俺より可愛い奴なんていません。1-9

桜木高校は本格的に放課後に突入し、あちらこちらから元気のいい掛け声や楽しそうに騒ぐ生徒達の声がこだましていた。


元々部活に力を入れている高校でもあったため、放課後も多く生徒が残っていることが多かった。


そして、立花 葵(たちばな あおい)もまた帰らずにいる生徒の1人で、彼の場合は帰らずというよりは帰れずと言った方が正しかった。


橋本 美雪(はしもと みゆき)との対談を終え、約束通り理科室に来た葵は不機嫌そのものだった。


葵達が理科室に来た時点でそれなりの生徒がもう集まっており、だいたい委員会になった生徒の顔ぶれが分かっていた。


葵はその中でも男子が集まっていた方へ向かって行き、美雪も教室に入るなり、親友である亜紀(あき)や晴海(はるみ)に捕まり女子達が集まる方へと向かっていった。


「おぉッ!?立花??何だ、珍しいな?」


葵が男子の輪に入るなり、葵の知り合いである前のクラス一緒だった前野 晴太(まえの せいた)が葵を見るなり珍しそうにしながら話しかけてきた。


「だろ〜な。もう、最悪だ……」


葵は晴太に気づくと、気だるそうに心底委員会が嫌そうに答えた。


「くじ引きか?」


「いや…、なんか血迷って気づいたら上げてた?よくわからん、多分寝惚けてた」


「なんだそりゃ……」


葵は別に真相がバレても良かったが、自分から言うのは死んでも嫌だったため、てきとうに嘘をつき答え、あまりのてきとうな答えに晴太はクスッと笑い答えた。


「それよりさ!今回の委員会聞いたか!?沖縄事前に行けるらしいぞ!?」


「あ〜、そういやそうだったな…。面倒事がこれ以上増えたらたまらん」


晴太はワクワクした様子で葵に話しかけたが、それとは対照的に葵は面倒くさそうな表情を浮かべ答えた。


普通ならば1度しか本来行けない沖縄を2度行けるとなれば喜び、晴太の反応は当然の反応で、対して葵の反応の方が珍しい方だった。


「いや、なんでそんな事を……。2回行けるんだぞ?最高だろ!!それになりより……。」


晴太は1人で盛り上がり、話の途中で声を止め、チラリと自分たちのいる所とは違う集団へと視線を逸らした。


「あの中から3人……。想像しただけでヤバいなッ!! なッ!? 立花!!」


「うるせぇよ……」


静かになったと思ったら女子に視線を向け、更に騒がしく話しかけてきた晴太を葵はうっとおしく感じ、耳を抑え明らかに不機嫌そうに注意した。


「大和みたいなこと言うな。」


「神崎(かんざき)も言ってたのか?アイツ分かってんなッ!」


「この学校の男子はこんなのしかいねぇのか……。そしてうるせぇ……」


葵はこんな女子に飢えまくる男子の一員だということを恥に感じながらため息をつき、ガッカリした。


「男子3の女子3何だっけ? まぁ、お前みたいなのがいればスグに決まるか……」


「戦争になるな……」


「言ってろアホ」


葵はこれ以上付き合うのをバカバカしく感じ他の男子生徒達と話そうと他の生徒達へ向かっていった。


「あ、待てよ!俺を退くな!」


スルーされた晴太は焦った様子で葵の後から追ってきていたが、葵は無視し他の男子に話しかけた。


「よぉ、村上(むらかみ)、佐野(さの)」


「おぉ!?立花??どうゆう風の吹き回しだ?」


「めずらしいな」


葵が話しかけると話に夢中だった村上と佐野は他の男子達と話していた所を中断させ、葵の方を向いて答えてくれた。


男子は葵を含め8人いたが、その中でも葵が知る男子は綺麗に半数しかいなかった。


桜木高校の葵の学年のクラスは8クラスあり、8クラスともなれば同性でも知らない生徒が出てくるのは必然だった。


「俺が委員会に来るのがそんなにおかしいか?」


葵は晴太と同じ反応をされた事に少しムッとしながら彼らに尋ねた。


「あぁ、おかしい」


「おかしいな」


葵の問いにすかさず二人は息のあった同じタイミングで同じ答えを口にした。


「結構こういうのやってるつもりなんだが……」


「いやいや、お前はやってはいるけど人に押し付けるからな〜」


村上は葵の委員会をやっていた頃を知っていたため、思い出しながら答えた。


村上の答えは合っていたが半分違ったような答えだった。


葵は基本任された仕事はやるが自分が無理のないやれる範囲でしかやる事は無く、自分の決めた容量以上の仕事が来ると、仕事をしていないものに女子男子関係なく容赦なくぶん投げる事が多々あった。


