第16話

 バシャ!


「ぷあっぷ!!」


 雪華晶は画面に水をぶっかけられて目を覚ました。

 目を開けると目の前にはバケツを持ったヒノミコが立っている。


「起きたか」

「……アタシ、何時間気絶していたの?」

「安心せい。10分も経っておらん」


 そして、既にナビィは何処かに行ってしまったのか姿が見えない。


 雪華晶はそんな時間が経っていないことに安心しつつも、今の自身の身体の状態に違和感を感じてペタペタと触って感触を確かめる。


「殴られたのに痛くないんだけど」

「ワラワが治しておいた」


 どうやらヒノミコには仲間を回復する魔法が使えるようで、雪華晶の怪我もキレイサッパリ治してしまったようだ。

 弟子の身体を壊すも治すも自由自在だと言う事実を知って、雪華晶はげんなりとする。


「ところでソナタの肩の古傷が治らなかったのだが、それは何処で付いた傷だ?」

「古傷?」


 雪華晶は着物風の衣装をズラして確認すると、ヒノミコに言われた通り左肩に古傷があった。

 刃物か何かが刺さったような小さな亀裂の形状をした古傷である。


「左肩を怪我した事なんてあったかしら?」


 雪華晶としてはモンキートレインとの戦闘で刃物か出て来た覚えはあるのだが、それを左肩に受けたかと言えば覚えがない。


 更に言えば全身にあった細かい切り傷や腹を貫いた槍の傷は痕も残さずに消えたというのに、肩の傷だけ残るというのも変な話だ。


 左肩をグルグルと回して調子を確かめてみるが、別に違和感を感じない。


「特に問題ないわね」

「問題ないのなら良いが……とりあえず、ソナタの改善点を話しておこう。1つ目、先ずは他の何よりも早急に改善すべき点。ソナタは人間の意識で戦っておる」

「?」


 ヒノミコの言ってる意味か分からずに雪華晶は首を傾げる。


「簡単に言うと魂が魔法少女の身体に慣れておらんのだ。先程の腕試しではソナタはワラワの動きに反応する事が出来なかった。今のソナタは人間が反応出来る速度の中でしか動けていない。本来の性能が発揮できれば、先程のワラワの攻撃も余裕を持っていなせた筈だ。ワラワの見立てではソナタは近接型の魔法少女であるからな」


 一口に魔法少女と言っても様々なタイプが存在する。

 大きく分ければ近接タイプ、遠距離タイプ、魔法タイプの3つである。

 その特徴は魔法少女の武器に色濃く反映され、雪華晶の刀は近接タイプに分類される魔法少女が持つ武器だ。


 近接タイプの特徴は身体能力や耐久力に優れるが、リーチが短く対空戦闘が苦手な傾向にある。


「どうすれば鍛えられるのかしら?」

「変身時間を長く取ることだ。仕事中以外は常に魔法少女の姿で過ごせ。休日は現実体でいる事は許さぬぞ」


 影人としてはそれはなるべく避けたい事なのだが、手っ取り早く死なない程度の実力を付けるには他に道は無さそうである。


「はぁ……分かったわよ」


 雪華晶は観念したかのように溜息を吐いてヒノミコからの課題を承諾する。


「それと黄格の魔物……イエローランクのシャドウとの戦闘は許可する。経験を積めば馴染むのも早くなるかもしれぬからな」


 師匠からシャドウと戦う許可が出た事で漸く雪華晶も正式に魔法少女として活動する事が出来るようになった。


 ――――――――――――――――――


 そのまま解散を言い渡された雪華晶は自宅へと帰る。


「……寝よ」


 この身体は大して疲れを感じていないが、雪華晶は影人としてのルーティンである就寝を行う事にした。

 ほぼ無意識に浴室へと向かい服を脱いでシャワーを浴びる。


「………あ」


 ヒノミコに言われた事を優先するがあまりに少女の身体のまま浴室へと入ってしまった。


「やっぱりスタイル良いわね……」


 視界に映る自身の身体を眺めて雪華晶は客観的に感想を漏らした。

 全体的にサイズは小ぶりながらもしっかりと女性であることをアピール出来るくらいにはメリハリがある。

 ムダ毛は一切無い。


 影人は妄想する。


 もしも、こんな美少女に迫られでもしたら……

 真っ先に美人局を疑う。


 拗らせてるなと自分自身の妄想にツッコミを入れてシャワーを浴び続ける。


 お肌が敏感になってるのか知らないが、こっちの姿の方が気持ち良い。


「……」


 ちらりと雪華晶の視界にシャワーの湯気で曇った鏡が目に入る。

 何の気無しにシャワーのお湯を当てて鏡の曇りを取る。


 鏡に映るは全裸の自分と………








 出入口の摺りガラスの向こう側に立っている人影


「!?!?!?」


 雪華晶は全身の血が逆流するような冷えた衝撃を感じて振り返る。


 摺りガラスの向こう側には誰もいない。


「誰かいるの?」


 腕を伝うお湯が急激に冷やされていき、氷柱が形成されるように雪華晶の手先から氷の刃が伸びていく。


 雪華晶はゆっくりとドアに手を掛け、思いっきり出入口を開け放つ。


 無論何も居ない。


「気の所為?」


 これは一度神社に行ってお祓いをした方が良いかもしれないと雪華晶は思った。


 しかし、一般的な幽霊の正体が実はシャドウと言う事実に気が付くのはもう少し先の事である。


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