第32話
大塚は、宮城静江の母親と会ってきた。
その母親は自分が真犯人だと告白した。
だが、母親は現実と妄想が混乱している状態であることが次の言葉で分かった。
「静江は現役の女優だから、醜聞は困る」
母親は、静江がまだ女優であると信じていた。
30年以上も前に引退をして、結婚していたこともすっかり記憶から抜け落ちていたのだ。
母親にとって、静江はまだ銀幕の世界で、華やかに演じている娘の姿を忘れられないのであった。そのことが、自分が犯人であるという妄想を抱かせたのだ。
「母親は錯乱しています。自分が犯人と言っていましたが、信じられません」
大塚は父親と電話で話していた。
「そんなこともあるだろうな。娘を庇おうとしているのか。それよりも、俺は新しい情報をつかんだ」
「何ですか」
「静江のアリバイのことだ」
「第二の事件ですね。」
「そうだ、その日、彼女はパーティーに出席しており、目撃者も大勢いるということだったが、そのパーティーは仮装のパーティーだったんだ」
「それではアリバイにならないではないですか」
「仮装といっても、目だけを隠したものだったので、目以外で他の人は静江本人であると証言したんだ」
「いくら身代わりを立てたとしても、声や背丈もありますから、全部の人を騙すことは出来ないのではないですか」
父親の話では、もう一度静江と仲が良かったメーキャップに聞いたところ、静江と目以外で、口元も、声も、背丈もそっくりな新人女優がいたというのだ。
その女優と静江は、先輩後輩のなかだが、姉妹のように静江はその子を可愛がっていたということだった。
その女優の名前は、深井園子と言って、静江と口元がそっくりなのと、背丈も同じくらい、髪の毛もストレートのロングで、後姿などはスタッフが静江と何度も間違えるほどだったという。
「その深井という人はその後どうなったのですか」
「事件のあと、しばらく女優を続けていたが、芽が出ないので、30歳前には引退して、その後は知らないということだった」
「重要な情報でしたね」
「どうしてもアリバイのことが気になっていたもんでな。お前はすぐに東京に帰るのだろ」
「はい、東京に戻ったら、静江さんが東京で最初に住んだ叔母さんの家を見に行こうと考えています」
「そうか、では俺は深井園子の住所を調べてみる」
「お願いします」
大塚は、新幹線に乗り、東京へ向かった。
静江が東京に出て最初に住んだのは、池袋から山手線で上野方面へ3つ行った、駒込という駅から歩いて10分くらいのところにある住宅地だった。
静江の母親のお姉さんが、東京の人と結婚して住んでいたからである。
大塚は、静江の母親から聞いた住所でその家を探した。
だが、もうそこには聞いた名前の家はなかった。
母親の話では、静江の叔母さんは、十数年前に死亡していて、相続した子供が相続税を払えなくて、売却されたということだった。
静江が東京に出て、最初に住んだ思い出深い家はマンションに変わっていた。
この場所に静江も来たのだろうかと思い巡らせた。
変貌してしまった自分の大切な場所を見て、静江は何を思ったのであろうか。
大塚は、今、静江が何を思って姿を隠しているのだろうかと思案していた。
#33に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます