勝負の幕開け

禾遙

第1話

「アリス・ファリア!お前の悪行の数々、もう我慢するとこは出来ん。よって、私、ジークハルト・ウィステリアの名においてお前との婚約を破棄する!」


「ジ、ジーク様!?」


ジークハルトはこの国、ウィステリア王国の第1位王位継承者の王子である。本日は学園の卒業パーティー。そんな中始まった王子による婚約破棄宣言。あたりは一瞬にして静まり返り、皆の目が当事者達に集まる。


王子の腕には庇護欲を誘うような可愛らしい少女が縋り付いていた。翠の澄んだ大きな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうになるが、震えながらもそれをぐっと堪える様は思わず手を差し伸べたくなってしまう。そしてその2人を囲むのは将来王子の側近となる予定の男たち。


それに相対するのは1人の少女。つり上がった目と真っ赤なルージュがひかれた唇は蠱惑的で、婚約破棄を告げられたにも関わらず、なお凛とした雰囲気を纏って1人で立っていた。








始まった。


私の意識がふっと目を覚ます。いや、まだ完全には覚め切っていない。だって私はまだ自分の力で自分を動かす事が出来ないもの。


私はジーク様から婚約破棄を告げられ、それまでの悪事を突きつけられ、異議を申した当てる暇なく連行される。


これが通常の流れ。何故これからの事を知っているかと言うと、信じられないかもしれないが何度も自分の生を繰り返しているのだ。初めて繰り返しに気づいた時は信じられなかった。余りにも呆然として何も発する事が出来ないうちに全て予定通りに終わり私は連行された。そしてまた繰り返しは行われる。といってもいきなり繰り返しの生に放り出されると言うわけでなく若干のタイムラグが存在する。繰り返しているのは何もこの婚約破棄の茶番だけではなく私の人生が最初から繰り返される。繰り返している私の意識が戻るのが婚約破棄の宣言をされた時、これは何回繰り返しても変わることはない。意識が戻ると今世でのそれまでが一変に頭の中で繰り返される。これは本当に一瞬で、直ぐに終わる。しかしそこから今の私との意識の統合に時間がかかるのか、私が私として動けるのは連行される3分前、これも毎回変わらない。


3分間でどうしろと言うのか?


3分とは本当に短い。数回くらいは何もせずに終わった。喋らなくても決められた通りに話は進むので特に問題も無かった。それから現状を理解して喚いて話も聞かず抗ってみた。しかしやはり連行される未来は変わることは無かった。むしろ連行が早まり牢屋に入るまで意識が続いてしまった。それからは暴れる事はやめた。早くに退場しても良いことなんてないし、どう抗っても変える事が出来ないのであればあんな屈辱的な場所へともう一度入るのは我慢ならなかったのだ。


それからは抗うこともやめた。いつもぼうっと周囲を眺めている。しかしある時気付いた。全く同じ歴史を辿っていると思い込んでいたが、そうでは無かったのだ。それに気付いたのは本当に偶然。公爵という王族の次に位の高い私は、この学園で最も地位が高かった。貴族女性を纏め監督するという立場にいたのだ。女性には様々な派閥があり、さらにそれは社交界の派閥も関係する。そんな女性達の婚約者を私は全員把握していた。これくらいやっておかなくては王妃なんてやってられないのだと言われて必死で覚えたのだ。その内の1人をエスコートいている男性が違ったのだ。今世での私の記憶をしっかり思い起こすと確かに現在隣にいる男性と婚約を結んでいるらしい。


これは、どう言うことだろう?

もしかして、この茶番も変える事が出来るのだろうか?



私は、このループから、解放されるのだろうか?



希望が芽生えてからは、もう今までのように無気力に諦めてはいられなかった。可能性があるならそれに縋りたかった。もう、終わりにしたかった。


婚約破棄はいい。もう諦めたし、こう何度も突きつけられてこれから一緒にやっていくなんて出来ない。ジーク様の隣にいる、という信念がバキリと修復不可能なほど折れてしまったのだ。

それからは必至に周囲を観察し、試行錯誤を何度も繰り返した。もう一度牢屋を覚悟の上で声を荒げてもみたし、ジーク様に心にも無い愛を精一杯告げてもみた。逆にジーク様の事を罵倒してみた時もあったけど、今まで結末は変わらないまま。


もう何回繰り返したかわからなくなるほど繰り返した。


そろそろ私の意識が統合される時間だ。今度こそ終わりにしよう。


「お言葉ですが、それがどうしたっていうのです?」


意識がカチリとはまる感覚。2重になっていた意識がはっきりと1つになった瞬間私は口を開いた。宰相の息子が未だに私の悪事とやらをダラダラと喋り続けていたので遮って声を上げる。そんなの悠長に聞いている時間なんて私にはないのだ。


「何だと?」


人の話を遮ってまで声を上げた私にジーク様は驚いている。そうだろう、今まで私は淑女の見本として男性を立て、相応しくない所作というものを嫌っていたからだ。それを蔑ろにしても私は声を上げた。だってもう王妃になるつもりなんてないもの。


