殿
テンガ・オカモト
殿
二、三度、ひらりと刃が舞う。血飛沫とともに飛ぶ首。これで何人仕留めただろうか、と将軍・
既に刃がこぼれ、なまくらになりつつあるそれは、光沢を失っていた。
「天佑を討ち取れい」
号令、押し寄せる新手の雑兵。
ふん、洒落臭い。
使い物にならなくなった得物を投げつける。正面から向かってきた一人の額にぶすりと刺さる。
「笑止、自ら武器を捨てたか」
好機とばかりに左右から襲い来る二人。
「捨てたのではない、替えたのだ」
横一線。
間もなく、胴体から分かれた死体が二つ出来上がった。天佑の手には、三尺五寸ほどの薙刀が握られている。
「一瞬で、拾ったというのか」
「おのれ化け物め」
「数ではこちらが上だ、押し潰せ」
怒号を上げて雪崩れ込む敵兵を次々と捌きながら、天佑は近くの兵士に
「橋は、まだ落ちぬか」
と聞いた。
「およそ、四半時足らずで」
「いけるか」
「仕込みは済んでおります」
「よし、負傷した兵を下がらせろ。俺は暫し、ここで時を稼ぐ」
疲労の色を隠せない顔、しかし未だその眼光は鋭く、天佑は再び敵を迎え撃つ。
天佑とそれに従う数百の兵士達は今、殿の役目を請け負っていた。
総大将率いる軍は既に敵の伏兵により蹂躙され、散り散りになった兵士たちをどうにか集め、敗走の真っ最中である。
しかし、敵軍はとにかく足の速い連中だった。鍛え抜かれた騎兵隊の扱う馬は、こちらの馬の練度をはるかに上回り、まともに追撃されればひとたまりもない。
「天佑、頼めるか」
ただ一言、総大将は天佑に告げた。
頼み事とは、つまり殿のことである。
「御意」
力強い答えが返ってくる。この軍において最強の武を誇る天佑に全てを託す他、道は無かったのだ。
「天佑よ」
「はっ」
「某も、其方も、まだ死ぬる時ではない。必ずや生きて戻ってくるのだ。必ずや……」
「お任せを。我が武に誓って」
天佑が足止めに選んだのは、陸地続きの中で唯一存在する長大橋。ここに馬止めの柵を敷き、騎兵隊が突入して来るのを防ぎつつ、頃合を見計らって橋を落とす。それが天佑の考えた策だった。
「死ね、天佑ッ」
風切り音が聞こえ、また首が刎ねる。その繰り返しが一刻以上も続いている。たかが数百を率いる天佑に、ここまで手こずるとは思いもしなかったのだろう。焦りにより浮き足立ち、統率が乱れている。
「天佑将軍」
先程の兵士が駆け寄って来た。あれから時間にしておよそ三分、ついに準備が整ったのだろう。
「よし、皆の者。すぐさま橋より撤退しろ。すぐに俺も続く」
天佑の号令が、兵士達に力を奮い立たせる。
強き者の発する言葉に宿る、不思議な力に後押しさせたかのように、皆足早に橋から去っていく。
俺は良い兵士を持ったな。天佑は誇らしさに胸が満たされていた。誰一人として、死地へと挑む自分から離れず付いて来てくれた。今そこを切り抜け、生きて帰らんとする執念と胆力。十分称賛に値する。
彼らと一緒ならば、この先何度同じ苦境に立たされても、乗り越えられる。確信に近い思いがあった。
瞬間。
何かが天佑の身体を二、三ほど突き抜けていった。背中から腹部へ。風か、と天佑は思った。幸運を呼び込む風が、こちら側へと吹いている気がした。
「将軍ッ」
兵士の必死な形相が見える。情けない姿を見せては、兵の士気に関わる。ふらつく身体に力を込めて、ぐっと踏みとどまる。
「即刻、橋を落とせ」
「しかしそれでは将軍が」
「構わん。必ず戻ると、御大将に伝えてくれ」
それだけを言い残すと、天佑は反転、ただ一人敵軍の中へ突撃していった。
「血迷ったか天佑」
「死に損ないめが、とっとと逝くがいい」
罵詈雑言の嵐も、天佑の耳には入らない。
これは死への一歩ではない、生への活路だ。
此の期に及んで俺を見くびる貴様らには分かるまい。
道端の小石のように、次々と転がって行く首。それが埋め尽くすよりも先に、橋が倒壊する。多勢の敵兵の残骸を道連れに、天佑の姿もまた、河川へと呑まれ消えて行った。
殿 テンガ・オカモト @paiotsu
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