第6話
ぎゅむぎゅむやり過ぎて手痛いしっぺ返しをくらい、痛みで眠気が吹き飛んだ影人は手に歯型を付けながら大人しく黒毛玉の言葉を聞く。
「一度変身出来たんだから普通もう一度出来ると思うんだよね。変身の仕方が分からない魔法少女なんて前代未聞だよ」
と、黒毛玉は言うが影人は変身の仕方が分からずに居た。
「感覚的な物を言葉で伝えるのって難しいんだよね。じゃあ、まずは目を閉じる。視界を遮断するってのが正しいかな?そしたら暗闇の中にある何かを感じ取って」
「それって所謂瞑想って奴じゃねぇか?」
「そうとも言う」
影人は座禅を……組めなかったので胡座をかいて瞑想始める。
股関節の柔軟さが足りない。
確か、頭の中の雑念を消す。
あやふやな知識を頼りに雑念を消すべく頭の中を空っぽにしていく。
しかし、素人がそう簡単に雑念を振り払える訳もなく、思い浮かんでくるのは次の仕事について。
娯楽ではなく仕事が思い浮かんでしまう辺り、大分社畜精神が根付いてしまっているのかもしれない。
雑念の中でふと違和感を感じる。
自分であって自分でないような不思議な感覚。
これか?
意識の中で影人は違和感に向かって手を伸ばす。
深く深く沈んだ闇より深い黒の中。
影人はその手を掴んだ。
「……」
うだつの上がらないサラリーマンはいつの間にか凛とした雰囲気を持つ黒髪の美少女へと変わっていた。
「おめでとう!キミは魔法少女に変身した。この感覚を忘れないように―――」
「い……」
「い?」
「いったああああいいいいい!!」
激痛。
変身した直後より腹部を刺し貫かれたような痛みが走り、美少女と化した影人はもんどりを打って悶え始める。
「あああ!!何か刺さってらくしゃい!!」
影人は意味不明な言葉を叫びながら腹部に刺さった何かを引き抜き、思いっ切り何処かへ投げ付けた。
「どう……なってんのよ!!黒毛玉!!騙したわね!!」
傷口からドクドクと血が流れ出すかと思えば、次の瞬間には傷口が徐々に氷に覆われて止血される。
これも魔法少女の力なのだろう。
そこそこ深い傷だがこれで失血死する事は無くなった。
「まままま、待って!これはボクも想定外だよ!まさか、1日も経ってるのに傷が直ってないなんて思わなかったんだ!」
慌てる黒毛玉の様子を見て少なくとも嵌める意図は無かったと判断した影人は冷静になって聞き返す。
「はぁはぁ……どう言う事よ?」
「魔法少女は2つの身体がある。現実体と幻想体。変身と便宜上呼んでるけど、変身と言うよりは交代の方が近いんだよ。つまり、今のキミは現実体は無傷だったけど、幻想体は損傷していたんだ」
「つまり、この身体はアバターって訳ね」
契約をした存在に与えられる幻想体。
往々にして契約者の年齢や性別に関係なく少女の姿になる。
1960年代くらいから契約者が幻想体の姿を魔法少女と自称した事で、今も魔法少女と呼ばれている。
年代的に当時のアニメの影響が少なからずあった事が伺える。
「で、傷が治らなかった理由だけど……コレか」
黒毛玉が宙に浮かんで、先程影人がぶん投げて天井に突き刺さった物体を見る。
その物体は砕けた鉱石のように歪で鋭利な形状をしており、真っ黒な色をしていた。
その色合いには何処と無く見た覚えがある。
「昨日のインベーダーの鎧の破片かしら?」
どうやら、インベーダーが自爆した際に黒毛玉の緊急離脱が間に合わずに鎧の欠片が影人に突き刺さっていたようだ。
「はぁ……ところで、この幻想体が死ぬとどうなるのよ」
「そりゃ死ぬに決まってるでしょ」
「アバターと言えど死ぬわけね。ますます嫌になってきたわ。それにしても……」
影人は自分の髪を弄って色を確かめる。
確か、昨日は水色だった筈だが、今の色は何処に居ても違和感の無い黒色だった。
強いて言うなら服装も昨日の和装的な魔法少女服では無く、何処かの学校の制服のようである。
「現実世界だと魔法少女の力は大きく制限されるんだよ。その影響で髪や目の色は普通の色に戻る」
「ザ・魔法少女って感じのあの服は?」
「あれも髪の色と同じでハザマの中でしか変化しないんだ。現実世界での服装は現実体が着ていた服に合わせて変化するよ。キミの場合、スーツが学生服に変換されるみたいだね」
「ふーん」
まるで現実世界での活動も視野に入ってそうな便利機能だ。
悪用しようと思えばいくらでも悪用出来そうだが、何かしらの超常的な何かでマジカル天罰じみた何かを食らう可能性も無きにしもあらずなので悪用するのはやめようと影人は心の中で誓う。
「本当はこの後ハザマに行ってシャドウを狩ってもらう予定だったけど、怪我も直ってないし明日にしよう。無理は良くないからね」
「明日もまた来るのね……」
影人は露骨に顔を顰める。
「そんな嫌そうな顔しないでよ。じゃ、またねー」
黒毛玉はそう言って虚空へと溶けるように消え去ってしまった。
「……戻って寝よ」
変身して元の姿に戻った影人はそのまま明日の仕事に備えて眠りに着いた。
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