「何度も言わせないで下さいませ。それがどうかしたのかと申しましたの。私のした事は、まぁ、言葉にしてしまうと酷く聞こえてしまいますが、貴族女性の中での嫌がらせなんてそんなものでございましょう?殿方には刺激が強すぎたかしら?でもそう言うなら全ての女生徒を守らなくてはなりませんわ。勿論私もその内に含まれましてよ?私の嫌がらせなんて可愛いと思いますわよ?私で良かったですわね、カリン様?」


「な、何を……」


「まぁ、それは置いときましょうか。その前に私もジーク様との婚約破棄を了承致しますわ。婚約者が居るのにも関わらず浮気をして他の女との情事にふけるなんて……いつ何処で子供を増やしてくるかわからない男を夫になんてしたくありませんもの」


「な、なんだと!?」


愛人や妾を持つ貴族は少なくありません。しかしそれはきちんと貴族の責任を果たしているからこそ暗黙の了解として認められているもの。婚前にそういった不誠実な対応を取ることは忌避されている。隠し通せるのなら良いが、そうでないならやるべきではない。現にカリン様の首筋にクッキリとキスマークが付いている。いつもなら制服の下に隠れる場所だが、今はパーティー真っ最中。襟ぐりのあいたドレスでは隠すことは出来ない。例え一線を超えていなくてもキスマークというのはあるだけで関係を持ったとみなされてしまう。貴族の世界は厄介なのだ。


「まさかジーク様、お気づきではないの?カリン様の首筋」


「は?……!?」


周囲の目もカリン様の首筋に注目する。実際大きなイヤリングで隠しているのだろう、見えづらい場所でもあるが指摘されれば気づくことは容易だ。


これがあったから私は今回勝負に出た。実際始まりの時は2人の間に関係があったなんて知らなかったのだ。しかし、観察している時1度だけこの印を見つけた。その時は連行される直前であの2人が近づいてきたからわかった事。その時から私は次のチャンスが来るまでじっと待っていたのだ。


「言い逃れできませんわね?どちらが悪かなんて、明白ですわ?」


「くっ……」


形勢逆転。


あぁ、心臓が早く脈打って扇を持つ手が震える。やっとここまで来た。しかし、ここからが本当の勝負。

このままでは恐らく強制連行で未来は変わらない。


「アミリアの丘、キューゴスの戦い、ミネニアムの花」


唐突に私は言葉を発した。ジーク様は気でも触れたかとこちらを見るが、これは違う方に言ったのだから分からなくて当然である。


「私、アリス・ファリアはここに宣言致します。ファリア公爵家はジークハルト・ウィステリア殿下の支持を撤回します。また爵位を返却し隣国アスラへと帰属致します」


「「「な!?」」」


この宣言は公爵家の令嬢程度が行ってはいけないもの。しかし私はあえて宣言したのだ。

この場にはジーク様のお父上である国王も、私のお父様も、隣国の王太子もいる。役者は揃っているのだ。


元々ファリア家が管理している土地はアスラの物だった。それを国王が騙し討のような形で奪ったのだ。そういった土地だったので権威の強い我が家が治めていたのだが、私を蔑ろにするのだ、つまりジーク様は私達の庇護はいらないという事。隣国は常にこの土地を奪還するのを狙ってたし、土地を手土産にこちらを受け入れろと言えば喜んで貰ってくれるだろう。


そして先程の言葉。これを聞いたら国王もお父様も何も言えないはず。私は元々の知識と、この永遠とも言える3分間で周囲を観察し、考え、そして辿り着いたのである。お二人の弱みに。決して口にする事は出来ない、王国と公爵家を揺るがすような弱み。現に国王とお父様の顔は真っ青で今にも倒れそう。逆に隣国の王太子様は黒い笑顔をうかべている。棚から牡丹餅ですものね。


ファリア公爵家の後ろ盾を無くすという事は立太子も危ういという事。更に公爵家の隣国への離脱、この失態は全てジーク様の所業、廃嫡もありえますわね。


ゴーン………


時間を刻む大時計の鐘が鳴る。

きっかり3分間。



私はまだ、自由。


「では御機嫌よう」


最後ににっこり笑ってパーティーホールを出る。ジーク様も周りも呆然とそれを見送る。外に出ると綺麗な満月がこちらを照らしていた。


「終わった……の?」


もう時間は過ぎているはずなのに私はまだ動ける。どうやら勝負に勝ったらしい。神様がお好きな結末に辿り着いたのだろうか?だから許された?


しかしこれからの人生は甘くない。抜け出すためとはいえ、私は戦いの道を選んだのだ。


「やってやるわ」


あの魔の3分間を繰り返したことで更なる情報を得ている。まだまだ切り札はあるのだ。

私は力強く1歩を踏み出した。


新たな人生の幕開けである。







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