俺より可愛い奴なんていません。4-1


桜祭(おうさい)が開催されてから、絶え間なく人が来場し、賑やかさは増す一方だった。


中庭では、ミスコンの発表も特に大きなトラブル無く終え、有志の発表による出し物で、ゆったりとした時間が流れていた。


舞台上では、生徒達がこの日の為に作ってきた漫才や、ダンスによる発表、コーラスなどの発表もあった。


数時間の時間が流れると、再び、中庭のイベント場にポツポツと人が集まり始めていた。


再びの、人気のイベントである、ミスコンの結果発表だった。


時間が経つに連れ、どこからともなく人が集まり始め、ザワザワと話し声の声が大きくなる。


そんな集団の中に、ミスコンに携わった立花 蘭(たちばな らん)や同じ会社『ミルジュ』に所属する、後輩の結(ゆい)、蘭の妹である椿(つばき)の姿があった。


「いやぁ〜……、満喫、満喫〜……」


蘭は満足気にニコニコと笑みを浮かべながら、両腕から桜祭を回る上で貰ったり買ったりした、景品が入ったビニール袋をぶら下げ、片手にはプラスチック容器に入った、元々6個入りのたこ焼きを持ち、反対側の手には、爪楊枝を親指と人差し指で摘むようにして持っていた。


傍から見ても、桜祭を堪能していることが分かり、蘭が桜祭を堪能した時間はわずか1時間ちょいの時間のはずだったが、開催からずっと色んなところを回っているのだろうと錯覚させるほどの満喫っぷりだった。


「もう、先輩。流石にはしゃぎ過ぎですよ……。

あと、それ、私のたこ焼きですからね!?」


蘭のはしゃぎように結は呆れた口調で注意するように言った後、思い出したように蘭が手に持つたこ焼きを指さし、大声で指摘した。


そんな2人を傍目に見ていた椿は、少し2人を憐れみ、成人している2人がまるで子供のような言い合いをしているのを、恥ずかしく思っていた。


そして、椿は蘭たちから視線を逸らし、手に持つ『ソレ』へと視線を向け、左手に摘むようにして持つ爪楊枝を掲げ『ソレ』へと突き刺し、ゆっくりと口に持っていった。


「んん〜〜ッ!! 美味しぃ〜〜…………」


椿は口へと運んだ物を食べていき、満面の笑みを浮かべ、幸せそうに呟いた。


「な、なぁ見てみろよ……」


「ほ、ホントだ……すげぇな…………。

あぁ、俺もあのたこ焼きになりたい…………。」


蘭達の姿はただでさえ、人目を引き、たこ焼きで浮かれる3人を見ていた2人組の男子生徒達がポロリと呟くように話していた。


その話し声は、椿の耳に届き、蘭や結の耳にも届いていた。


先程まで、たこ焼きで一喜一憂する蘭を小馬鹿にするように見ていた椿だったが、自分が手に持つたこ焼きを1つ口に運んだことで、その魅力に既に取りつかれ、周りからの声に気づいてはいたがまるで興味が無かった。


「ふ〜ん……、もう私たちお姉さんなのに、まだまだ若い、ピッチピチの男子高校生から猛烈なアピールを受けてるよ〜?? どうする? 結〜……」


「えッ? え? い、いや、どうするも何も、何も無いですよ〜。

それに注目されてるのはいつも通り先輩の方です。今日は妹さんも居ますし……」


蘭はニヤニヤと笑みを浮かべ、結をからかうようにして話しかけ、結は美人で可愛い見た目をしているが、蘭といつも一緒に居るせいか、あまり目立つ事はなく、一瞬、戸惑った様子を浮かべたが、すぐに平静を取り戻し、控えめな様子で否定し答えた。


「また〜、すぐにそうやって自分に対しては後ろ向きな考えになるんだから〜……

そんなんだから、彼氏も中々出来ないんだよ?? 女は度胸ッ!

