俺より可愛い奴なんていません。2-6


大和(やまと)の悲しい、敗北から数分が経ち、数学の授業も四分の一が過ぎていた。


未だに担任、山口(やまぐち)のクラスに対するミスコン事件の首謀者を探す話は行われており、飽きだした生徒達も多く存在していた。


(山口め……授業したくないからって、この話で後15分は潰すつもりだな……)


立花 葵(たちばな おおい)は山口の思惑を的確に当て、不真面目でだらしのない山口に呆れつつも、このくだらない話題をダラダラと引き伸ばしている事には少し感謝していた。


山口の話から、この流れのままだと恐らく、誰が考えても、ミスコンは中止になる事は見えていた。


そんな事は絶対に阻止したかった葵は、この時間に出来るだけ、存続させるために必要なカードを揃え、準備することが出来た。


(とりあえず、女子が食いつきそうな話は何個か、準備すること出来たが……)


葵は出来る限りに理屈は揃えたが、それでもやはり、確実に出来るという自信は無かった。


(後は、勢いで何とかするしかないか……はぁ……。最近、面倒なことばかりに首を突っ込んでるな俺は……)


葵は内心、自分の最近の行動を振り返り、非効率で何でここまで必死にやってるのか自分でも疑問に思いつつ、覚悟を決めた。


「はぁ〜……、いないか〜、このミスコン企てた奴〜、出てこ〜い」


山口がダルそうに、もう何度目か分からない、このクラスに呼びかける声を発した瞬間に、1人の生徒の手が上がった。


「ん? おッ!?」


クラス全体を見渡せる位置に立つ山口は、スグにその手を上げた生徒に気付き、驚きの声を上げた。


そして、その生徒が誰だか分かると更に驚いた。


「って、立花ッ!? ど、どうした急に……トイレか?」


手を挙げたのは葵だった。


葵の挙手に山口は明らかに動揺し、葵が手を挙げたであろう的確な理由を探し出し、スグにたずねた。


山口にたずねられた事で、一気に葵はクラス中の注目を浴びた。


葵はそんな中、1つ深呼吸をし、ゆっくり口を開き、クラス中に宣言した

「山口先生。ミスコンの話ですが、そのイベントを企画して掲示板に貼ったのは俺です」


葵はクラス中の視線を浴びながらも、怖気付く事無く、堂々とした振る舞いで、クラスの生徒全員に聞き及ぶように言い放った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


葵の発言によって、クラス中は一気にざわめき出した。


それは、そんな事を企画する性格だとは思えない葵が、企画したという驚きの声と、葵を嫌う女子生徒達の多くの嫌悪感から来る嫌味が入り交じったざわめきだった。


そして、橋本 美雪(はしもと みゆき)もその1人だった。


「ね、ねぇねぇ……コレって、どうゆう事かな?」


美雪の左隣の席にいた加藤 綾(かとう あや)は美雪、こっそりと小声で話かけていた。


「ちょっと、私にも分からないですね……」


美雪も葵の真意は分からず、とりあえず、何が起こるか見守る事しか出来なかった。


「えッ!? ど、どうゆう事だ? 何でこんな事……」


山口も驚いた様子で葵にたずねた。


「面白いと思ったからです。思い出作りです」


葵は山口の質問に間を開けず、スグに答え、真剣な表情で受け答えした。


葵の口から次々と普段の葵からは考えられない発言が飛び交い、クラスは更にざわめいた。


「いや、お前。思い出作りつったって……これじゃあ、素直に女子も参加出来ないだろ?」


山口は全てを言わずとも、クラスの全員が山口が何を伝えようとしているのか理解できた。


山口が言ったことは、女子だけがリスクを負うようなイベントでは、誰も参加しないし、男子が参加を強要する事で、様々な問題が起きるだろうということだった。


「はい。そのチラシの内容じゃ、ごもっともです。

ですが、クラスの男子、いや、全校生徒の男子はやりたがってます」


「う〜ん、やりたがってますって言われてもな……」


山口は、教員らしく生徒の提案を真摯に受け止め、あまり見せない珍しい光景だったが、真面目に悩んでいた。


そんな葵と山口のやり取りを見て、大きく2つに分けて、それぞれの思惑が交差していた。


男子は口には出さなかったが、ほとんどの生徒がミスコンの開催を望み、葵を密かに応援し、やりたくない女子は、葵に明らかに嫌悪感しめしたり、純粋に元から葵が気に食わなかった者などは、ここぞとばかりに、葵に聞こえるか聞こえないかの声で嫌味の声を上げていたりもした。


