俺より可愛い奴なんていません。1-8

立花 葵(たちばな あおい)のクラスは朝の実行委員決めから時間は進み、あっという間に一通りの授業を終え、放課後を迎えようとしていた。


今日は様々な事があった1日だった事もあり、葵は少し疲れていた。放課後に入る前に現在、最後の俗に言う帰りの会という夕礼のようなものが行われていた。


教壇には山中(やまなか)が立ち、明日の連絡事項なんかをクラス全員に話している最中だった。


葵が今日は疲れたと早く帰りたいなどと思っていると、山中は「あッ!」と声を上げ何かを思い出したように連絡事項として最後に何かを伝え始めた。


「今日、決めた実行委員だがな、他のクラスも今日決まったらしく、急遽今日の放課後に全クラスの実行委員を集めて話をする事になった。

だから、えぇ〜……、立花と橋本(はしもと)は放課後、2回の理科室に集合」


「はい。それじゃあ〜解散ッ!!」


山中の言葉を最後に一気に生徒達は動き出し、クラスはざわめき始めた。


「ふぅ〜……今日も一日終わったな〜」


放課後になると前に座っていた神崎 大和(かんざき やまと)は大きく伸びをして、葵に話しかけてきた。


「まぁ、お前は部活で俺はこれから委員会でお互いやる事はあるけどな」


大和の言葉に葵は憂鬱そうに低いテンションで答えた。


葵は休み時間にクラス委員会である二宮 紗枝(にのみや さえ)から聞いた話で今日話される内容はだいたい察しがついていた。


「これ以上面倒な仕事を増やされてたまるか……」


「ん?なんの事だ??」


葵は紗枝から聞いた前もって沖縄に行く面子に入る事にならないようフツフツと燃えており、事情を知らない大和は呟いた葵の言葉が理解出来ず、不思議な様子で聞き返した。


「いや、こっちの話だ。それじゃ、俺は行くわ。お前も部活頑張れよ」


葵はそう言ってそそくさと、荷物を持ちその場から離れっていった。

そんな葵の後ろ姿を大和は見て「大変だな〜」っと他人事のようにそんな感想を浮かべた後、自分の準備をし、部活へと向かって行った。


◇ ◇ ◇


葵は大和と別れた後、真っ直ぐ理科室に向かうと思われたが、彼は委員会に向かう事と他にやるべき事があった。


人で賑わう教室の中を横切り、自分の席とはほとんど真反対に座っている生徒の方に向かっていた。


(このままじゃ、気になって拉致があかないしな。何よりも勘違いされてたりされたらたまったもんじゃない)


葵は少し気持ちが高揚しているような、力が入って体に力みを感じながら、気負った様子である生徒の前まで来た。


「なぁ」


慣れない様子で葵が呼びかけると目当ての女子生徒、橋本 美雪(はしもと みゆき)は葵の声に気づきゆっくりと顔を上げた。


そして、葵と目が合うと美雪は驚いた様子で、目を丸くし、席に座っていたため葵を見上げた。


「アンタに話がある。実行委員の集まりもスグに集まらないだろうから、理科室の上の階、実習教室ばっかで誰もいないだろうからそこまで来てもらいたい」


葵は気負い過ぎたのか少しキツいイメージで強く美雪に言い放った。


「え、え〜と。別に構わないですけど……」


「なら、今すぐいいか?」


戸惑いながら敬語で答える美雪に葵は間髪入れずに美雪を誘い、美雪が軽く首を縦に振った。


それを葵が確認し、美雪から視線を逸らすと何も言わず教室の出口へと歩き始めた。美雪も葵が歩き出すのを見ると、急いで支度をまとめ、彼に続くように歩いていった。


葵と美雪のやり取りはあまりにも短かく、ちょうど放課後に成り立てでクラスもざわついていた事もあり、そんな2人のやり取りを見ていた者は少なかった。


普通ならば、大胆に教室で男子生徒が女子生徒を何処かに誘うなど、思春期真っ盛りの男女のクラスでやれば大騒ぎになったところだが、幸いにもそんな事にはならなかった、少しの生徒を除いて。