それは葵が自分一人が苦労するのが嫌だという、どうしようもない性格からくる行動で、くじ引きかなんかでやむ無く引き受けているところに放課後暇を持て余し、だべっている生徒を見つけようものなら苛立ってしょうが無かった。


「押し付けじゃない。協力だ」


「物は言いようだな」


スッパりとまるで自分は何一つ悪い事はしていないかのように自信満々に答える葵に村上は苦笑いを浮かべながら答えた。


「でも、俺が忙しい時はなにも言わず助けてくれたぞ?」


「当たり前だろ、自分がキチンとしてなきゃやらない」


葵の弁明をするように佐野がそう言うと、葵はまだキッパリと答えた。


そしてこれは、葵のポリシーの様なものだった。


そんな話をしていると、理科室の扉をガラリと音を立て1人の男性が入ってきた。


「ほらぁ〜、んじゃ始めるから適当に席につけ〜」


ダラけた声と共に入ってきた男は2年の教員である加藤(かとう)というものだった。


葵が1年の時もクラスと現代文の授業を担当していたため、葵ももちろん、ここにいる生徒全員が面識がある教員だった。


加藤の声に反応するように、集まった実行委員達は各自適当に席につき、仲のいいもの同士で座ったため、必然的に男子と女子が綺麗に別れた。


「よし、それじゃあ実行委員の話をしてくか。まずは一応どのクラスでどいつが実行委員になったのか把握するのも兼ねて、軽く自己紹介をしてもらう。

まぁ、自己紹介っていっても名前とクラスだけ言って貰えりゃいい。」


「それじゃ、そっちから。」


加藤が自己紹介といって、集まった生徒は一瞬ビクッと気を張ったが、スグに簡単な自己紹介だと分かると皆安心し、加藤の指さした廊下側に座っていた女子から1人ずつ自己紹介が始まって行った。


◇ ◇ ◇


初日ということもあり、実行委員の仕事の説明と簡単な話をされて初回の実行委員の集会はおわった。


そして、時間が経ち橋本 美雪(はしもと みゆき)は友人である亜紀(あき)と晴海(はるみ)と一緒に下校をしている最中だった。


「いや〜、やっぱりいいね〜3人で実行委員!!」


晴海は楽しそうに亜紀や美雪に呼びかけた。晴海のその楽しそうな表情と声色から本当に心から嬉しいんだと理解出来た。


「まぁ、確かに楽しいかもしれないけど……。あ、とゆうかアンタ達は聞いた?今日の集会では何も言われなかったんだけど……」


亜紀は何か気になっているのか2人に訪ねた。晴海はちょっと分かってない様子だったが美雪はスグに分かった。


「沖縄を事前に行くって話?」


「そう。男子3人、女子3人でっていう話のやつ」


美雪の答えたそれはまさに亜紀の聞きたいことの答えだった。美雪が答えると晴美も「あぁ〜」と声を上げどうやら知っていた様子だった。


美雪も亜紀も晴海も知っていたが、今回の集会では何故かその件の話が一切なく、説明もなかった。


「嘘だったのかな?」


「いやいや、クラス委員から直接言われたしそれはないでしょ」


晴海が聞くと亜紀はそれは無いと断言した。どうやら、亜紀も晴海も美雪と同じでクラス委員から話を聞かされたというようだった。


「今度聞いてみよう!事前に行けるならみんな行く?」


「う〜ん。行かないかな……。」


「私も行かない。」


晴海の元気な問いかけに美雪は一瞬悩んだ後答え、亜紀もそれに続いて答えた。


2人の答えに晴海は一気に不満げになり、プクッと口を膨らませるような様子で話し始めた。


「ちょっと〜、なんで〜?みんなで行こ〜よ〜。楽しい良きっと!!」


晴海はなんで2人がそんなに乗り気でないのか理解できないといった様子だった。


「いや、だってアンタ、仕事で行くんだよ?そんなに楽しめないよ絶対。それに、私たち3人でってわけでもないし……」


「えぇ〜。言うほど仕事ないよ!あっち行ってなにするのさ、私たちが」


亜紀の言うことはごもっともで確かに、実行委員として仕事で訪れる分、楽しめないかもしれないというのは自然に考えついた。


しかし、晴海の言うことも一理あり、沖縄に学生せいぜい6人が行ったところであちらで何をするのか想像出来ず、大したことも出来ないため、所用を終わらせたら後は自由時間とも考えられた。