そして、その2つのどちらにも属さない者は、葵が興味無さそうな事にここまで食い下がるのを珍しそうに静観していた。


そんな様々な思惑が入り乱れる中でも、葵は怯むことなく、淡々とした様子で山口に向き直っていた。


「自分の姉がスタイリストをやってます、芸能人も手がけるほどのプロです。

その姉に頼んで、姉を含んだ何人かのプロのスタイリストにも来て貰います。

どんな子であったとしても、別人のように綺麗にする事を誓います」


葵はいつになく真剣な表情で山口に向けて話、その話はクラス中の女子に向けても、話されているようなそんな感覚すらした。


クラスの一部の女子は、葵の言葉にどよめいて、少しざわついていた。


「いやいや、プロに来てもらうのは別に構わないんだ、来てもらえれればイベントとしても、大きく盛り上がるだろうし……だが、プロがそんな沢山来てくれる確証はないだろ?

学校から提供出来るもの何で無いし、それに参加者が何人になるかも分からない。

多すぎても困るし、少な過ぎても、せっかく来てもらったのに申し訳ない」


「はい。その通りです。皆さんの協力が無いと成り立ちません」


山口は指摘は的確で、次々に問題点を出し、その問題の多さから話を聞いていた生徒達のほとんどが実現は不可能だと感じた。


「確かに、女性からすれば、そんなプロにやって捉えるのは魅力的なのかもしれないが、衣装はどうする?」


「衣装もいくつか用意します。 後はウチの学校の演劇部から少し借ります」


葵と山口が話すにつれ、問題点は多く出てはいたが、何故だか少しずつ話が固まっているような、少なくとも話を聞いていた美雪はそんな気がしていた。


「な、なんか立花、凄いやる気だね……自分も出るのに……」


葵と山口のやり取りを見ていた綾は、美雪にボソッと呟くようにして、話しかけた。


「そうですね。このまま、ミスコンが中止になってくれた方が、私的にも、二宮(にのみや)さん的にもいいんですけどね……」


綾の問いかけに美雪が答えると、綾は何故か驚いた表情で一瞬固まり、美雪を見つめた。


「ど、どうかしました?」


「あ、あぁッ。ごめんごめん。いやなんか橋本さんはそうだったんだな〜って……」


「え……?」


美雪は、少し戸惑った様子で綾に尋ねると、綾は美雪を不快にしせたかと思い、咄嗟に謝った後、気になる一言を呟いた。


「いや、実はね、橋本さんと話したあの日、紗枝と2人で帰ってて必然的にその話題になったんだ。

そしたらね……紗枝も私も立花が提案するミスコンなら別に出てもいいかな〜って、むしろ少し楽しみでもあったんだ」


「そう……だったんですか……」


ニコニコ楽しそうに話す綾に、美雪はそんな事があったと知らなかったため、葵が提案した事により、出場を嫌がっていた紗枝や綾がそんな事言ったことに驚いた。


そうして、2人は再び、山口と葵に視線を移した。


「う〜ん、いや、無理だ……立花だけに全部用意出来るわけも無いし、生徒だけにイベント1つを任せて、開催なんて出来ない。 監督する教員がいないと……」


山口と葵の話はまだ続いており、問題点はまだまだ沢山あるようだった。


「監督…………」


葵は少し俯き悩むようにして、考えた後、視線を再び山口へと戻した。


葵と目が合った山口は、葵のニヤついた表情から嫌な予感がし、スグにその予感を払拭するようにして、葵に話しかけた。


「む、無理だぞッ!? 俺はッ……」


「いや、山口先生、暇ですよね?

桜祭に関しては、クラスの出し物を監督するくらいで、部活の顧問くらいでホント暇ですよね?」


葵は何故ここまで、山口の内部事情を知っているのか不思議なくらいだったが、葵の言ったことはホントらしく山口は、明らかに動揺していた。


「ひ、暇じゃないって!! とゆうか、人の事を暇人扱いして……失礼だぞ!」


「それは……すみません。でも、お願いします」


葵はそういってクラスの生徒全員から視線を再びながら、山口に頭を下げ、頼み込んだ。


葵が頭を下げた瞬間に、クラスは大きくざわつき、対話していた山口も驚いた表情で葵を見めた。


「ま、待て待て! 頭を下げるな! 断りずらくなるだろッ!!

…………あぁ〜、もうッ……分かったッ! 分かったからッ!」


山口はここまでしている葵に断り、必死に頭を下げる生徒の願いを山口が断ったと、妙な噂が流れたりするのを嫌い、観念したように半ばやけくそに答えた。


「ありがとうございます」


「た、ただッ、参加人数だ! 参加人数が10人以上超えなければやらない。まずはそこだ!

