この世界で最後の3分

のーはうず

あと3分

「その碑は発する音と余韻にこそ意味がある故、焦らずに音にせねばならぬ。」


石版からホログラムのように浮き上がるようにでてきた小さなお爺さんは、まるでそうするのが当たり前かのように静かに喋りはじめた。



春休み。アルバイトで遺跡の発掘をはじめた。皆な仕事が終わるとあっという間に帰ってしまう。職場にはお姉さま方が多いのだが帰って家族の食事などをつくらねばならぬのだという。


帰ってもやることといえばゲームぐらいしかないので毎日最後に一人ぽつんと残され戸締まりするのがいつしか役割になっていた。まだ名もない遺跡の未整理の発掘品がプレハブ小屋に所狭しと並ぶ。土と埃のような匂いが混じった空間で帰る前に一人お茶をするのが日課になっていたのだ。



「・・・なにかわらないけど、キャスティングタイムみたいなもの?」


「ふむ、儂にはぬしの言っていることがわからんが、ちょうどその砂が落ちきるまでに焦らず追って声に出していくのじゃ。」


紅茶を入れるために使っていた3分砂時計を指して、ちいさいお爺さんは勝手に話しを進める。


その日飲んでいた紅茶をあろうことか出土品の石版にこぼしてしまい、どうしよう! と持ち上げ、さらに手を滑らせそれを落とし砕いてしまったのだ。パニックに陥った結果、割っちゃった茶碗は固定してから牛乳で煮れば治るよというネットの胡散臭い情報に一縷の望みを託して試してみたのである。結果! なんとくっついたのだ。


喜びのあまり、奇声をあげながら石版の周りを踊っていたところ、そこからホログラムよろしく小さなお爺さんが浮き上がって話しかけてきたというわけである。あまりのぶっとんだ奇妙展開に、割ったことでも叱られるんじゃないかと、努めて冷静なふりをしているのだ。だが、キャストタイムがどうこうと聞く前に、もっと聞くべきことがあるような気もする。



「えっと、ちょっとその前にいいですか? お爺さんはなにか精霊とか悪魔とかそういう・・・??」



「残された口伝を頼りにほぞを暴き幾人もの乙女の血を注ぎ、歌と踊りを捧げるという試練を乗り越えたのに吾の事は残らなんだか。まあいい。事を進めよ。」



ぜんぜんよくない。

幾人もの乙女の血というよりは、ミルクティーにするのに余った、経産婦(牛)の牛乳ですけどね。乳と血って成分ほとんど同じらしいから勘違いしたのかな。黙っておこう。牛乳のせいであとで臭くなったりしないといいんだけど・・・。



「それで、これを読むと何が始まるんです?」


「始まりでもあるが、同時に終わりでもある。この世界に終わりをつげ、お主の望む世界に望む力を持って意のままの形をとり顕現することができるようになるであろう。」


「え、それって!! チート異世界転生!?」



「チートがなにかわからんが、韻を心がけて焦らずに読みあげるのじゃ。」


碑文に書かれたわずか52文字の漢字の羅列、これを読み終えるのに約180秒か。

音楽のようにテンポを大事に適切な速度で読めばいいのだ。造作もない。砂時計をひっくり返す。



漢字の一個一個は、石とか、天とか秋とか読めるけど、いや、まってこれどうやって発音したらいいんだろ?



「読めません・・・。」


私の3分は始まりもしなかった。

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