彼女達がこんな話をするほど今日の集会はそれについて本当に何も言っていないのが理解出来た。


「でも、みんな行きたがるだろうしな〜。私たちは立候補して決まってからその話を聞いたけど、事前から知っててそれ目当てで立候補した子とかもいそうだし…。」


「だろーね。まぁ私は行かないけど。」


亜紀の再びの行かない発言に晴海はブーブーも文句を言っていた。そして、そんな晴海を無視し亜紀はもう1つ、気になっていた事を話題に上げた。


「ねぇ美雪。なんで美雪のクラス男女1人ずつなの?」


亜紀は美雪に直接、素直に単刀直入に答えた。亜紀が訪ねると晴海も気になっていたのか、文句を言うのをやめ、「なんで、なんで〜」と話に食いつてきた。


「え、いや、私に聞かれても……。」


美雪は当然、葵とそこまで親睦がなく、そんな事を言われても答えられなかった。


男子1人、女子1人でと山中(やまなか)(葵と美雪の担任)に強制されていた時ならやむ無くそうなったと言えたが、葵が立候補したのは、山中から同性でやってもいいと解禁された後だったため、立候補した理由など葵本人から聞かない限り分かるはずも無かった。


「後から立花が立候補したの?」


亜紀の追求に美雪は首を縦に振った。すると、晴海は表情が一気にパァっと明るくなり「うわぁ〜」と嬉しそうな、楽しそうな明るい声をあげ、亜紀は難しい顔をし何かを考え込んでいる様子だった。


「ねぇねぇ! それってさ、私が朝言ってた事当たったんじゃないっ!? だって、みゆっちが立候補してから立花君が立候補したんでしょ? うわぁ〜いいなぁ〜いいなぁ〜。」


晴海は自分の事のように嬉しそうに話、完全に彼女の頭は恋バナモードに切り替わっていた。


晴海の意見を亜紀は否定したかったが、情報があまりにも少なかったためそれは違うとハッキリ言う事が出来ず、葵が一体何を考えているのかそれだけを推理した。


亜紀がそこまでするのは、もちろん亜紀も葵のいい噂を耳にしないという事が関係していた。


女子から何故か嫌われる葵と話した事は無く、葵の事をよく知らなかったが、それでもそんな噂が立つという事はやはり彼に何らかの問題があるのだと亜紀は考えていた。


そして、それが大切な親友に近づくのだとしたら亜紀は慎重にならざるを得なかった。


それほどまでに亜紀にとって美雪は大切な友達だった。


晴海はと言うと、彼女ももちろんそんな葵の噂を知ってはいるだろうが、彼女は基本、そういった噂に振り回される事は無く、自分が接してみてから考えるというタイプだった。


そのため、葵に対して特に何か勘ぐるといった様子は無く、むしろ学校では地味で目立たないが有望株である美雪によく目を付けたとどちらかと言えば好印象に思っていた。


「いいなぁ〜って言われても、そうゆうんじゃなさそうだし……」


「えぇ〜? なんで? 少なくとも悪くは思われてないって事じゃん。とゆうか、男子同士、女子同士が許されてる中でそんな事されたら、もうそうだと思うな〜」


美雪も何度もそんな事は頭に過っていた、集会の前に彼と2人で話し合う前までは。


美雪は自分でも正直、どう思われているのか気になっていたし、晴海達に放課後の件について話すことにした。


「実はね……。」


美雪はゆっくりと2人に葵と2人で話した内容について話し始めた。


◇ ◇ ◇


美雪達が話しながら下校する中、そんな3人を見る視線があった。


「おい。アレ、見えるかお前ら…。あの3人組の女」


男は美雪達を見かけ、連れて歩いていた2人の男に話しかけた。


「ん? なんすか? あれがどうしたんすか?」


「は? お前、気づかねぇのか? あのメガネかけて地味目の女、見覚えねぇか?」


美雪達を1番に気にした男はそう問いかけたが、2人はピンと来ていないようすで口を揃え「わからない」といった。


「チッ、たく、どうしようもねぇなお前ら……。あれ、この間の女だ。」


「この間の女?どゆことっすか?東堂(とうどう)さん。」


2人の内の1人の金髪の男が美雪達を1番に見つけた大柄の男を「東堂」と呼びながら、再び尋ねると大柄の男(東堂)は大きく息を吐き、ため息をついた後、2人にも分かるように話した。


「葵を襲った時邪魔した女だ。」


東堂がそういうと2人の再び美雪に視線を向け、今度は凝視した。


「アレがっすか?そんなわけ。」


「いや、アレだ……。昨日から探してたがアイツが1番近い。あの制服は桜木(さくらぎ)高校か……。」


金髪の男は否定したが東堂は答えを変えること無く、自信満々に言い切った。


昨日から周りに気をつけ、葵や美雪を探していた東堂には自信があった。


「見つけたぞ……、葵……。」


東堂は不敵な笑みを浮かべ美雪を見つめながらそう呟いた。その様は近くにいた仲間である2人にも不気味に見えた。

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