「ね、ねぇねぇ!見た!?今の、紗枝」


その女子生徒はちょうど葵が美雪を誘った所を目撃し、友人である二宮 紗枝に話しかけた。


「う……、うん……」


友人、加藤 綾(かとう あや)に話しかけられ、紗枝もその光景を見ていたのか、女性らしく顔を赤く染めながら、恥ずかしそうに呟いた。


「あれって!あれってそゆことだよね〜!!」


綾は紗枝とは対照的にテンションが上がっている様子で騒いでいたが、綾も紗枝も女性特有の盛り上がりを見せていた。


「そっか〜……。今日、紗英も私も委員会あるからそれ終わったら一緒に帰ろって橋本さんを誘いに行こうとしたらこんな所を目撃するとは……。

これは、早く私も橋本さんと仲良くなって根掘り葉掘り聞かなくては!!」


「ちょっと、綾、動機が不純だよ〜…。橋本さんいい子なのに……」


紗枝は休み時間に美雪とはなし、何処か彼女と波長があったのか気が合い、昼休みも一緒に過ごし、友達となっていた。


そして、美雪のクラスでの友達がいないという悩みも聞き、自分の親友である綾を紹介するのも兼ねて、一緒に放課後帰ろうと誘おうとしていた。


紗枝は自分と仲が凄くいい綾と自分と何処か似ているような気がする美雪は絶対に仲良くなれると思い、なって欲しいと思っていた反面、綾の恋バナ目当てで仲良くなるような発言に少しガッカリした。


「アハハ、ごめんごめん。分かってるよ!紗枝の紹介だもん、いい子なのは間違いないよ!だから、ますます今日一緒に帰ろうと誘えなかったのが残念……」


紗枝は、気さくに答え裏表を感じさせない笑顔で答えられ、それが彼女の本心だと分かると、流石綾だなと思った同時にまだ恋バナを諦めていないような彼女の様子を感じ、そこを含め流石だなと感じていた。


「でも、不思議だよね?立花君ってめちゃくちゃ女の子苦手って感じじゃない??」


「うん。でも、そこまで悪い人じゃないんだけどね……。委員会の仕事手伝ってもらったことあるし……」


綾の当然の問いかけに紗枝は過去を思い出しながら、葵の肩を持つように答えた。


紗枝は1年生の頃も葵と同じクラスであり、1年の頃に葵に助けられた事があった。


しかしそれは、おそらく他の生徒からしたら大したことではなく、助けた本人ですら忘れられるくらいの出来事だったが、彼女の性格の良さもあってか、紗枝はそれをよく覚えていた。


「ふ〜ん。私は冷たいし、苦手かな……」

紗枝の話を聞いても尚、綾はあまり葵の印象が変わることはなく、関わりも薄いため、てきとうに答えた。


そんな綾を見て、紗枝は何故か綾に先程、美雪を恋バナ目的で誘おうとされた時と同じように、残念な気持ちが浮かび上がった。


◇ ◇ ◇


橋本 美雪(はしもと みゆき)は心がざわついていた。


葵に話があると誘われ、彼の後ろを付いていくように3階へと向かって歩いていた。


(告白される……)

葵の後ろを歩く彼女にはその事が頭から離れず、その事ばかり考えていた。


朝に言われた友人 晴海(はるみ)の好意を向けている異性が立候補してくれるかもよという言葉がよぎりに過って仕方かなった。


(どうしよう……、まだ立花君のことよく知らないし……。どうしよう……)


美雪がそんな事ばかりを考えているとスグに目的地である3階へと着いてしまっていた。


3階に上がると葵が言った通り、生徒や教員誰一人としておらず、静かな空気が流れていた。


美雪から言わせてもらえば、告白されるにはもってこいのスポットだった。


目的地に着くとくるりと葵は美雪の方に振り返った。


葵が急に自分の方へ向いたことで全く必要のない心準備が出来ていてない美雪は咄嗟に葵と目が合わないよう視線を逸らした。


そんな美雪の若干挙動不審な行動に葵は一瞬不思議に思ったが特に気にする事は無く、ゆっくりと話し始めた。


「えっと。何から話すか……」


葵も勘違いされたら不愉快だという理由と前日助けて貰った件で勢いで誘ったところもあったため、話す順序など何も考えていなかったため、少しはぎりの悪い出だしになってしまった。


「まず、アンタの名前何だが、橋本 美雪で間違いないよな?」


「え?あ……、はい」


「だよな……。そこはそうなんだよな……」


告白されるとばかり考えていた美雪は葵のトンチンカンな質問に一瞬キョトンとしたが、スグに緊張が戻ってきてしまい、答えた後は告白さたらどうやんわりと断るかを考え始めてしまった。


葵は葵で自分の勘違いである事を願いながらもまず1つずつ確認をしていくことにし、答えを聞くなりブツブツと呟き、昨日の記憶と今の答えを擦り合わせていた。


(名前は違ってない。昨日の女も「はしもと みゆき」だった……。でも、この違いは何だ?地味だろ)


葵はどうしても昨日の綺麗な女性と今目の前にいる女子生徒が上手く重ならず、悶々とするばかりだった。


そして、美雪の反応がますます葵を迷わせた。


(でもさっきからコイツ何なんだ?やたら、目を合わせようとしない……。気づいてるのか?俺が昨日の女装男だと。

いや、名前は同じだし気づいても全くおかしくない。この反応は気づいてるだろ、俺に気を使ってるのか?ダメだ、わからん。)


