小さな砂の3分間

@birthday

第1話

3月


空き教室の一つに僕と先輩はいる。窓を少し開けると、一瞬、暖かい春風が顔を覆っていく。もう春はすぐそこまで来ているのだと感じた。外は夕焼け空で帰宅していく生徒の影がいくつもある。

僕は窓から目を離し目の前の材料を見渡す。ペットボトルに画用紙、ガムテープに接着剤。それに小さな砂。小学生が工作で使いそうなものばかりだ。


「先輩材料はこんなものでいいですか?」

「あぁ、悪いね君に任せっきりで」

「いいですよ。自分暇なんで」

「君のそういう献身的で謙虚の部分、私は好ましく思うぞ」


いつも通り先輩と軽口をたたき合う放課後。先輩にいきなり材料リストのメモを貰い、「これをあつめてきてほしい」と言われ、材料を集めてきた。簡単なものばかりで時間はかからなかった。

僕と先輩は友人関係というのではない、ましてや恋人関係というのも違う。ただの先輩後輩だ。ちょっとしたきっかけで先輩と知り合うようになり、たまたま先輩の好奇心に付き合うようになった。ある時は学校内に花見をするため桜を飾ったり、ある時はサンタクロースの格好をしてクラス中にプレゼントをまき散らしたり。先輩のやることは突拍子なことが多い。それでも僕が先輩の傍を離れないのは先輩といるのが心地いいと思ったからだ。


「聞いてなかったですけど、今度は何を作るつもりなんですか?」

「予測は大事だよ君~。人間は自分で考えることを止めてはならないんだから」

「先輩のやることが分かってしまったら、僕はおしまいですよ」

「ずいぶんと辛辣じゃないか!」


先輩は額に手を当て楽しそうに声を上げる。


「今回作成するのは砂時計だよ」

「砂時計?あれって作れるんですか?」

「もちろん作れるとも。ただ市販の様にはいかないけどな」


自身満々の顔で鼻を高くする。これからやることを楽し気に話すその姿は子供の様に見えた。僕が黙っているから先輩はそれを察して、優しい声で言った。


「心配ないよ……最後だからね。最後くらいはいいものを残すつもりだ。」

「…………」


先輩は僕の目をしっかりと見据える。

もうじき卒業式。先輩との時間はまだあるが、先輩の好奇心に付き合うのはきっとこれが最後になるだろう。


「そう落ち込むな。最後くらいは楽しく過ごそうじゃないか」

「……はい」


そう言われても、僕は自分で思っているより先輩と離れたくないと感じていたのだろう。


作業は割と簡単に終わり、ペットボトル状の砂時計が完成した。市販のものに比べると大きさなどが二回り以上違う。まさに小学生の工作でよく見るやつだ。

先輩はどうして最後に砂時計にしたのだろうか?もっと派手なことだって考えていたはずだ。

先輩の横顔を覗き込むと、完成した安堵の表情を浮かべていた。


「よかったよ。うまくできて」

「えぇ、でも不格好ですね」

「構わないさ。本質はそこではないのだから」

「どうゆうことです?」


砂時計を作ったのは別の意味があるってことなのだろうか。


「私と君で材料を集め、作り、完成した。そのことに意味があるのだよ。私はもうじき卒業だ。ここでの時間はもう終わるだろう。だからこそ砂時計という中に私と君がいたということを残したかった。これは私と君が作った最後の3分間だから」



4月


空き教室の窓辺に僕はいる。春の温かさが身体を包み、まどろが全身を満たす。

先輩は卒業した。卒業式には別れの挨拶をした。それで終わり。僕と先輩の関係は先輩と後輩。そんなのは最初から知っていた。ただ、先輩が残してくれたものはきっと僕との時間を大事だと思っていたからなのだと勝手ながら想像した。


先輩が残してくれた小さな砂はとても優しい音だった。



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