グイグイ行かないとぉ〜……」


「そう言われても…………」


「もう。なんでそんな弱気なのかね〜……

自分がコーディネートした娘にはあれだけの自信があるのに…………」


蘭は結を勇気付けるように鼓舞したが、結は乗り気にならず、少し諦めるような口調で残念そうに話した。


「ん? 結さん。なんでそんなに自分を過小評価するの?

凄い可愛いと思いますし、まぁ、だからといって、男子高校生に手を出すのはアレかもしれないですけど……、自分から男性にアタックするのは悪くないと思いますよ??」


「つ、椿ちゃんまでぇ……」


ここまでたこ焼きに夢中で口を紡いでいた椿が、興味のある話題だったのか、不思議そうな表情を浮かべ、結の表情を覗き込むようにして尋ね、思わぬ所からの追求に、結は勘弁してくれと言った様子で声を上げていた。


「う〜ん…………、あッ! なら、ウチの弟なんてどうよ??

性格は保証出来ないけど……、女装をあそこまでこなす分、顔は悪くないよ〜?」


「えぇッ!?」


蘭は少し考え込んだ後、良い案が思い付いたと言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべながら結に提案したが、結はそんな事微塵も考えてもおらず、兄の事を慕っている椿がいる手前、どう返していいか分からなかった。


「あぁ……あと、化粧とか、服装とかの話にはガッツリ興味がある変態さんだから、趣味は合うと思うよ〜……」


急に上げた蘭の提案に、椿から不穏な空気が流れ始め、傍から見ても明らかに機嫌が少しづつ悪くなっていっているのが分かったが、蘭は益々調子に乗り、葵の嫌味をわざと入れつつ話した。


すると、隣にいる椿がようやく口を開いた。


「お兄ちゃんは、性格悪くないし……変態じゃないもん…………。

女装はあんまりして欲しくないけど……」


椿は少し拗ねるように、不貞腐れた様子で答えると、蘭はなんとも言えない表情で悶絶し、結はその光景を白い目で見つめていた。


椿は普段は人前では、「お兄ちゃん」呼びはあまりしなかったが、悪口を言われショックだったのか、いつもの家での愛称が出てしまっていた。


普段ツンツンとして、他をあまり寄せつけない椿が見せるこの反応を見たいが為に、蘭はわざと挑発するような言葉を投げかけており、結はそれにスグに気づいていた。


「た……たまらん…………。

弟の事に対してでしか、その反応を見せないのが悲しいけどそれでも……良い…………」


蘭は満足した表情で、手を握りしめ、ガッツポーズを取りながら呟いた。


そんな蘭向かって、男性の声で、呼びかけるようして、不意に話しかけられた。


「おい……、誰が変態なんだ? 変態姉貴……」


男性の声だとハッキリわかる低い声が、蘭達の耳にしっかりと伝わり、振り返り、その声の主を主を認識すると、蘭や椿はそれぞれの反応を見せた。


「ゲッ……! 葵…………」

「兄さんッ!!」


蘭は、厄介者が来たと言わんばかりに怪訝そうな表情を浮かべ、椿は久しぶりの兄の顔を見て、一気に表情を明るくしたが、恥ずかしかったのか、スグに視線を逸らし、顔を赤らめていた。