葵は考えれば考えるほどドツボにハマり一向に答えは出なかった。


「え、えっと。夜に松木(まつぎ)駅に行ったりするのか?」


「えッ?」


(最悪だ……。なんて質問してんだ俺は……)


ドツボにハマった葵はどう質問していいか分からず、美雪のプライベートを根掘り葉掘り聞くような質問の仕方をしてしまった。


美雪も戸惑い、目を丸くし葵を見つめてしまっていた。


「え、えぇ〜…行きますよ…?昨日も行きましたし……」


「昨日ッ!?」


「ッ!?は、はい……」


美雪は戸惑いながらも答え、運良く葵の1番聞きたかった事も聞くことが出来、葵は思わず声を漏らし食いついた。


葵の妙な食い付きに驚き、若干怯えながらも美雪は肯定した。


「そ、そうか……。昨日……」


(これでほぼほぼ確定だな……。なんで同じクラスの人間……)


葵は露骨にガッカリした様子で呟き、そんな葵を美雪は不思議思っていた。


そして、美雪はあることに気づいた。昨日起きた事に関連付けて考えれば、葵が昨日のあの件を知っているのは必然だとすぐに分かった。


「あ、あの、昨日のアレの事ですか?」


(もしかして、昨日たちばなさんと悪党から逃げるところを見られたのかな?)


美雪はまだ昨日助けた「たちばなさん」と今目の前にいる「立花さん」が同一人物だとは考えられず、昨日2人で逃げているところを目撃されたのだと勘違いし、訪ねた。


「き、昨日のアレ?もしかして、バレ………。はぁ……、あぁアレのことだ……」


葵は美雪の質問から、自分と同じく昨日の女装と自分が重なったのだと理解し、ため息をつき明らかにテンションが落ちた様子で答えた。


「バレ?あ、そんな事より、私ともう1人女性いましたよね?」


美雪は一瞬葵の言葉に引っかかったが、話したいことがあったのか気にすることなく、スグに話題を変え昨日の話をし始めた。


「女性?女性って……」


「あれ?見ませんでした?凄く綺麗で可愛いゴスロリ服の……」


「は?いや、見たけど……」


葵は美雪が言ってることが理解出来ず、思わず聞き返してしまった。正確には言っている事は分かったのだが、自分にそのような話題の振り方をしてくるのが理解できなかった。


「やっぱり!!」


美雪は先程のモジモジした様子から一転し、身を乗り出すような勢いで話に食いつき始めた。


(ど、どうゆう事だ……?)


「あの方って、よく松木駅にいらっしゃるんですかね!?あの時間に」


「いや、知らないけど……」


「ですよねぇ〜……、う〜ん…………」

食いつく美雪に困惑した様子で葵が正直に答えると、美雪は一気にテンションが下がっていき、残念そうな様子で呟いた。


どうやら美雪は昨日の女装した「たちばなさん」に興味がある様子だった。


「また、会いたいんですけどねぇ……。あぁ、ごめんなさい、関係の無い話でしたね。」


美雪は苦笑いしながら呟いた後、葵に気を使い関係の無い話になってしまった事を謝った。


「あぁ、いや、別に……。」


(はぁぁあッ!?気づいてないのかッ!?いや、気づいて無い方がこっちとしては有難いんだが、それにしてもだろ。そんなもんなのか?いやいや、おかしい。コイツはおかしい。)


葵はまさか気づいてないとは思っておらず、素で気づいていない美雪に驚きしか感じなかった。


確かに、葵は女装しており、美雪の少し髪を下ろしメガネを外していたとは訳が違うほど姿形が違うのは言うまでも無かったが、それでもこれだけ情報が揃っていて一致しないとは思っていなかった。


「それで、お話の続きなんですが……。」


「いや!いい!もうお話はいい!もうそろそろ集合しないとまずいだろうし、もう行こう。」


美雪は再び話題を戻し、自分が告白されるかも知れないと再び感じ、おどおどとしながら葵に尋ねると、葵はそれを遮るように話を打ち切り、時間を気にしそそくさと行動し始めた。


「へ……?」


葵の行動に美雪は固まってしまい、思わず声が漏れたがテンパっている葵にその声は届く事はなかった。


美雪は自分の苦手な雰囲気にならなくて良かった、断り方もままなっていなかったので良かったと感じつつも告白される事を期待していたため、その期待感がスッポリと抜け、心に何か大きな穴が空いたようなそんな気分になった。


(おかしい!コイツは!!普通、気付く。多分、気付く!!)


(告白…………、なんか凄く虚しくなってきた……。)


2人は自分の事で頭がいっぱいになり、理科室に行く道中、会話する事は無く、思考をただひたすらに巡らせるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る