氷刃の魔法少女

空想現実主義

初雪

第1話

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」

「死ねぇ!!」

「あひゅん」


 謎の黒い生命体である黒毛玉は青年のチョップを受けて狭い倉庫の中をゴムボールのように弾んだ。


「ひ、酷いじゃないか!」

「うるせぇ!!詐欺師みたいな事言いやがって!!」

「風評被害だ!ボクもアレを見た事あるけど、ボク達はあんな質の悪い契約はしないよ!」


 黒毛玉は青年に向かって契約の催促を続ける。

 少年は何故魔法少女なのか、何故契約なのか、色々と聞きたいことがあるようだが、それは時間が許してはくれないだろう。


 ギィ!!


「ッ!」


 倉庫の扉を易易と生物的な爪が貫いて、倉庫の中へと侵入し始める。


「あまり、逼迫した状況で契約を迫るのは卑怯だからしたくないんだけどね。でも、このままじゃキミの命が危ないんだ」

「俺は……」


 爪が上から下へ扉を引き裂いて行く。


「俺はッ!」


 ―――――――――――――――――



 始まりは青年の帰宅途中の事、その月は繁忙期とあって連日夜遅くまで仕事をしていた。

 社会人になってから早2年。

 流石に1年目よりは慣れたが、精神的にも肉体的にも疲労が積み重なっていく。


「……何だこれ?」


 青年の目の前の空間に怪しげな黒い亀裂が出現したのだ。


「疲れてんのかな……」


 事実疲れてる。

 仕事中に眠気が天元突破して幻覚の如き瞬間的な白昼夢を経験した事のある青年は何かの幻覚だと思った。


 目と目の間を親指と人差し指で揉みながら怪しげな黒い亀裂へと歩いて行く。

 疲労のせいで酷く危機意識が欠如した彼はあからさまに危険な亀裂を危険と認識できなくなっていた。


 そして……


「っ!」


 激しい乱気流の中でスカイダイビングしたような激しい揺さぶりと浮遊感が襲い、青年は背中から蹴り飛ばされたかのように両手を地面に着いた。



「何が……?」


 青年が始めに気が付いたのは地面の異様な明るさだ。

 現時刻は深夜0時前。

 外灯がなければ一寸先も見えない時刻である。


 青年は顔を上げる。

 そこは確かに青年の帰宅路であった。


 だが、まるで真昼のように明るくなっている。


 空を見上げれば青い空が湖面のように波打ち、あるべき筈の太陽がない。


 あまりにも現実感の無い光景に呆気にとられた青年は1つの結論を出した。


「夢か」


 所謂、明晰夢って奴だろうか?


 青年はそんな事を思いながら夢と思わしき世界を歩き始めた。


 夢、と断じても青年には特に何かしたいと言う気力は無く、強いて言うなら早く帰って寝たいと言う気持ちが大部分を占めていた。


 しばらく歩いていると何やら黒い煙のような物体が前からやってくる。

 それはちょうど人と同じくらいの大きさであり、頭部と思わしき丸い部分あった。


「……」


 眼球は無い筈なのに目が合った気がした。

 直後黒い煙は速度を上げて青年の方へ向かってきた。


「ッ!?」


 ヤバい。

 アレに追い付かれるとヤバい!


 第6感的な何かが警報を鳴らし、青年の眠気が即座に吹き飛んだ。

 本能的に危険を察知した青年の行動は早かった。

 直ぐに180度ターンを決めて、全速力で来た道を引き返す。


 右左右右左左

 迷路のように複雑な住宅街の道を出鱈目に走り回る。


 只でさえ閑静な住宅街だが、明るいのに車も人も誰も居ないと言う事実に青年は気が付く。


 所謂、異世界って奴なのだろうか?


 必死に逃げながらも頭の片隅で現状を正しく把握しようと思考を続ける。




 撒いたか?


 後方を確認しながら角を曲がり、正面を向く。

 ……黒い煙がそこに居た。


「先回りしやがった!?」


 いいえ、自爆です。


 出鱈目に走り回って相手との距離感を見失った青年はあろう事か青年を見失った黒い煙の正面に回ってしまったのだ。


 ヌチャァと気体にしては粘着質な音を立てて黒い煙の頭部が裂ける。

 身近な物に例えるのならばクリオネのバッカルコーンが近いだろうか?


「くっ」


 黒い煙の触手が獲物を絡めとろうとするのを命の危機に瀕した青年はスローモーション映像を見るように知覚した。

 動きは見えているのに身体がそれに付いていかない。


 覚悟を決めて青年は目を瞑る。


 が、いつまでも経っても青年の身体を触手が触れることはなかった。


「ふぃー……間一髪ってところだったね」


 第三者の声が聞こえて青年は恐る恐る目を開く。


「く、黒毛玉?」


 青年と黒い煙の間に割り込んだ黒い謎の生命体が発する謎の力によって触手が防がれていたのだ。


「キミも相当運が悪いね。ハザマに落ちるなんてそうそう無いよ」

「ハザマ?」

「そう、ハザマ。この世界の事だよ。色々聞きたいことが多いと思うけど、もう少し待っててね。もうすぐ、救援が来る筈だから」


 青年は急展開のあまり事態を上手く飲み込めていないが、一先ず助かった事だけは理解できた。


「あ、ここから動かないでよ。結界を張ってる間は動けないんだ。それに結構な集中力が必要なんだ」

「分かった」


 とりあえず、集中を乱す事はやめようと思い青年はしばらく黙っておく事にした。


 なんの気無しに不思議な空を見上げようと視線を上に向けると、何やら空に小さな黒い点が見えた。


 もしかして、救援ってあれの事か?


 そんな事を思っていると、その小さな黒い点は隕石のような勢いでこちらの方へ降り注いできた。


「おい!」


 青年が短い2文字を発するか発さないかという刹那の時間でソレは黒い煙を踏み潰すかのように着弾し、黒毛玉の結界ごと周囲に破壊を振りまいた。


 吹き飛ばされた青年と黒毛玉は何度も地面を転がって静止する。


 幸いにも青年は軽傷で済んだが、黒毛玉の結界が無ければ大怪我をしていた事だろう。


「な、何が起きて……!?」


 黒毛玉は再び宙に浮きながら、円な瞳を目の前の存在に向けて言葉を失う。


 それは大きな鎧だった。

 真っ黒な鎧に真っ白な兜を付けた存在が立っていた。


「あれが救援な訳ねぇよな……」


 身を起こしながら青年は黒毛玉に確認するように言葉を掛ける。


 何故なら、その鎧は人間の数倍はあるかと言う巨体を持ち、膝の関節が逆さに付いた異形の風貌を持っていたのだ。


「インベーダー!?マズイ、早く逃げるよ!」

「言われなくても!」


 不思議な世界、ハザマに置いて青年の第二の逃亡劇が始まった。

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