「立花君……。お疲れ様」


身内なのに葵が来てまともな反応を出来ない2人を見かねてか、結が1番最初に労いの言葉を送った。


「はい、えっと……三嶋(みしま)さんでよろしかったですよね?」


「はいッ、三嶋 結(みしま ゆい)です! よろしくお願いします!」


葵は何度か蘭から結の話を聞いた事があったため、少し当てずっぽうだったが、上手く当たってくれ、結も名前を知ってくれていた事が嬉しかったのもあり、笑顔で葵に答えた。


「ちょっと……、兄さん……?」


結と挨拶を交わす葵に、久々に会うのに何も無い事に不満を感じ、椿が声をかけた。


「ん? あ、あぁ……、悪い。

久しぶりだな……、椿…………。」


「うんッ! 久しぶりッ」


葵は珍しく異性に対して、優しく微笑みかけると、椿もまた満面の笑みを浮かべながら答えた。


そんな兄妹のやり取りを見て、椿の隣にいた蘭は大きくため息を付き、肩を落とし、何やら呟いていて、誰にもその声は届かった。


だが、蘭の言葉は届かなくとも、蘭が何に対してため息をつき、呟いていたか、何となくだが、周りの人間には伝わった。


「せ、先輩……、先輩と会った時もそれなりに椿ちゃんも喜んでいましたよ?」


露骨に落ち込む蘭に、身内である葵や椿が声をかけないのを見かね、結が何故か、蘭に対してフォローを入れていた。


そんな中、椿はある人物に目がいった。


それは、葵と再開してから、ずっと葵の傍らにおり、椿が先程のイベントで見た女性だった。


「え、えっと……、兄さん? そちらの人は?」


「あッ、え、えっと……、私、立花さんと同じクラスの橋本 美雪(はしもと みゆき)って言います!」


椿の質問に、葵の隣に立って様子を伺っていた美雪が、体に力を入れ、緊張した面持ちで自己紹介をした。


年下であるはずの椿に対して何を緊張しているのかと葵は思ったが、美雪が人見知りだったという事を思い出し、スグに納得し、今度は葵が美雪のフォローをするように話し始めた。


「あぁ〜……えっと……、姉貴に橋本さんがどうしてもお礼がしたいって言ってたから、俺も用事があったし、連れてきた」


葵は意気消沈して、後輩である結に励まされている蘭に聞こえるようにして、話すと、落ち込んでいた蘭が嘘のように回復し、美雪に素早く視線を振り、表情がどんどんと明るくなっていった。


「み、美雪ちゃんッ!! 来てくれたんだね! この弟にも妹にも相手にされない私にッ!!」


蘭は、歓喜あまって少し目に涙を浮かべており、身内である葵と椿は内心「オイオイ」とツッコミを入れ、少し引いていたが、美雪は気にすること無く、蘭を真っ直ぐに見つめていた。


「どうしても、お姉さんにお礼がしたくって…………」


美雪は人見知りが発動し、少し気まずそうに、それでも本心から伝えたいのか、きちんと蘭へと視線を向け、顔を合わしていた。


「そ、そうか……、そうか…………。ありがとね? 美雪ちゃん……」


蘭は、落ち込んでいたからか、美雪の言葉が染み渡り、美雪に近ずいていき、肩をポンポンと軽く叩きながら、泣きべそを描くようにして声を漏らした。


「いッ、いえいえッ! こちらこそ、ありがとうございましたッ!

こんなに、可愛くして貰って…………」


「いやいや、美雪ちゃんの実力だよ! 凄く発表良かったッ!!」


蘭にそう言って貰え、美雪の緊張は溶けていき、蘭と美雪が会話に花を咲かせていった。


そんな様子を、見守るようにして葵が見つめていると、不意にツンツンと肌がつつかれ、つつかれた方向へと視線を向けると少しムスッとした表情を浮かべる妹、椿の姿があった。


「ん? どうした? 椿…………」


「3年……」


「え……??」


「3年ぶりなんだけどッ!!」


不満そうに呟いた椿だが、葵には思いが上手く伝わらず、思わず声を上げた。


「あ、あぁ……、そうだな。

改めて、久しぶり……、椿。」


「もうそれはいいよ…………。

それよか、私に言うこと無いの??」


「えっとぉ…………、なに……?」


椿の問いかけにまたもや葵は、ピンと来ておらず、そんな葵に椿は今度はため息を付いた。


そして、目の奥が明らかに笑っていない笑顔浮かべ、葵を見つめた。


「なんで? 女装してるのかな??」


「あ…………」


葵は、椿と別れた時に約束した事を思い出し、それを完全忘れ、更には椿が居なくなった事によって余計、普段から女装をするようになっており、素で椿の前に現れていた。


葵はこれから、長く追求されると感じながらも、もう逃げれないと腹を括った。

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