他の先生方にもイベント開催をするにあたって説明しになきゃならんしな。

それに、10人揃えたとしても、許可がおりなきゃできないぞ?」


葵が、感謝の意を伝えると、山口は勘違いしないように、まだ決定でないことと、開催するのには、余程の苦労が必要で、現状であるならば、まず開催は出来ないという事を葵にしっかりと伝えた。


「参加人数ですか。 それは大丈夫です」


葵はそういって山口から視線を逸らし、今度はクラス中に呼びかけるようにして、体を生徒達へ向けた。


「女子の皆さんにお話です。 あのチラシにはざっくりとしか書かれていませんでしたが、優勝景品の内容についてお話します」


葵は勝手に仕切り、クラス中に話題を振ったが、山口は特に気にする事なく、完全に任せる形だった。


「今回のミスコンの優勝者、4名の方には、あの学年でも屈指なイケメン4人。北川 敦(きたがわ あつし) 里中 涼太(さとなか りょうた) 河野 弘樹(こうの ひろき) 馬場 雅也(ばば まさや)の4人と一緒にお食事に行ける特典です。

もちろん時間は朝から晩まで1日、なんならアフターも構いません。」


葵は宣言するようにクラス中に言い放った。


葵が発言した途端にクラス中は、また更にざわつき、特に女子生徒の声が多く上がった。


美雪からは、葵の近くの席に座っていた北川が、焦って葵に何かを言おうとしていたが、途中で何かを思い出したかのように、その行動を止め、悔しそうな表情を浮かべ、俯いているのが見えていた。


葵はクラス中のざわめきに特に、反応する事無く、堂々とする葵に遂に生徒達から声があがった。


その声をあげたのは、葵の事が間違いなく嫌いな部類のグループに属している女子生徒だった。


「ねぇ、さっきっからいきなりしゃしゃり出て、なに勝手な事言ってんの?

山口も言ってかもしれないけど、女子に参加させるだけさせて、順位付けるって何様??

やるわけ無いじゃんそんなん」


声を上げた女子生徒は、強気に葵を攻撃するようにして、わざと嫌味ったらしく言い放った。


ザワつくクラスの中、女子生徒の声に山口は「先生を付けなさい」と注意をしていたが、誰も反応せず、虚しい声だけが響いていた。


「佐々木 美穂(ささき みほ)……」


女子生徒が声を上げた途端、美雪の隣にいた綾は、ボソッと呟くように声を上げた。


葵に異を唱えたのは、佐々木 美穂という女子生徒で、校則が厳しく、殆どの女子生徒が黒髪という中、佐々木は髪を茶色く染め、桜木高校ではかなり目立っていた。


佐々木の顔は整った顔をしており、可愛いというよりは綺麗な顔をしていた、その見た目から、男子生徒から人気であった。


しかし、その強気な性格と派手な見た目から少し、近寄りがたく、別の意味で高嶺の花のような存在だった。


佐々木が反論した事で、場は少し緊張感が漂い、ピリついた空気になったが、葵は特に臆する事無く、淡々と話続けた。


「確かに、順位を付けるのは失礼だと私もそう思います」


「チッ……さっきっからその喋り方うっぜぇな……普通に喋れよ」


葵の話に佐々木は難癖を付け、葵を攻撃する佐々木に頼む側である葵の為す術が無さそうな感じに、一部の葵の事を嫌いな女子生徒達はクスクスと笑い声をたて、ここぞとばかりに、葵に嫌味な態度をとっていた。


「分かった……普通に喋る。順位を付けるのは出てもらってる以上失礼だ、だから、違う方法を取ろうと思う」


「あぁ? それじゃ成立しねぇだろ? バカか? お前」


順位を付けなければ、誰に唯一のまともかもしれない景品、北川達との食事をする事が出来る権利を渡せばいいのか、分からなくなり、ミスコンが成立しない事は誰が考えても分かる事だった。


「成立する。優勝者じゃなく、4人の優秀者を決める。もちろん勝ち負けで…………」


「どうやって?」


佐々木の問いかけに、葵は今まで真面目な表情で話していたが、ここでようやくその表情を崩し、不敵な笑みを浮かべ佐々木と向き直った。


「あ……あれは…………」


何度か見たことのある葵の不敵な笑みに美雪は、自然と葵が悪巧みをしている事が分かった。


美雪がそんな事を感じていると、葵はゆっくりと口を開き、佐々木、もといクラス中の女子生徒に言い放つようにして言葉発した。


「俺も女装して、ミスコンに出る。そして、俺に勝った4人の女子生徒を優秀者として、景品を渡す。」


葵は、ここ一番に悪巧みをしていそうな含み笑いをしていた。

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