最寄バス停から徒歩三分。

紅井寿甘

僕は190円、キミは270円。

生徒会室にカギをかけ、ポケットにしまい込む。


「今日もお疲れさま」

「はい、お疲れさまです」


他の生徒会役員は、既に全員帰宅している。

残っていたのは僕と、副会長の彼女だけだ。

……仕事の量としては、本来そこまであるものでもないのだけれど。

投書の中身なんかを一々確認してしまうと、けっこうこんな校舎から追い出されるような時間までかかってしまう。


「今日も随分熱心でしたね」

「あはは……一応、生徒会長なんてのをやることになってるんだし、ちょっとは真面目にやらないとって」


使命感に駆られて立候補したわけではなく、元々は他薦で、しかも「頼んだらやってくれそうだったから」という消極的な理由で、対立候補もなくなんとなくの当選とはいえども、一応生徒会長だ。

実のところを言えば、副会長の方が成績はいいし、自薦だし、余程会長に相応しかったのではないかと思う。


(ずっと敬語だしなぁ)


その口調も、彼女の真面目な雰囲気に拍車をかけている。

最初、同学年なのに敬語で話しかけられた時には距離を置かれているのかと内心肝を冷やしたものだけど、どうやら彼女は同性の友人に対しても同じらしい。

家庭の教育の都合で、くだけた口調の方が逆に落ち着かないと説明しているところを見たことがある。

……それでもなんとなく、彼女との距離感を計りかねている部分はある。


(……どうして生徒会に入ったのかなぁ)


内申点を稼ぐためならいっそ会長に立候補したほうが良いだろうし、僕と選挙で競っていたら確実に彼女の方が勝っていただろう。僕はそう思う。

会長と副会長だと責任の重さが違うには違うけれど、業務の大変さはそう変わらないし、彼女がその程度の重さに屈する人にも見えなかった。

彼女は僕と違って要領も良いため、仕事を終えた後などは施錠の時間まで本などを読んでいる。

先に帰っても大丈夫だと言っても、大抵最後までだ。

会長より先に副会長が帰るわけにはいかない、みたいな、間違った使命感みたいなものがあるなら本当に気にしないでほしいのだけれど。


(……)


結局のところ、直接聞きでもしなければ、彼女の事情はわからないのだろう。……いや、僕が聞いたとして、答えてくれるかがまずわからないけれど。

なんとなく聞きにくいことのようにも思えるし。

もしも「家庭の事情」で帰りたくないとかだったら、僕は多分上手い反応を返すことができないだろう。

そうして今日も何も言えないまま、隣を歩いて校舎を出る。ここから学校最寄りのバス停まで三分。その後は、僕は駅へ、彼女は反対方向へ、真逆のバスにそれぞれ乗って帰るだけだ。

一日の最後の三分間。

僕は仕事中に雑談ができるほど要領がよくないため、彼女に尋ねるならここしかないといつも思う。


「……」


口を開いて、閉じる。

結局、何も聞けなかった。

バス停の前に辿り着く。彼女が反対側の車線に渡っていこうとする。


「あの」

「……なんでしょうか、会長」

「気を付けて帰ってね。また、明日」

「……はい、ありがとうございます」


向き直って一礼し、改めて左右を見てから彼女が道路を渡っていく。

……今日も何も聞けなかったけど、彼女は不機嫌な様子をもうずっと見せないから。

もう少しだけ、沈黙に甘えていたいと思う。

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最寄バス停から徒歩三分。 紅井寿甘 @akai_suama

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