲みながらケーキとおつまみを食べ、楽しくおしゃべりをして小一時間。

 みっこが私の横に移動して来て、スマホを取り出した。


「プレゼントの話なんだけどね、ちょっとこの写真見てみ」


 そう言って見せられた写真は、私の元彼と彼女であろう女の子を囲む、今目の前にいる友人たち三人の姿。

 みっこが写っていないのは、この写真を撮ったのがみっこだからだろう。


「どうしたのこれ。っていうか何してるの」

「天誅を下してやった。会社帰りを待ち伏せして、彼女と合流したところに押しかけてやったの。一緒にいる子には『こいつは最低な浮気野郎だから、別れた方がいいよ』って忠告して、この男にはビールを掛けてやったわ。それがこっちの写真ね」


 見せられたもう一枚の写真では、確かに髪を濡らした状態で怒っている元彼の姿が写っていた。


「こんなことしたら、危ないよ」


 もし彼が怒って、友人たちの誰かが怪我をしていたらと思うと怖かった。


「ハナは優しいね。でもほら、皆無事。それにこいつも怒っては見せたけど、私たちが『なんか文句ある』って凄んだらビビってたし、大丈夫大丈夫」

「無事なのは良かったけど。あんまり無茶しないで」

「親友を泣かせたんだ。これぐらいしてやらないとね。私たちのプレゼント嬉しくない?」


 ショートカットの髪型で男勝りな性格のみっこが、笑顔でいじわるな質問をしてくる。

 みっこが男性だったら惚れてるだろうなと考えながら、私は顔が熱くなってきたのを隠すように俯き、「ありがと。嬉しい」と返した。


「おっと私に惚れるなよ」


 なんてことを言うみっこの言に、皆が茶化して、私たちは楽しくその夜を過ごした。


 朝。

 気づけばみんな寝ていて、私の顔の前にはみっこの顔があった。

 狭いこたつだから上半身は外に出ている。

 エアコンはつけていたけど、そこまで高い温度設定にはしていないから少し肌寒かった。

 だけど手は暖かい。

 みっこと手を繋いで寝ていたようで、その手のぬくもりから全身まで温かくなるようだった。

 彼氏がいなくたって幸せな、最高の友人たちと迎える最高の誕生日の目覚めだった。

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記念日は誕生日 足袋旅 @nisannko

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